目覚めと副作用、あと閃き
「あ、起きた。おはよー」
目を覚ますと、小天さんの顔が横から覗き込んできた。
どうやら私は仰向けで倒れている状態のようだ。そして……小天さんに膝枕をされている。
「この前と逆じゃねえ。んふふー」
嬉しそうに微笑む小天さんに安心感を覚えた。
よかった、いつも通りの小天さんだ。
「おはようございます。小天さんとハルの会話、ちゃんと見られましたよ」
「ほうか、そりゃよかっ……いやなんで敬語?」
……今しがた低い怒声を出す姿を見てしまったせいで、ちょっと身構えてしまうのは許してほしい。
「私、どのくらい寝てた?」
「10分も経っとらんよ。夢ん中と実際の時間の流れは違うけえね」
起き上がってベンチに座り直し、スマホを確認する。たしかに時間はそれほど経過していないようだ。
……これを応用すれば、時間がない時に勉強するのに使えそうだな。
そんな余計な考えは置いてさておき、私は小天さんに頭を下げた。
「小天さん、ありがとう。私に気を遣って話さなかったんだよね。それに……ハルに怒ってくれたのも嬉しかった」
「え? ああ、気にせんでええよ。腹立って口出してしもうただけじゃし」
礼を言うと、小天さんははにかんだ。
怒った姿を見られたのが恥ずかしいのか、ちょっと気まずそうに目を逸らしている。なら、これ以上触れるのは止めておくとしようかな。
「しっかし、こっからどうするかねぇ? あの様子じゃと黄晴は諦めてくれそうもないし……てか、まさか直接邪魔してくるとは思わんかったわ。強硬手段が過ぎるじゃろ」
「そうだね。ずっと逃げ回りながら左手を治すってわけにもいかないだろうし……」
「そもそもなんで場所がバレたんじゃろうか。連絡はしとらんはずじゃし、魔術を使うにゃあんまし向いとらんとこに行ったのに」
「あ、それ多分私のせい。さっきバスの中で切ったけど、スマホで位置情報共有してたの忘れてたの」
原因と思われるスマホを軽く振ってみせると、小天さんは頭を抱えた。ごめんって。
「それより、二人の会話とさっきのハルを見て色々と引っ掛かったんだけど……」
「ん……どっか気になった?」
「大きなところだと、ハルの発言と行動が食い違ってる点……かな」
私が発言すると、小天さんは顔を上げてこちらを見た。
その丸い視線を受けつつ、そのまま続ける。
「まず大前提だけど、ハルはなんで私に協力してくれていたのか。左手を治してほしくないなら、去年の時点で私に情報を渡さなければいいはずでしょ?」
去年の夏頃からハルは私の手を元に戻すために協力してくれていた。初めに左手が光った時も本気で驚いていたように思えるし……小天さんと出会えたのも彼女が情報を見つけてくれたからだ。
最初から騙すつもりだったとすれば、わざわざ治すヒントを私に提供するような行動はしないだろう。
「それと、左手の光が『帆風を守るためのもの』だって言ってた。運気とかそういうのだけじゃなく、この光を含めて」
小天さんの話からすると、この左手に付与された光自体にこれといった効果はないものと思える。しかしハルはそれを否定して、私を守るために必要なのだと発言していた。あれは一体どういう意味なんだろう。
「それから最後に……なんでさっき、強硬手段に出たのか。あの時点で私はハルが元凶だなんて知らなかったし、思いもしてなかったもの」
直近で一番謎なのはそこだ。なぜ、海浜公園でその企みを私に話したのか。
私が訊ねたからといって、馬鹿正直に話す必要なんてない。既に小天さんから話を聞いていると考えた……という可能性もあるが、あの時点で私はハルに対して完全に無警戒だったはずだ。
やけに私に対して鋭いあの子なら、そのことに気が付かないわけはない。すぐに誤魔化すこともできただろう。
疑問点を羅列すると、小天さんは「ふむ」と自分の口元に手を当てて考え込むような素振りをした。
「……言われてみれば、たしかにおかしいところが多いね。あの子、何がしたいんじゃろう」
「分からない。でも、直接訊くわけにもいかないし……」
小天さんと言い合い、同時に溜息を吐く。
