五話
時は流れ、七月。
期末テストを終えて息をつく間もなく、テスト明けに初めて部活に行くと、柴崎先生からものすごい勢いで申し訳なさそうに、コンクールに出品してほしいと頼まれた。先生の様子を見るに、どうやら教頭先生からお叱りを受けたようだ。
「ほんっとごめんねぇ、今回のテーマは風景画らしいから。朝倉さんのテイストだとコンクールではリスキーではあるけど、刺さる人には刺さると思うのよねぇ」
「......わかりました」
先生にも立場というものがある。仕方ない。入賞することにこだわりはないので、私はいつも通りに描けばいいのだし。
少しため息をつくと、佐々木くんが部室に入ってきた。柴崎先生は佐々木くんにも、さっき私にしたのと同じように頼み込んでいる。
「うーん......わかりました。制作は夏休み中になるんですよね? 先生に見てもらいながらとか」
「やだ~、私は教える柄じゃないわよ。朝倉さんに見てもらったら? 佐々木くんにない視点をこの子は持っているし、参考になるんじゃない? あなたたち、最近仲も良いみたいだし」
佐々木くんと柴崎先生の話だと思っていたら、急に火の粉が飛んできて動揺を隠せない。
確かに私と彼は、あの廊下の一件から少しずつ話すようになった。けれど、コンクールという、人によっては大事な場面で後輩の作品を見るなんて重大責任は、あまりにも荷が重い。
「ちょっ、先生! 勝手にそんな......コンクールの審査基準なんて私わかりませんよ! それに、私だって教えるなんて――」
できない、と言いかけて、佐々木くんからの視線を感じた私はそちらに目を向けると、今まで見たことのないくらいきらきらした目が私を見ていた。
「先輩がよかったらその、付き合ってほしいです!」
――圧倒的に言葉足らずなことを小さくない声で言うものだから、部室が少しざわめき、柴崎先生は「あらあら」とにやついている。......なんだか、断りづらい雰囲気になってきた。
「コンクール用作品の制作に、ね!? わ、わかったよ、私でよければ。......でも、本当にあんまりあてにしないでね」
勘違いされるのを避けるため、わざと少し大きな声で答えると、こちらに注目を寄せていた生徒は「なーんだ」と興味を失う子もいれば、ひそひそと会話している子もいる。......うう、居づらい。
「朝倉さんのアドバイスがあれば、佐々木くんの作品ももっと良くなるに違いないわ! ふたりとも、頑張ってね」
そう言って柴崎先生はウインクをする。これ、よく考えたら職務放棄では?
「先生は教える柄じゃないなら、なんで教師になったんですか」
私は少し恨みをこめて先生をねめつける。
「決まってるじゃない、若者の将来性あふれる作品を間近で見るためよ。――ま、だから成績をつけるのには苦労してるのだけどね」
先生は肩をすくめて「私の話はいいのよ」と、私達のコンクール用作品について打ち合わせするよう促した。
佐々木くんと私は対面に座り、夏休みの予定について話す。
「先輩に見てもらえると思うと嬉しくて、ついお願いしちゃったけど、迷惑じゃなかったですか......?」
彼はいまさら遠慮が来たのか、仔犬のような顔で私を見る。そんな顔をするから、余計断れないというのに。
「うーん、いいアドバイスをできる自信はないけど......私は別にどこでも描けるから、無理のない範囲でなら付き合えるよ」
もうやけくそだ、どうにでもなれ。
佐々木くんはやっぱり、見たものをそのまま描くのが得意なようだ。審査員ではないからあまり無責任なことは言えないけれど、それだけでは入賞は難しいイメージがある。だから、絵において真逆の印象を与える私を彼につけた柴崎先生の判断は、間違ってはいないのかもしれない。
「お互い夏休みの課題もありますし、まだどこで描くか決まってないので、色々回ってから先輩に相談します。なので、その――連絡先を......」
佐々木くんは、もじもじとスマホを差し出してきた。
「あ、そっか。わかった、読み取るね」
スクールバッグからスマホを取り出し、なんの気なく連絡先を交換したけど、思えば男の子の連絡先が追加されたのは初めてだ。なんだか少し、自分自身の成長を感じた。
彼のQRコードを読み取ると、茶トラ猫のアイコンの修という名前が書かれた画面が出てきた。
「猫、飼ってるの?」
「あ、はい。麦って名前です、オスで」
「そうなんだ、かわいいね」
麦くんを褒めると、佐々木くんは笑いながら、何故だか我がごとのように誇らしげな表情を浮かべた。
ああ、本当にかわいがっているんだなぁと、微笑ましく思えた。




