四話
校門を抜けると、私はイヤホンをつけて、好きな音楽に身を委ねる。後ろから下校時刻の音楽が流れていて、耳から流れるものと重なり少しノイズに感じるけれど、学校から遠ざかればそのノイズも消え、私だけの時間だ。
もやもやすることがあった日は、決まってお世話になっているバンドが一回目にヒットしたシングルの画面に指を乗せる。軽快な曲調のアニソンが終わると、私の考え事を助長させたり、救ってくれたりする、一番好きなカップリング曲が始まる。この曲が本命だ。
普通じゃないことが普通だと歌う曲。じゃあ普通ってなんなのとか、少し安心したりとか、この曲へ向ける感情も忙しい。でも、押しつけがましくもない、心地よい距離感のこのバンドだからこそ、カップリング曲まで余すことなく聴いてしまう。もちろんその曲が終わっても名曲と呼んでいい曲が始まるので、何故この曲たちをカップリングとして位置付けているのか不思議なくらいだ。
好きな音楽に思いを馳せているうちに、家へとたどり着く。夕飯までは少し時間があるので、手を洗って自室へ向かい、今日の授業で出された課題にとりかかる。課題の途中で夕飯に呼ばれたため、シャーペンを置きリビングに向かう。食事中に、母から今日はどうだったかと聞かれたが、体育でマラソンがあって最悪だったと当たり障りのない返答をしておいた。家族であっても、私の心の深いところまでは、なんとなく話せないでいる。肉親にまで理解されないかもしれないことを、私は恐れているのだ。
夕飯を済ませ、ご馳走様でしたと手を合わせて食器を片付ける。と言っても、うちはありがたいことに、シンクに置いて水に浸しておくだけでいいとされている。
自室に戻り、課題をひと通り終えて時計を見ると、二十時を過ぎている。寝るにはまだ早いので、私は引き出しから誰にも見せたことのない秘密のスケッチブックを取り出し、開く。
秘密である理由は明白だ。そこには、音楽を聴きながら思い浮かんだ風景や、日頃から目に焼き付けている冬華の様々な表情が描かれている。......我ながら、気持ちの悪いことをしているなぁとつくづく思う。
部活で描いていた絵が途中なので、今は別の絵を描くことはしない。作品に取りかかる時は、ひとつの世界観に集中したいからだ。
なんとなくスケッチブックをめくって眺めていると、スマホがメッセージを受信したことを告げるように鳴った。冬華からだ。
「今日のお昼のこと、私は気にしてないから、紬も結衣のこと悪く思わないであげてね」
どくん、と心臓が跳ねた。恐る恐る震えた手で文字を打つ。
「私、顔に出てた?」
既読はすぐにつく。
「ううん、全然。でも紬はああいうの、気にしそうだと思って」
......どうして分かるんだろう。家族にさえ言わないんだから、冬華にだって話したことはないのに。
「冬華が気にしてないなら、私も大丈夫だよ。ありがとう」
文字でのやりとりはいい。どんなに動揺していても、隠し通せるのだから。メッセージの画面をそのまま開いていると、猫のような動物がにっこり微笑んでいるスタンプが送られてきた。会話終了の合図だ。
冬華とのやりとりを終えてお風呂に入り、自室に戻ると時計は二十二時をさしている。私はスマホを充電して、ベッドに身を投げる。
毎日のことだけれど、やっぱりどんな時でも思考は止まらない。いいことも、悪いことも、同時に感情が押し寄せてくる。気付けばずっとこうだから、もう慣れっこだけど。
冬華のこと、結衣のこと、柴崎先生のこと、佐々木くんのこと、音楽のこと、家族のこと、世界への疑念のこと。
私を取り巻くすべてに悩みが尽きない。布団にくるまって悶々としているうちに、脳がキャパシティを超えて、次第に眠くなってくる。私は眠気に素直に従い、意識を手放した。




