逮捕
「リュカ“様”が、窃盗を!? 何かの間違いです!」
リゼ皇女が叫ぶ。
間髪入れずに、ヘレナは床に倒れて卒倒する。武官としてリゼに随行しているパンチやチンキムにとっても、まさに青天の霹靂であった。
「リュカ君が、国宝を奪っただと?」
「確かな証拠はあるのですか?」
「いえ……確かな証拠はありませんが、容疑者・リュカは酒場で、盗賊の女頭目と話をしていたとのこと」
「それだけで!」
リゼは叫ぶ。
「あ、あと、国宝たるクラレットジャグの貸与に最もこだわっていたことも、状況証拠に数えられました」
たじろぐ様子を見せるのは、西国の壮長(警察官)であるモリスだ。
「どうしても、リュカ殿を連れて行くならば、わがサンクロウの軍が黙っていないぞ」
「そうです。タイアルとしても、これは看過できません」
「そうはいわれましても、我々もこれは職務として遂行していまして……」
そこへ突如、冷や汗をかいているモリスの背後から、コツコツと靴の音がした。
「どうかしたか?」
「あ、オーウェン総監、ちょうど良いところに。実は今、リュカ・チェザーレに逮捕を執行しようとしているのですが……」
「かまわん。早く牢にぶち込め」
「それが、ここにおられる東国のパンチ陸相と、北国のチンキム外相が、リュカ殿の逮捕は、両国として看過できない旨を述べておりまして……」
「お二人は、先の領地宛行を覚えておいでか?」
「忘れるはずもなかろう」
「むろん、つい先日のことであるから」
オーウェンは、こくっと頷く。
「その中に、『Ⅴ 領内都市への経済的介入』というのがあった。そして、わが西国は商業国家。このような特権は、西国を構成する諸都市国家の自治・財政を極度に制限しかねないことを、ダンドロ市長は警戒なされた」
「それは、西国の事情ですよね」
ヘレナが詰め寄る。
しかし、リゼは暗い顔をして口を開いた。
「そこで、西国貴族による領内都市への経済介入を認める代わりに、領内の警察権の一部委譲をカトゥルに願い出た――」
「いかにも」
オーウェンが短く返す。
「つまり、西国の逮捕特権は、帝国本国も無視できないってこと?」
リュカは絶望した。
「そういうわけです。というわけで、リュカ殿を連行します。なあに、素直に応じれば心身の安全は保障されます」
「たしかだな……?」
リュカの問いに、オーウェンは黙って頷く。
「わかった。それなら行こう」
「リュカ様!」
ヘレナが叫ぶ。
「大丈夫だよ。僕は何もしてないし、西国も僕に安全を保障するらしいから」
「心配です……」
ヘレナは僕をぎゅっと抱きしめる。
その後、リゼからも抱擁を受けたリュカは、オーウェンの言うがまま、警察の馬車に乗って連行されていった。
さて、リュカが去った後のリゼ一行は、善後策を協議した。
「とりあえず、本国のテレサに文を送ろう」
パンチが言う。
「場合によっては、西国に働きかけて、恩赦を勝ち取るのだ」
「わたしも、北国出身の外交官に手紙を出します。こういうことは、北国の外交技術にお任せください、リゼ殿下」
チンキムが続ける。
「わかりました。わたしは、父とともに手紙を書きますね」
リュカと離れたリゼ一行は、それぞれの考えつく思い思いの手段で、リュカを救おうとするのであった。
一方、リュカは牢獄に着いた。
「おい、この手錠をはめるんだ」
看守が言う。
「話が違うぞ。オーウェン」
「ん? 何のことですかな?」
「心身の安全を保障する約束だったではないか」
「ああ」
オーウェンは、机の上のデキャンタに入ったワインをラッパ飲みしながら答える。
「ああでも申し上げない限り、あなたは来なかったでしょうからな」
「じゃあ、僕は……」
「もちろん、これから取り調べをさせていただきます。なあに、素直に吐けばよいのです。おい、こいつに手錠を嵌めろ」
「はっ!」
看守の一人がリュカに手錠を嵌めた。
「これでよし、っと」
看守が言う。
しかし、次の瞬間、手錠には罅が入り、ついには砕け散ってしまった。
「!? なんだと」
オーウェンは驚く。
「貴様……魔力持ちか?」
「魔力持ち? 何のことだ?」
リュカには身に覚えがない。
魔力といえば、幼い頃にメイドたちから読み聞かせてもらったファンタジーの話か、あるいは宮廷書庫やテレサ女帝の話に出てくる「魔女」や「巫術師」などのペテン・詐欺師の類しか知らない。
「かまわん。魔力持ちなら結界の間に入れておけ。あそこは、ある程度の魔法ならば無効化できる」
「ハッ!」
次の瞬間、リュカは両腕を兵士に抱きかかえられて連行されていった。
結界の間に入れられたリュカは、身体に痛みが走るのを感じた。
どうやら、この結界はリュカの肉体を蝕むらしい。
そして、昼は拷問を受け、夜は結界による苦痛に苛まれて一睡もできない。
そんな地獄の日々が続いた。
さて、善後策を協議していたリゼ一行の元に、来客があった。
ひとりは、トルファンの街でリュカ一行を襲った、イグル人の解放戦線のリーダーであるアリハーン・トラ。
もうひとりは、先ほどリュカに議会懐柔策を垂れ込んでいた盗賊団のお頭・アイーシャである。
ただ、悪いニュースが二つあった。
ひとつは、トラとアイーシャは、同業者らしき一面も見せていたため、同じ獲物を狙って競争する。そのため、互いに仲が悪く、反目し合う仲である。
もうひとつは、トラもアイーシャも西国のお尋ね者である。そのため、西国政府中枢にパイプがないのはもちろんのこと、表立って動くことはできなかった。
「で、リーダーのいないあんたがたは、俺たちに助けを求めるのか?」
トラが口火を切った。
「そうです。何かリュカ様を助ける手立てはないかしらと。考えました。たとえば、西国の枢要(中枢にいる要人)に賄賂を贈ってはいかがかと」
リゼが答えた。
「しかし、それをすると、スラガの議員が守らねばならない規定に違反することになる。暴露や密告があった場合は、みなただじゃおかれねえだろうな」
アイーシャが言う。
「あと、スラガの貴族に官職を与えて、懐柔を図る手も考えました」
ヘレナが続ける。
ヘレナのロレンソ家は准男爵の家柄ながら、貴族の家柄を賜るまでは商売でのし上がってきた家であるので、西国の多くの商家とつながりがある。
准男爵は一番下っ端とはいえ、貴族は貴族。
そのため、貴族による奏任という、いわゆる推薦制度を使って西国の商人を帝国本国の貴族に格上げする飴を与えることで、彼らを懐柔しようというのだ。
「で、お前たち、なんか人数が少なくねえか?」
アイーシャが尋ねる。
「申し訳ありません。マリーが、どうしても席を外すというので……」
ハァ、とリゼがため息をつくと、ヘレナも同様にため息をついた。
「リュカ様のピンチの時に、何をしていることやら……」
「じゃあ、賄賂と売官の策をなし、その間にリュカ奪還策を俺とアイーシャで考えると」




