家事と疑念、あとパスタ
小天さんが策を閃いたとのことで、早速私たちは平和記念公園から離れて路面電車を乗り継ぎ……紅常盤のカフェまで戻ってきた。
そして、先日泊まった二階の部屋で作業中の小天さんの背を見つめているところだ。
「これをこうで……多分こっちのが相性がいいはず……」
またしてもブツブツと言葉を漏らしながら、スタンドライトが照らす机の上で頭に保護メガネを装着してペンを走らせている小天さん。格好もそうだが、部屋の薄暗さや机の上に置いてある試験管なんかがマッチしてマッドサイエンティストのような不気味さをしている。
彼女は今、ハルの魔術的副作用をどうにかするために必要な道具を製作しているのだという。幸い材料はほとんどこの部屋にあるものでどうにかなるとのことだ。
しかし移動中、スマホの位置情報でハルの位置を逐一確認して出くわさないようにここまで来るのは少し肝が冷えたね。まあ、ハルの方は海浜公園からあまり動いていないようだったから、そんなに焦ることはなかったわけだけれども。
「帆風、そっちにある蝋と墨取って。あと右のBS-412って書いてある瓶」
「あ、うん」
私の方もただ待っているだけではなく、小天さんの指示を聞いて材料を取り出したりしている。
前回お邪魔した時に色々と整理したお陰でどこに何があるのかは大体覚えているし、一目で分かりやすいように分別して配置しているから言われればすぐに取り出せるようになっているのだ。
あ、ちなみに整理した後の状態を見た小天さんからは『めっちゃ分かりやすい。天才?』とご好評でした。
「はいどうぞ」
「ありがとう。黄晴の位置はどんな?」
「家に向かって帰ってるところ……かな? 多分、この店には来ないと思うよ」
「オッケー。そんなら邪魔はされんね」
小天さんは話をしながらもこちらに目を向けることはなく、作業に集中している。
こうして準備している時の懸念として、小天さんの拠点であるこの店がハルに知られていることがあった。となると、ハルが直接ここに突撃して邪魔をしにくる可能性も考えられたわけだが……何事もなく乗り越えられそうで一安心だ。
「……魔術の副作用で精神に異常をきたしとると仮定すれば、その異常は時間経過で進行していく。進行すればするほど、心の奥にある小さい欲が大きくなったり、理性が利かんようになっていく。その結果として心が捻じ曲がって、本来ならやらんはずの行動を取ったり、言動がめちゃくちゃになっていく……んじゃないかと思う、多分」
作業しながら、小天さんはハルの現状を軽く説明してきた。
確証がない物言いなのは彼女にとっても初めての経験だからだろう。
「……このまま進行が進んだら、どうなるの?」
「これも推測の域を出んけど……進行が限界になった時、きっとハルは壊れる」
「っ!」
冷静に放たれた言葉に息を呑む。
ハルが壊れる。つまりそれは、精神が完全に崩壊するということだろう。
それじゃあ、あの子は……。
(いいや、落ち着け)
頭を振るい、息を整える。
逆に考えろ。小天さんは『進行が限界になった時』の話をしただけだ。
つまり今は進行の最中。まだ最悪には至っていない。それならまだ助けられる。
小天さんもそれを分かってて言ったのだ。そして、間に合うように今急いで対策を講じようとしてくれている。
私は信じる。小天さんのことを……目の前の魔術師を。
そんな信頼を胸に小天さんの横顔を見ていると、彼女の手が止まった。
「あー……帆風さん? 一つ、お願いがあるんですけれども……」
「何、急にあらたまって……どうしたの?」
何か問題でも起きたのだろうか。私に手伝えることならなんだってやってやる。
どんなことでも全力で応える。そんな覚悟で構えていると、
「……洗濯物、取り込んでもらってもええかね? しばらく手が離せそうもないけえ」
……腰の引けた声でそんなことを言ってきた。
肩透かしとはこのことか。何か重大な話でもするのかと思って警戒しちゃったじゃん。
