山道と初対面、あと無神経
広島のバターケーキ、マジで美味しいのでおすすめです。
「……で、ここからどうすんの?」
目の前で横になっているハルを見ながら、小天さんへと訊ねる。
あれから全く動かないハルをそのままにしておくのは忍びなかったので、とりあえず二人で抱えてソファに横たわらせた。そして今は……ハルに食べさせたバターケーキの余りを小天さんと一緒に食べているところだ。
「ハルの魔力を全部吸い出して、帆風の左手に取り込ませる。その左手はハルの魔術で生み出されたものなだけあってハルの力と相性がええし、左手の方もここ最近外部魔力の取り込み作業をしとるお陰で入りやすいはず……」
「なるほど、よく分かりません」
「まあ簡単に言うと、いつもやっとるやつの応用よ。いつも集めとる魔力素材をハルに置き換えたって言えば分かりやすいかね?」
なるほど、よく分かった。
ただ、やることは概ね理解できたが……まだよく分かっていないことがある。
「……ところで、最後にバターケーキ食べさせてたのってなんか意味あった?」
「わしの魔力を混ぜて食べさした。経口摂取したことでハルの身体は魔術が通りやすくなっとるはずよ」
あ、そういう理由だったんだ。
動かなくなったハルに奇行を働いたわけじゃなくてちょっと安心したよ。私が個人的に買ってたケーキは無駄じゃなかったのね。
ちなみになぜバターケーキだったのかというと、小天さんの好物で食べ物の中では研究対象として最も触れていたため、魔力を混ぜるのに慣れていた……とのことだった。普通に食えよ。
「ちなみにわしが一番好きなのは袋町で売っとるやつよ。あそこのって人気あるけえ結構早めに行かんと売り切れたりすることがあるんじゃけど、まさか帆風が買っとるとは思わんかったなぁ。あ、でも広島駅で売っとるやつもおすすめじゃね。あと呉の方にあるやつもまた美味しゅうて……」
「それは後で聞くから、食べ終わったんならさっさと始めよう。いつハルが起きるか分かんないし」
「おっとそうじゃ。ごめん」
好物について語ろうとする小天さんを止めて、使い終わった食器をテーブル脇に避ける。
今はまだ眠ったままのハルだが、実際いつまた動き出すのか分からない以上、行動は早い方がいいだろう。それに……精神の変異が進行しているのなら、急がないと。
「よし、じゃあ早速始めよう。帆風、左手出して!」
小天さんがハルの胸元に数枚の紙を置き、私はその上に翳すようにして、手袋を外した左手を差し出す。
いつもやっていることとほとんど同じ。文字通り手慣れたものだ。
勿論、いつもと違うところもある。紙に書かれた紋様だとか、その量だとか、場所だとか。
そして……相手がその辺に落ちている素材ではなく、ハルだということ。彼女を助けるのが目的だということ。
「わしも初めてのことじゃけえ、ここからはどうなるか分からん。もしかしたらハルだけじゃなく、帆風にも何か影響があるかもしれん。それでも──」
小天さんは最終確認を取ろうとしたが、私の顔を見て言葉を途中で切った。
それからフッと笑って、また口を開いた。
「……今更じゃね。やるよ!」
「うん!」
力強く頷く。
同時に、紙に書かれた紋様とハルの身体が光り始めた。
◆◆◆
「──あれ?」
ふと気が付くと、知らない場所に立っていた。
周囲は木々に囲まれていて、鳥の鳴き声や風の音がする。その度に木陰は揺れ、足元の落ち葉を転がした。
ここは……どこかの山道だろうか?
今しがた、小天さんと一緒にハルのことを助けようとしていたはずなのに……どうしてこんなところにいるんだろう。
訳が分からない。しかし、下手に動くのも危険な気がする。
あらためて周囲を見回して確認する……が、やはり山の中ということしか分からない。ただ……
(ここ、なんか見覚えがあるような……)
そこはかとない既視感に小首を捻る。はて、どこで見たんだったか。
山の中なんて大概同じようなものだとは思うが……気のせいか?
見える範囲の周辺情報と合致する記憶を頭の中で検索していると、下の方から登ってくる人が見えた。
あれは……ハル?
「ハル! なんでこんなところ……に?」
思わず走り出して近付いたところで、違和感に気が付いた。
ハル……多分ハルなんだろうけど……私の知っている彼女ではない。
少し幼いというか、若い? 背も今ほど高くないというか、高校生の時よりも小さい気がする。
それに、私の声に気が付いていない。隣を歩いてみても、気が付いてすらいないようだ。
もしやと思い肩に触れようとすると、手がすり抜けた。
そうか、ここは……いやこれは──ハルの中にある、記憶の欠片か。
知覚してからもう一度よく見ると、視界の端が僅かにぼやけている。小天さんの時と同じような状態だ。
ただ、自分の姿が見えたり身動きできたりするのは違うけど……まあそこは考えていても仕方がない。
とりあえず、ハルについて行くとしよう。
しばらく観察を続けていると、ハルは山道の途中で色々なものを拾い集めてはビニール袋に仕舞っていた。
朽ちていない木の枝、落ちていた木の実、蛇の抜け殻……それらを袋に入れては移動する。その作業を何度も続けてから、山道途中にある東屋へと向かっていった。
『よし、これで材料は全部! あとはこの本の通りに……』
集めていた物を下に並べて満足そうに笑い、降ろしたリュックから一冊の本を取り出した。
黒い革の装丁で、分厚い本だ。かなり古いもののように思えるが……。
(もしかして……小天さんが話してた、魔導書?)
