九話
夏休みの登校日が近づいてきた。朝起きて、そういえば国語の選択課題は登校日に提出だったことを思い出し、慌てて本棚から好きな作家の本のうちの一冊を手にとる。
昼と夜で別の顔を持つ、男の子のお話。舞台は中学校で、クラスで行われているいじめに対して、登場人物がそれぞれ違う感じ方を持っているお話だ。作中で、いじめられっ子に吐かれた言葉のなかに伏字があるのだけど、初めて読んだ当初はどんなひどい言葉を吐かれたのだろうと、不思議に思っていた。けれど、何度も読み返しているうちに、私なりの解釈が生まれてきた。もしかしたらあのいじめられっ子は、私と同じなのかもしれない。調べているうちに、自分に心当たりのあることがいくつか出てきたから、なんとなくそう感じた。
私はこの物語の主人公に、完全に共感することはできない。けれど、こういう風に物事を捉えてくれる子が、少しでも増えてくれたらいいなと思う。
幸い、私は本を読むのが早いらしいので、二時間ほどで読み終えることができた。あとは、原稿用紙にあらすじや感想を書くだけだ。ここが一番の山場ではある。人に心の内をさらけ出せない私が、唯一自分の気持ちを出せるのが、読書感想文だ。評価は別に気にしなくても、書いて提出するだけで先生としては御の字だろう。
あらすじを簡潔にまとめて、感想部分に取りかかる。
自分が何を感じたか。基本的には正直な感想を書いたが、自分も同じなのかもしれないということは書かないでおいた。けれど、何度も読み返して自分なりの解釈も固まり、書くことが多すぎて逆にまとめるのに時間がかかってしまう。書いては消してを繰り返し、なんとか書き上げるまで三時間ほどかかった。
昼食の時間を少し過ぎている。私がリビングに向かうと、母は出かけているようで、私の分の昼食がテーブルに置かれていた。ラップを剥がして、少し冷めた昼食をとる。冷めていても、母の料理は美味しい。
母がいないので、食べ終えた食器はきちんと洗っておく。たまにはこういうこともしなければ、将来困るのは自分だ。
自室に戻りスマホを確認すると、メッセージが来ていた。受信した時間を見るに、感想文を書いている頃に来ていたらしい。全然気が付かなかった。
メッセージは、佐々木くんからだ。
「先輩が勧めてくれたアルバム、聴きました! 二曲目が特に良くて、先輩の絵にありそうな感じでした!」
彼に勧めたアルバムの二曲目は、バンドの初期からある曲を再収録したものだ。やはり彼にはこのバンドにハマる素質があるかもしれない。そして、彼の言うとおり、私はこの曲をモチーフに絵を描いたことがある。
「それは良かった。佐々木くんも、音楽から着想を得て絵に反映させてみるのもいいかもね。佐々木くんの絵の味を深めるイメージで」
かなり遅れて返信したにも関わらず、既読はすぐについた。
「参考にしてみます!」
既読をつけて、あまり適したスタンプを持っていない私は、そのまま画面を閉じる。
そして、母のパソコンを拝借して、この間買ったCDを読み込み、音楽をスマホにダウンロードして聴いていると母が帰ってきて、夕飯の支度を始めた。
「あら、新しいの買ったのね。紬がここまで好きになってくれるなんて、私も嬉しいわ」
そう、私はこのバンドを母の影響で知った。春頃にB面のライブが行ける範囲であったので、一緒にライブにも行った。自分一人で行くにはお小遣いが足りないので行けないけれど、あのライブには母も行きたがっていたので、ありがたいことにお金は出してもらって、行くことができたのだ。
「パソコンにもダウンロードしてあるから、お母さんも聴いてみて」
「ありがとう! 家事がひと通り終わったら、少しずつ聴くね」
母はにこにこと鼻歌を口ずさみながら、今日は一段と楽しそうに料理をしている。
母も同じバンドが好きだけれど、そこまで音楽の話をすることはない。だからこそ、人と好きな音楽の話をすることができた佐々木くんとのあの時間は、かけがえのないものだった。




