八話
自分のコンクール作品も完成し、夏休みの課題も半分くらい終わったところでお小遣いが入ったので、好きなバンドがこの前発売したB面アルバムを買いに出かける。カップリング曲も大好きな私にとって、この上ないご褒美だ。
黄色い背景に赤い文字のCDショップの自動ドアをくぐり、邦ロックのコーナーへと向かう。目当てのものを手に取り、特にほかのものを見たりはせずにそのままレジへと足を運んで、精算する。退店しようとしたところで、さっき私がアルバムを手に取った棚のところに見慣れた男の子がいた。佐々木くんだ。
「こんにちは、佐々木くんも音楽好きなの?」
彼の作品を見ているうちにだんだん気さくに話せる間柄になったため、ためらいなく声をかけてみる。
「あっ、先輩!? こ、こんにちは、えっと、その......」
驚くことに、佐々木くんが見ていたのは私の好きなバンドのコーナーだ。確かに数年前に大ヒットはしたし、メジャーな音楽番組にも出演はしていたけれど、彼から音楽の話は聞いたことがない。ファンというわけではないのなら、今更ここに立っているのは私にとっては不思議だった。
「何か買うなら待ってるから、カフェでも行って話す?」
彼は驚いたような表情を浮かべて、棚と私を見比べる。
「その、俺、このバンドのCDなにも持ってないので、先輩のおすすめとかあれば......」
彼の言葉で、疑問は深まる。けれど、おすすめと聞かれると難しい。彼に刺さりそうなものを、音楽の話をしたことがない私には想像できない。とりあえず、バンドの十周年記念の、作曲者が寄せ集めと称していたアルバムに指をさす。
「佐々木くんが気に入るかは、わからないけど」
保険をかけるような言葉を添えて手に取り、彼に渡す。
佐々木くんの精算を待っている間に、店内で結衣と、見たことのない男の子の姿を見かけた。あれがきっと結衣の彼氏だろう。
精算を済ませて戻ってきた佐々木くんの手に取り、戸惑う彼をよそに、結衣に見つからないよう慌てて店を出て、カフェに逃げ込んだ。
安全地帯に来て一息つき、注文を済ませて席に着く。
「せ、先輩、さっきのは一体......」
佐々木くんはおどおどと恥ずかしそうに私に問う。
焦ってなりふり構わず彼の手を取ってしまったけど、我ながら大胆なことをしたことに気付き、今更恥ずかしくなる。
「ごめん、クラスメイトがいたから、なんとなく」
深々と謝罪をする私に、彼は気にしないでください! と宥めるように手を小さく振った。
「それで、佐々木くんから音楽の話って聞いたことなかったけど、好きなの?」
CDショップで浮かんだ疑問を彼に投げかける。彼は気まずそうに話しだした。
「――あのバンド、先輩のアイコンで知って、MVとかライブ映像とか見てみて、かっこいいなと思って」
私は、このバンドのことを人に勧めたことはない。人気が出るのはファンとしても喜ばしいことだけれど、どこか私だけがこのバンドの良さを知っていればそれでいいと思っている節があるからだ。けれども、自分から興味を持ってCDショップにまで足を運んでくれる人がいるというのは、心から嬉しく思う。
「どのライブ映像が一番いいと思った?」
「野外音楽堂のやつです、曲の入りだけで既に表情が変わって、なんというか、あ、そうなるんだ? みたいな」
「あれが刺さったんだ!じゃあ、ファーストアルバムを勧めればよかったかな」
あの曲が好きなら他に好きそうな曲はなんだろう、と考えていると、佐々木くんまで私の心を乱すようなことを口にしだした。
「先輩は、あのバンドの曲の世界を描いているんですね」
答えに詰まる。私がこうであってほしいと願う世界は、確かに好きな音楽を自分なりに解釈した世界だ。私にとって都合のいいものだけを、切り取って。
「否定は、できない。......なんで、分かったの?」
「先輩の絵に憧れて、何度も何度も見てるので。俺にはないものを、どこから得てるんだろうって。だから、先輩の好きなものに興味が湧いたんです。先輩のことを、もっと知りたくて」
――彼は、絵に対して貪欲だ。写実主義の彼は、未だにコンクール作品は下描きのまま、色塗りに取りかかれないでいる。だから、真逆の私の絵まで喰らい尽くして、自分のものにしようとしているのだ。
私も私で、苦手だとか好きな世界だけを描いていたいだとか、わがままを言っている場合ではない。彼のその姿勢を、見習うべきかもしれない。
今は教える立場の私が、後輩から教わるなんて、私もまだまだ伸びる余地があるということか。そう思いながら顔を上げると、何故か佐々木くんは赤面している。いや、なんで? 向上心があることは、なにも恥じることではないのに。
軽食をとりながら音楽や絵の話に花を咲かせているうちに日は暮れ、解散することにした。今まで音楽の話を誰かと共有したことはなかったけれど、意外と悪くないものだ。
鼻歌を口ずさみそうになるのを抑えて、私はいつもより軽い足取りで帰路についた。