「あー……ご心配なく。さっき取り込んで畳んだから」
「えっ? あ、マジで? あ、ありがとー! 帆風愛してる!」
洗濯物で愛を叫ぶな。かっるい愛だな。
なんだか気勢を削がれた感じだが、まあいい。むしろ少しリラックスできた。
とりあえず私には私のできることをしよう。えーっと何があるかな……そうだ。
「小天さん、食欲ある? 色々ありすぎてお昼は食べられなかったし、軽くなんか作ってこようと思うんだけど。何かリクエストがあれば、どうぞ」
魔術の前にパンは食べていたけど、多分あの後トイレで戻しちゃっただろうからね。仮にお腹が空いているのなら、手すきの私が作ってあげるべきだろう。
「ぁぇ? あ、ええっとじゃあ……パスタで。味付けはなんでもええよ」
「分かった。棚の食材使わせてもらうねー」
ソースはおまかせ、と。たしか豆乳とツナ缶があったはずだし、クリームパスタにするか。お昼時を過ぎてるから、量は少なめにして……と。
「……マージで嫁に欲しい……」
メニューを考えながら部屋を出ようとしたところで、なんかボソッと聞こえた。
アホなこと言ってないで作業に集中してくれないだろうか。
◆◆◆
「こんなもんかな」
皿に盛ったパスタを見て、呟いた。
豆乳を使った和風クリームパスタ。具材はほうれん草とツナ缶、それからシメジとベーコンだ。我ながらよくできたと思います。
お粥を作った時にも使ったお盆に載せて、飲み物は……冷蔵庫にあったメロンジュースでいいか。ファミレスじゃお酒飲んでたけど、流石にお酒はねー……。
(……パスタ。ファミレス、か)
ハルも含めて三人で夕食を食べた時もパスタだったな。
まだ一週間しか経っていないのに、少し遠いことのような気分になる。ここ最近、バタバタしてたせいかな。
あの時点でハルはもう、心を蝕まれていたのだろうか。それを耐えて、いつものように微笑んでいたのだろうか。
それとも……やっぱり魔術の副作用の精神異常なんてなくて、私に見せていた姿は全部演技だったのか。
分からない。疑いたくない。信じるしかない。
ずっとそばにいてくれていた、親友のことを。そして、魔術師を。
私が……私こそが信じて、助けないと──!
──ぐにっ。
考え込んでいると、突然両頬が摘み上げられた。
「ほーかぜ。顔が固いよー」
振り返ると、そう言って微笑んでいる小天さんが立っていた。
いつもと変わらない和やかな笑みを浮かべる彼女の姿に、思わず目を丸くしてしまう。
「……小天さん? 作業は?」
「大体終わった。流石わし! で、腹減ったけえ降りてきたんじゃけど~……」
……話しながら、チラチラとテーブルの上のパスタに目線を寄越している。
どうやら思った以上に空腹のようだ。ああもう完全に顔がそっち向いてガン見してるし。少しは隠そうとしなさいよ。
「……食べるんなら、まずは手洗いしてね?」
「分かった!」
子どもに向けるような言葉に了承して、小天さんはすぐに手洗いに行った。
その無邪気さに思わず吹き出しそうになってしまう。わんぱくすぎるでしょこの人。
(顔が固い、か)
右手で自分の顔に触れてみる。
頭の中で色々と考えすぎるのは、我ながら良くない癖だな。だから表情も固くなって……。
『ほかちゃんは優しいです』
(あ、そっか)
だからハルは、無理をしてるって言っていたのか。
それで私のために魔術を使って、健康とかに気を遣って……。
そんな優しい子が騙していたなんて、ありえないよね。
うん。やっぱり今のあの子は違う。きっと、助けられる。
「ヘイ帆風! 洗ってきたぜ! さあ食べよう……帆風?」
「ありがとう、小天さん。……よろしくね」
「お、おぉ? 任しとき!」
確信を持たせてくれた小天さんにお礼を言うと、首を傾げてからドヤ顔で自分の胸を叩いた。
言ってる意味が分かってないのに、なんでそんな自信満々に答えられるんだ。
気が抜ける、だけどなんだか安心感を覚える姿にまた笑いそうになりつつ、私たちは揃って席に着いた。




