魔術師的調理とアルバイト、あとネットリテラシー
「小天さん、なんですかこれは」
初めて海辺で魔術を体験した次の日、日曜の午前9時半頃。
私は小天さんの古民家カフェに訪れ、キッチンで小天さんが作り上げた料理……料理? を見下ろしていた。
テーブルの上に置かれた皿には金色の平べったい楕円形謎物体が二つ並んでいる。
「紅常盤小天選手によるウルトラベストヒット作、牛肉コロッケです」
「いやあの、明らかに違う何かですよねこれ。つーかこの金色のやつってコロッケだったんですか」
「紅常盤小天選手によるウルトラベストヒット作、牛肉コロッケです」
「二回も言わなくていいですから。何ですかこの……いや固っ!? フォークもナイフも通らねーんですけど!?」
試しに隣に置かれていた食器で触れてみると、刃が通らない。見た目が金属にしか見えないどころか、硬度も同程度あるのではなかろうか。一体何を錬成したんだこの人は。
「へへっ……昨日の電話で爺ちゃんに『店に客がおらんのはお前の料理が下手だからじゃないんか』と言われましてねぇ。左手を治すついでに手伝ってもらえとも……どうですかねぇ、お嬢さん……」
底知れない魔術師の実力(?)に驚愕していると、小天さんは揉み手で媚びてきた。なんやかんやで頼りになっていた昨日とは打って変わって物凄い小者臭である。
「どうですかと言われましても……てか、よくこんな状態で勤務できてましたね?」
「業務用冷凍食品と電子レンジって便利よね」
「メニュー表には『手作りコロッケ』と書かれていましたが」
「……」
おいこっち向けよ現代魔術師。優良誤認表示すんな。
ちなみに手作りと表記してソースだけ作っていたり成形済みのものを焼く、といった場合はグレーゾーンとなり、裁判や行政の判断としては一般消費者がどう受け取るかが重要視されます。基本的にセーフ判定なことも多いですが、飲食店の人は気をつけましょう。
そんな補足を脳裏に浮かべて小天さんを見つめていると、彼女は突然こちらに向き直ってその場にひれ伏した。見事なまでの土下座の構えである。
「お願いします! うちで調理スタッフやってください!!」
「やめてください小天さん。顔を上げて……うわぁ足に纏わりつかないでください!」
「お願いしますぅ! ……あ、帆風って足綺麗なんじゃね。すっごいスベスベしとるぅおお怖い!! すいません許してください!!」
足に絡みついて触ってきたので本気で見下した視線を向けると、エビのように後ろへすっ飛んでまた土下座の姿勢をとった。何がしたいんですかアンタは。
「そもそも、小天さんは私が料理できるかどうか知らないでしょう」
「大丈夫よ。どんなんでもわしよりはマシじゃと思うし」
小天さんは自信満々にそう言うと、テーブルの上の輝かしいゴールデンコロッケを指さした。
……そりゃそうでしょうけども。
「はぁ……まあ、小天さんには左手の件でお世話になってますし、別にいいですけど」
「マジで!? ありがとう帆風!」
溜息混じりに承諾した途端、今度は腰に抱きついてきた。
前から思ってたけどこの人、何かと距離近いなぁ……。嫌なわけじゃないけれど、時々ちょっと心配になる。
「大学がない時とか、時間がある時だけですからね。あと一応、私が作ったものを商品として出すかは食べてから判断してください。ダメそうならメニューの表記を変えましょう」
「分かった!」
私の出した条件と提案に対して小天さんは素直に頷くと、料理を盛り付けるための皿を用意し始めた。
……あれ? なんで私が提案してるんだろう。まあいいか。
というわけで、約15分後。その場にあった食材と器具を使い、出汁巻き卵を作ってみた。
皿に盛りつけたものを見ても……うむ、焦げ一つない。我ながらよくできたと思う。
そんな自信作を差し出すと、小天さんは「頂きまーす」と即座に箸を伸ばして一口含んだ。
毎度のことながら行動が早い……って、なんか喋らなくなったんだけど。
「……」
「……小天さん? お口に合いませんでしたか?」
「いや逆。めちゃめちゃに美味しい。店?」
「落ち着いてください店はここです。てか大袈裟ですよ」
一瞬何かミスでもしたかと思って焦ったけど、お気に召したようで一安心だ。
でもなんか、ストレートに褒められるのって恥ずかしいというかこそばゆいというか……あ、もう全部食べてる。早っ。
「ご馳走様でした。……マジで美味しかったんじゃけど、なんか店やっとった?」
「そこまで大したものじゃないですから。まあ一応、高校の時に飲食店のキッチンでバイトしてましたけど……」
「道理で。じゃあ帆風が作る料理全部採用で!」
「いやあの、まだ一品しか食べてもらってませんが」
「これ食べたら他も大丈夫なことくらい分かるって。あとは何が作れるん?」
「材料とレシピさえあれば大体できますよ。あ、ランチメニューに書いてあったものは大体作れますね」
「なるほど嫁に欲しい」
真顔で何言ってんだこの人は。
ああもう、このまま彼女のペースに合わせていると調子が狂う。別の話題に切り替えよう。
