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奴隷宰相 西国のクラレットジャグ編  作者: 近衛翡翠


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帰らないという選択

 リュカは絶望していた。


 なぜ、僕はここで、こんなふうに牢獄へ閉じ込められているのか。


 オーウェンは、僕の身柄の安全を保障したはずだった。

 ところが、その約束は間もなく反故にされた。


 昼はオーウェンが、取り調べと称して拷問を行う。

 夜は閉じ込められている部屋に結界が張られているらしく、眠ろうとすると全身に激痛が走る。


 昼と夜が幾度巡ったのか、それすら数えられない。


 リュカは疲労困憊していた。


「おい! そこの足場だよ! 早く登りな!」


「うるせぇ! てめえは黙ってろ、このスラガ人!」


「ああん? 金玉蹴られたいのか?」


 ゴチン!


「ぐおっ……!」


 何やら男の悶絶する声が響く。


 それからしばらくして。


 リュカの牢獄――土造りの堅固な壁に囲まれたその部屋の上部にある小窓から、誰かが声をかけてきた。


「リュカ!」


 聞き覚えのある声が、二つ。


「……え?」


 顔を上げる。


 そこにいたのは、アリハーン・トラとアイーシャだった。


 トラは、トルファンの街でリュカ一行を襲ったイグル解放戦線のメンバー。

 そしてアイーシャは、リュカ一行が西国議会への根回しを行った際、協力を要請した盗賊団の長である。


***************************


「二人とも、どうしてここに?」


 リュカは慌てて周囲を見渡した。


「誰か来たら、大変だよ」


「大丈夫だ。リゼっていう奴が、金品で司直を懐柔してるからな」


「今なら大丈夫だぜ。リュカ、ここを出よう」


「ト、トラ?」


 トラは真剣な表情を浮かべた。


「この国は、もう駄目だ。本国に仕える奴隷のアンタが、奴隷だってだけで牢にぶち込まれるんだからな」


「そうだ」


 アイーシャも頷く。


「おまけに拷問までありときたもんだ。リュカ、私と一緒に来ないか? 私の部下で構わないなら、雇ってやるぞ」


「おい、こら! 抜け駆けはなしだろ! リュカを雇いたいのは、俺だって同じなんだ」


「ふん。できもしないスラガからの独立を法螺吹く、誰かさんよりはマシだ」


「あ!? なんだって!」


「やんのか、こら!」


 二人が睨み合う。


 その光景を見ていたリュカは――


「ふふっ……」


 思わず、小さく笑った。


「「リュカ?」」


 二人が同時にこちらを見る。


「なんだか……元気が出たよ。ありがとう!」


「今のどこに感謝する要素があった?」


「さあな」


 アイーシャはそう言いながら、トラの頭をポンと叩いた。


「二人とも、喧嘩はよくないよ!」


「いや、お前たちが仲良すぎなんだよ」


「え?」


 リュカが首を傾げる。


 すると、アイーシャがふと真面目な顔になった。


「なぜだ?」


「何が?」


「なぜ、奴隷扱いされてまで、この国に尽くそうとするんだ?」


「……」


 リュカはしばらく考えた。


 そして、ぽつりと答える。


「わからない……」


 その答えを聞いて、二人は何も言わなかった。


***************************

 翌日。


 アイーシャとトラの帰還を待っていたリゼたちは、当然、リュカの身柄を取り戻し、そのまま逃走経路を使って脱出する――つもりだった。


 ところが。


「なんですって! リュカが帰らないと言った!?」


 パンセラ亭。


 現在、リュカ一行――改め、リゼ一行の宿泊拠点となっているこの宿で、リゼが素っ頓狂な声を上げた。


「まあまあ、リュカ君にも考えがあるだろうから……」


 ヘレナが宥める。


「あの人に考えなんかないわよ!」


 言ってから、リゼはしまったという顔をした。


「リゼ殿下、どうなさいましたか?」


 マリーとチンキムが尋ねる。


 マリーは何かを察したように、ニヤリと笑った。


「ははーん……」


「な、何よ!」


「いえ、何でもありません」


 そんな二人をよそに、パンチ陸相がコホンと咳払いをした。


「とりあえず、話を戻しましょう」


 パンチは真剣な表情を浮かべる。


「リュカ奪還計画が失敗に終わった今、我々がすべきことは、リュカ殿の無実を証明することです」


 そう言って、隣にいるチンキムへ目配せする。


「そこで、我が北国の真贋を見極める技術を応用できればいいのですが……」


 チンキムはそう言うと、ある人物へ白羽の矢を立てた。


「わかりました。私の出番ですね」


 呼び出されたのは、この旅にも同行しているヘレナだった。


***************************


 ヘレナは首都のギムナジウムで研究に励んでいる。


 ギムナジウムとは、大学入学前の優秀な貴族の子女を集め、教養学部に近い教育を施す教育機関だ。


 本来の入学年齢は十五歳から十七歳。

 リュカと同い年のヘレナは、本来なら入学できる年齢ではなかった。


 しかし、幼年学校で優秀な成績を収めていたことから、特別に入学を許可されている。


 そんなヘレナの研究テーマは――


『風土・地域差と科学技術』


 カトゥル帝国各地に分散して存在する、国宝級の科学技術。


 なぜ、それらは特定の風土で発展したのか。

 そして、別の地域へ持ち出すと効力を失うという伝説は、本当に事実なのか。


 それを研究しているのが、ヘレナだった。


「ヘレナ、大丈夫?」


 リゼが尋ねる。


「大丈夫です、殿下」


 ヘレナは頷いた。


「私の研究では、北国の真贋鑑定技術を応用できると思います」


「問題は?」


「二つあります。一つは、北国から許可が出るかどうかです」


「その点は、私が各部族長を説得しましょう」


 チンキムが即答した。


「ありがとうございます。しかし、もう一つ問題が――」


「そのためのお金がない、と」


 パンチが続けた。


「そういうことです」


「で、こんなときにマリーはどこへ行ったの?」


 リゼが尋ねる。


 リュカが連行されてすぐ、マリーは「ちょっと用事ができたので、故郷へ戻ります」と言って、どこかへ行ってしまっていた。


「ったく……自由なんだから、あの司書見習いは……」


「何かおっしゃいましたか?」


「うわっ!」


 突然、背後から声がした。


 振り返ると、そこにはマリーが立っていた。


「び、びっくりした……」


「早速ですが、故郷へ出した使いが戻ってきました」


 マリーは、にこりと笑う。


「リゼ様。こちらをお納めください」


 そう言って差し出されたのは――大量の黄金だった。


「こ、これは……」


「およそ千塊ほどあります」


「……カトゥル帝国の年間予算の、何倍にもなるじゃない」


「はい。これで財源は確保できたかと」


 リゼは黄金とマリーを交互に見た。


「……あなたの故郷って、一体何なのよ」


「企業秘密です」


 マリーは涼しい顔で答えた。


「よし」


 ヘレナが立ち上がる。


「これで材料も人員も集められます」


 そして、決意を込めて言った。


「――あとは、作るだけですね」

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