十九話
自室に引きこもって、秘密のスケッチブックを開く。演劇への衝撃で失念しかけていたけれど、今日の冬華を描きとめておかなければ、後悔する。夕飯に呼ばれているにも関わらず、私は夢中で鉛筆を走らせる。ページが埋まった頃には、もう二十時を過ぎていた。夕飯を食べ、お風呂に入り、髪を乾かしてベッドに身を投げる。
恋をしている冬華の表情や仕草が、頭に焼き付いて離れない。天井を眺めて無心になろうとしても、どうしても冬華がよぎってしまう。たまらず布団の中でうずくまっていると、珍しく電話が鳴った。画面を見ると、冬華からだ。今日の人気発表も聞かずに帰ったからだろうか。複雑な感情を蠢かせて電話をとる。
「私メリーさん、今あなたの家の前にいるの」
冬華は、それだけ言うと電話を切った。彼女は、冗談でこんなことはしない。カーテンを開けて窓から家の前を見ると、確かに冬華はそこにいて、こちらに気付いた彼女は手を振ってきた。
私は、飛び起きて階段を駆け下り、寝間着なのも忘れてスリッパを履いて玄関を開ける。
「どっ、どうしたの、冬華」
「あははっ、そんなに慌てて出てこなくても良かったのに」
笑ってはいるけれど、演劇の時とは打って変わって、彼女の表情には少しばかりの翳りが見える。
「……何かあったの?」
聞いても、彼女は何も答えない。突然家まで来るのは初めてだけど、彼女のこういった表情を見るのは、初めてではない。だから、何かあったのだとしても、彼女は絶対に言わないことも分かっている。
「んー、紬成分を補給しに来たんだ〜」
そう言って冬華は、私を正面から抱き締める。これも初めてのことではないのだけれど、さっきまでの複雑な感情はどこへやら、思考は真っ白になり、なんとか彼女の背に腕を回すことができたくらいだった。
どれくらい抱き合っていたのだろうか。永遠のようにも感じたし、一瞬のようにも感じた。冬華は満足したのか、腕を離す。
「紬のシャンプーいい匂いだね。私も同じのにしようかな」
冬華まで爆弾発言をするものだから、顔が蒸発しそうになる。俯いていると、冬華はくすっと笑う。
「今日のクラスの人気発表、聞かずに帰ったでしょ。紬、一位だったよ。じゃあ、また月曜日にね」
そう言って踵を返し、家へと帰る彼女は、いつもの調子に戻っていた。たまになにかあった時の彼女は、いつもこうして私を抱きしめて帰って行くのだけど、こればかりは本当に慣れない。それと、私が一位……?情報量が多すぎて、私はしばらくそのまま立ち尽くして彼女の背中を見送った。完全に姿が見えなくなったところで自室に戻り、へたり込む。
必死に思考を整理すると、開いていたままの秘密のスケッチブックを閉じて引き出しにしまい、ベッドに潜る。
さっきの冬華のおかげで、演劇での冬華への感情は少し薄れた。けれど、冬華の熱をまだ忘れられなくて、なかなか寝付けずに夜を更かしていった。