結局のところ、ハルの行動の理由は本人にしか分からないものだ。いくら私たちが頭を悩ませても知ることはできないだろう。
考えても分からない以上この話は一旦打ち切ることにして、他に気になったことでも訊くとしよう。
「話は少し変わるけど……ハルは魔術を使って私の左手が加護を施して、治す時も妨害してたんだよね。魔術ってそう簡単に使えるものなの?」
「普通はできんよ。黄晴の場合は知識と努力、それから才能があってのことじゃろうけえ、完全に外れ値。他の人間なら術式を再現しても魔術の発動ができんかったり、不具合が起きておかしなことになったり、副作用で使用者に異変が起こるはずじゃし」
へえ、ハルってすごいんだなぁ……っていかんいかん。なんでちょっと嬉しくなってるんだ私は。
しかし副作用か。そういえばさっき、二人が会話している時もそんなことを言っていたような気がする。
「副作用ってどんなことが起こるの?」
「使う魔術の種類とかにもよるんじゃけど……物理的に怪我してしもうたり、心に影響が出て精神崩壊したりとかあるよ。あと普通に死ぬこともある」
「魔術怖っ!」
そんな簡単に言うような内容じゃないでしょ。んなもん取り扱ってんのこの人たち。
ハルのことを毛の生えた素人って言ってたけど、そういう事故を起こさずに使えてるのってマジで凄いことじゃないか……あれ?
「なんか気になることでもあった?」
「ああいや……今、心に影響が出ることがあるって言ったよね?」
「うん、言った」
「ハルもそうなってる可能性ってない?」
私の投げかけた疑問に、小天さんはポカンとした顔で目を丸くした。
そうだ。魔術の副作用が原因で精神が不安定になっているのだとすれば、ハルの普段の状態と様子がおかしい時の雰囲気が著しく異なっていることや、これまでの行動と発言が伴っていないことも多少強引だが説明がつく。
「たしかに……でも精神に異常があれば普通は会話も……。でも黄晴の魔術は……いや、逆にそれが原因……むしろ完璧に近いせいで……?」
小天さんは思考を巡らせるように口元に手を当て、ブツブツと呟いている。
それからパッと顔を上げて、真っ直ぐに前を向いたまま、
「……ありえなくはない、かもしれん」
そう、結論付けた。
その瞬間、私の心臓が高鳴った。
「センスがいいんかもしれんが、黄晴の魔術はクオリティが高い。いや、素人にしては高すぎるくらいじゃった。それのせいで精神への影響も僅かなものじゃったとすれば……」
「理屈はいいから! 副作用を治すことってできるの!?」
話を続ける小天さんの声を押し込むように訊ねる。
副作用が原因でおかしくなっているのだとすれば、それさえどうにかすればハルは元に戻るのか。重要なのはその部分だ。
「……正直言うと、分からん。魔術家系でもない素人が理想形に近い状態で魔術を使っとるってだけでも滅多にないことなんよ? そっからさらに稀な副作用持ちの治療、それも精神面に影響が出とる状態っていうんは……」
「……」
尻すぼみに消えていく小天さんの説明に、私は俯いた。
希望が見えたと思ったのに……駄目なのか?
手袋に覆われた左手を見つめる。
私を守るための光。その意味はまだ分からない。
だけど、私を守るというのなら……ハルのことも守ってあげてもいいじゃないか。
川では怪我をさせるし、さっきも急に光って転ばせて……作り上げた本人ばかりに危害が及んでいる。
……ん?
待てよ。それってまるで──
──この手が、ハルから私を守っているみたいじゃないか?
「思いついた!!」
私が一つの考えに至ったとほぼ同時に、突然小天さんが立ち上がった。
隣からいきなり発せられた大声に耳が痛い。頭をくらくらさせながら見上げると、小天さんは振り返って言った。
「本当にハルが魔術の影響でおかしくなっとるとして、わしの考えた通りなら……元に戻せる! 帆風、協力して!」
帆風と黄晴が位置情報共有していたのは渓流での事故があったからです。
お互いの無事が分かるよう了承の上で交換したけど、普段使わない機能なので帆風の方は忘れてたみたいですね。