たしかカフェの外で小天さんとハルが話していた時、魔導書がどうとか言っていた気がする。雰囲気もそれっぽいし、もしかしてこれがその本なのだろうか。
『こうして、こうで……方陣を描いた紙を……』
本を開き、恐らく書かれている通りに物を配置したりしているのだろう。小天さんの使っているような魔法陣の書かれた手製の紙も並べている。
そうして色々試しているようだったが……
『ダメだぁ。全然できない!』
その成果は出ず、その場に広げられた物体群はうんともすんとも言わなかった。
ハルは諦めてその場を片付け、肩を落として来た道を戻っていく。
なんだか少し可哀そうだ。……けど、何もなくてよかったのかもしれない。
下手に魔術が発動すれば、副作用として何かが起こる可能性がある。それがこの時点ではなかったことに少し安堵した。
しかし、帰り道でトラブルが起きた。
『──きゃぁっ!?』
山道を下っている途中、ハルが木の枝を踏んで足を滑らせたのだ。
つんのめった彼女はバランスを完全に崩し、落ちそうになって──
「ハルっ!!」
思わず、手を伸ばした。
だけどその手はすり抜けて、ハルは下へと落ちていってしまった。
急いで後を追い、斜面を滑るように下る。
……いた! 竹が生えている中で、横になってる。
『……っ、痛っ……』
ハルは身体を起こして立ち上がろうとしたが、痛みで顔を歪ませた。
足元を見ると、血が滲んでいた。落ちた時に切ったのだろう。ストッキングは大きく破れ、赤い傷が見えている。
『誰か! 誰かいませんか!』
叫ぶ。だけど、返事をする人間なんていない。
周囲を見渡す。手入れなんてほとんどされていない場所で、山道は遠い。
薄暗い。風が吹く度に不気味に竹が揺れている。
『ぅ……っ、うぅぅ……もうやだ……』
痛みと不安からか、とうとうハルは泣き出してしまった。
竹林の中、すすり泣く声だけが聞こえている。
その光景を見て、私は……息を呑んだ。
(この光景……は……)
既視感の正体。それにようやく気が付いた。
そうだ、あれは中学生の時。お婆ちゃんと山登りをしている時だった。
歩いている途中ですすり泣く声が聞こえて、それで──
『……大丈夫……?』
──その先に行ってみたら、ハルがいたんだ。
そう、これは初めてハルと出会った日の記憶だ。
この時の私は倒れているハルを見つけると、軽く介抱してから彼女を背負った。
それから山道の入り口がある方へ向けて歩いていったんだ。
『すぐ着くから大丈夫だよ』
『なんであんなところに?』
『実験? へぇー……』
道すがら、そんなことを訊いている当時の私。我ながら無神経である。
その質問にハルは涙を流しながらぽつぽつと答えていく。そのうち心を許したのか、自分のことについて話し始めた。
『わたし、友達がいなくて……ずっと本ばかり読んでたんです。今日も本に書いてあることをやってみようと思って、一人で来て……こんなことになって。きっと本ばかり読んで、社交性を身に付けなかった罰なんでしょうね』
鼻水をすすり、喉奥を鳴らしながら涙声で語っていく。
過去の私は無言でそれを聞きながら足を動かしている。
『そうです。きっと私が本を読んで、魔法なんかの子どもじみたことに憧れてるからダメなんです。こんなことになるなら、もう読むのを止めて……全部本を捨てて──』
『あのさぁ』
ひたすら心を沈ませていくハルに割り込むように、過去の私は口を挟んだ。そして、
『友達がいないのもここで怪我したのも、全部あんた自業自得でしょ。なんで本を読んでるせいになんの?』
呆れたように、無神経さ抜群の言葉を吐きやがった。
一方で今の私は頭を抱えている。
まあ、覚えていますとも。今考えれば、我ながら酷い言い草だ。
たしかこの時、私は本気で呆れてしまって、つい思ったことをそのまま言ってしまったんだったな。それでこの後は……。
『ぅぇぇ……ぐすっ……』
『どぉっ!? ごごごめん言いすぎた! ごめんなさい!』
そう、ハルが泣きだしてめっちゃ謝ってた。過去の自分のやったことだが、あらためて見てもアホだな私。
この後は正直あまり覚えていないけど、焦りながら慰めるようなことを色々言ったりもしたっけ。
『と、とにかく! 私が言いたいのはその……好きなことを諦める必要なんてないって話。少しでも好きだっていうんなら、本を読むのもその実験ってやつもやめる必要なんてないんだから』
『……! う、うん』
『ああそれと……次からは安全面を考慮してよ? あと、法に触れたり極力人に迷惑かけないこと! これマジで重要だからね』
『ふふっ……分かりました』
ハルが笑ったことに安堵しながら、私もつられて笑う。
それからすぐに山道の入り口まで帰ってきて、救急車を呼んでもらったり、勝手に走っていったことをお婆ちゃんに怒られたりして……。
「……懐かしいですね」
私の言葉を代弁するように、隣から声がした。
いつの間にかそこには……今の姿をしたハルが立っていた。