「ところで小天さん、左手の件なんですが……昨日みたいに今後も海辺へ通って、魔術を使って治していくっていう認識でいいんでしょうか?」
「ん? いや、違うよ?」
「え?」
食器を洗いながら確認してみると、思っていたのと違う答えが返ってきた。
手を止めて顔を向けると、小天さんは小首を傾げてからハッとした表情を浮かべた。
「ごめんごめん、完全に説明したつもりじゃったわ。周囲にある物体の魔力を使って中和していくのは変わらんのんじゃけど、場所はその都度変えていくんよ。海だけじゃのうて、山やらも行った方がええかも」
「どうしてですか? 昨日は『海に近い方が効果がある』って言ってましたけど」
「身体が慣れてしまうっちゅうか、似たようなことをしとってもだんだん効果が薄ぅなっていくっちゅうか……場所を変えて色んな魔力を吸収していく必要があるみたいなんよね。昨日集めた材料の魔力も途中から効果が弱うなっとったし」
つまり、いろんな場所を転々としながら魔力を集めていく形になるということか。
そうなると、毎回どこかに出かけることになるのかな。
「……勉強とバイトの時間、取れますかね?」
「そこは当然、帆風の大学を優先するつもりじゃけえ安心して。あとどっか行く時は店を臨時休業にすればいいだけよ」
「後半が安心できませんけども。いいんですかそんな勝手なことして」
「大丈夫大丈夫。どうせこの店わししかおらんし、ほとんど客もおらんし! なんなら責任者の爺ちゃんもしばらくおらんけえね!」
「経営状況が大丈夫じゃないと思います」
なんで皿を拭きながらドヤ顔してるんだこの魔術師さんは。……本当によく経営できてるなこの店。
あ、そうだ。
「そういえば度々話題に上がりますけど、もしかして小天さんのお爺様も……」
「そうそう、魔術師。今は色んな国を旅行しとるんじゃけど、電話で帆風の手について相談もしとるんよ」
「あ、そうだったんですね」
それで昨日はほとんど初見の反応の割に進行がスムーズだったのか。
小天さんだけでなくお爺様にも知らず知らずのうちに助けられていたとは……いずれ相見える時があればお礼を言わなければならないな。
「爺ちゃんの知り合いには凄い人もおるらしゅうてね。その人じゃったらその手も簡単に治せるって話なんじゃけど、生憎と今は行方がよう分からんのんじゃってさ。去年の秋ぐらいにこの辺来とったらしいけどね」
「マジですか。もっと早く来ていれば……って言っても仕方ないですね」
残念だが、既に過ぎてしまったことはしようがない。……どちらにせよ、受験シーズンで来られなかっただろうし。
「それにしても、意外と魔術師の人っているんですね? もっと少ないんだと思ってました」
「どうなんじゃろ? 情報も繋がりもあんましないけえ、わしはうちの家系ぐらいしか知らんし……あれ?」
食器を棚に片付けながら話している途中で小天さんが首を傾げた。何か見つけでもしたのかな。
「どうかしました?」
「いや、考えてみたら帆風……じゃなくて帆風の友達じゃったっけ。どうやって紅常盤家が魔術師の家系って特定したん? そういう情報って普通は出てこんはずなんじゃけど」
「普通にSNSに載ってましたよ? 結構古い日付でしたけど。ハル……友達が知ってる魔術家系の名前を検索したら出てきたって言ってました」
「……待って何それ知らん。ちょっと見してくれん?」
言われるままスマホを取り出し、友人とのトーク履歴からURLを見つけ出す。そしてそのサイトに飛ぶと……とあるSNSのアカウントが表示された。
アカウント名は『現代魔術師☆万作爺さん』。アイコンにはサングラスを掛けた渋いお爺さんの写真(背景はこの店の外観)が貼られている。
そしてホーム画面の投稿内容を遡っていくと……10年以上前に紅常盤家に伝わる魔術の歴史や家紋の写真といったものがいくつか載せられていた。ちなみに軒並み投稿閲覧数が低いので、当時あまり信用されていなかったのが見てとれる。
そうそう、これを見て藁にも縋る思いでここに辿り着いたのだ。今考えると、よくこんな怪しい情報源を頼って進路まで捻じ曲げたものである。我ながら正気の沙汰とは思えないなぁ。
少し懐かしい気分になったところで、隣で画面を見ていた小天さんはというと……
「何やっとんじゃあのジジイ!!」
と、今日一番の怒声を叫んだ。
……これ、小天さんのお爺様だったんだ。まあ、なんとなくそんな気はしてたけども。
「ん?」
文句を言うべく祖父に向けて電話をかけ始めた小天さんを尻目にテーブルを拭いていると、スマホの画面にメッセージアプリの通知が届いた。
『ほかちゃん、お疲れ様』
『今日の夜、晩ご飯食べにいきませんか?』
万作爺さんはDMを開放していなかったので帆風はSNS経由での連絡が取れませんでした。
店に連絡しようにも、基本的に小天も爺さんもサボり倒していたので電話に気が付かなかったりシカトしてテレビ見てた……という裏話。仕事しろ魔術師。




