帰らないという選択
リュカは絶望していた。
なぜ、僕はここで、こんなふうに牢獄へ閉じ込められているのか。
オーウェンは、僕の身柄の安全を保障したはずだった。
ところが、その約束は間もなく反故にされた。
昼はオーウェンが、取り調べと称して拷問を行う。
夜は閉じ込められている部屋に結界が張られているらしく、眠ろうとすると全身に激痛が走る。
昼と夜が幾度巡ったのか、それすら数えられない。
リュカは疲労困憊していた。
「おい! そこの足場だよ! 早く登りな!」
「うるせぇ! てめえは黙ってろ、このスラガ人!」
「ああん? 金玉蹴られたいのか?」
ゴチン!
「ぐおっ……!」
何やら男の悶絶する声が響く。
それからしばらくして。
リュカの牢獄――土造りの堅固な壁に囲まれたその部屋の上部にある小窓から、誰かが声をかけてきた。
「リュカ!」
聞き覚えのある声が、二つ。
「……え?」
顔を上げる。
そこにいたのは、アリハーン・トラとアイーシャだった。
トラは、トルファンの街でリュカ一行を襲ったイグル解放戦線のメンバー。
そしてアイーシャは、リュカ一行が西国議会への根回しを行った際、協力を要請した盗賊団の長である。
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「二人とも、どうしてここに?」
リュカは慌てて周囲を見渡した。
「誰か来たら、大変だよ」
「大丈夫だ。リゼっていう奴が、金品で司直を懐柔してるからな」
「今なら大丈夫だぜ。リュカ、ここを出よう」
「ト、トラ?」
トラは真剣な表情を浮かべた。
「この国は、もう駄目だ。本国に仕える奴隷のアンタが、奴隷だってだけで牢にぶち込まれるんだからな」
「そうだ」
アイーシャも頷く。
「おまけに拷問までありときたもんだ。リュカ、私と一緒に来ないか? 私の部下で構わないなら、雇ってやるぞ」
「おい、こら! 抜け駆けはなしだろ! リュカを雇いたいのは、俺だって同じなんだ」
「ふん。できもしないスラガからの独立を法螺吹く、誰かさんよりはマシだ」
「あ!? なんだって!」
「やんのか、こら!」
二人が睨み合う。
その光景を見ていたリュカは――
「ふふっ……」
思わず、小さく笑った。
「「リュカ?」」
二人が同時にこちらを見る。
「なんだか……元気が出たよ。ありがとう!」
「今のどこに感謝する要素があった?」
「さあな」
アイーシャはそう言いながら、トラの頭をポンと叩いた。
「二人とも、喧嘩はよくないよ!」
「いや、お前たちが仲良すぎなんだよ」
「え?」
リュカが首を傾げる。
すると、アイーシャがふと真面目な顔になった。
「なぜだ?」
「何が?」
「なぜ、奴隷扱いされてまで、この国に尽くそうとするんだ?」
「……」
リュカはしばらく考えた。
そして、ぽつりと答える。
「わからない……」
その答えを聞いて、二人は何も言わなかった。
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翌日。
アイーシャとトラの帰還を待っていたリゼたちは、当然、リュカの身柄を取り戻し、そのまま逃走経路を使って脱出する――つもりだった。
ところが。
「なんですって! リュカが帰らないと言った!?」
パンセラ亭。
現在、リュカ一行――改め、リゼ一行の宿泊拠点となっているこの宿で、リゼが素っ頓狂な声を上げた。
「まあまあ、リュカ君にも考えがあるだろうから……」
ヘレナが宥める。
「あの人に考えなんかないわよ!」
言ってから、リゼはしまったという顔をした。
「リゼ殿下、どうなさいましたか?」
マリーとチンキムが尋ねる。
マリーは何かを察したように、ニヤリと笑った。
「ははーん……」
「な、何よ!」
「いえ、何でもありません」
そんな二人をよそに、パンチ陸相がコホンと咳払いをした。
「とりあえず、話を戻しましょう」
パンチは真剣な表情を浮かべる。
「リュカ奪還計画が失敗に終わった今、我々がすべきことは、リュカ殿の無実を証明することです」
そう言って、隣にいるチンキムへ目配せする。
「そこで、我が北国の真贋を見極める技術を応用できればいいのですが……」
チンキムはそう言うと、ある人物へ白羽の矢を立てた。
「わかりました。私の出番ですね」
呼び出されたのは、この旅にも同行しているヘレナだった。
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ヘレナは首都のギムナジウムで研究に励んでいる。
ギムナジウムとは、大学入学前の優秀な貴族の子女を集め、教養学部に近い教育を施す教育機関だ。
本来の入学年齢は十五歳から十七歳。
リュカと同い年のヘレナは、本来なら入学できる年齢ではなかった。
しかし、幼年学校で優秀な成績を収めていたことから、特別に入学を許可されている。
そんなヘレナの研究テーマは――
『風土・地域差と科学技術』
カトゥル帝国各地に分散して存在する、国宝級の科学技術。
なぜ、それらは特定の風土で発展したのか。
そして、別の地域へ持ち出すと効力を失うという伝説は、本当に事実なのか。
それを研究しているのが、ヘレナだった。
「ヘレナ、大丈夫?」
リゼが尋ねる。
「大丈夫です、殿下」
ヘレナは頷いた。
「私の研究では、北国の真贋鑑定技術を応用できると思います」
「問題は?」
「二つあります。一つは、北国から許可が出るかどうかです」
「その点は、私が各部族長を説得しましょう」
チンキムが即答した。
「ありがとうございます。しかし、もう一つ問題が――」
「そのためのお金がない、と」
パンチが続けた。
「そういうことです」
「で、こんなときにマリーはどこへ行ったの?」
リゼが尋ねる。
リュカが連行されてすぐ、マリーは「ちょっと用事ができたので、故郷へ戻ります」と言って、どこかへ行ってしまっていた。
「ったく……自由なんだから、あの司書見習いは……」
「何かおっしゃいましたか?」
「うわっ!」
突然、背後から声がした。
振り返ると、そこにはマリーが立っていた。
「び、びっくりした……」
「早速ですが、故郷へ出した使いが戻ってきました」
マリーは、にこりと笑う。
「リゼ様。こちらをお納めください」
そう言って差し出されたのは――大量の黄金だった。
「こ、これは……」
「およそ千塊ほどあります」
「……カトゥル帝国の年間予算の、何倍にもなるじゃない」
「はい。これで財源は確保できたかと」
リゼは黄金とマリーを交互に見た。
「……あなたの故郷って、一体何なのよ」
「企業秘密です」
マリーは涼しい顔で答えた。
「よし」
ヘレナが立ち上がる。
「これで材料も人員も集められます」
そして、決意を込めて言った。
「――あとは、作るだけですね」




