根回し
ダンドロとの会合があったのは、3日前。そのときは、クラレットジャグの貸与について、審議は順調に進むものと思い込んでいた――。
「とにかく、一刻も早い貸与をお願いしたいのです」
とリュカは言う。
西国のスラガ市国の市議会は、定員が300人前後であると、憲法に相当する市議会規則に定められており、今年の市議会は定員315人であった。
(前後というのは、50人までのブレならば認められるらしい。)
「お任せください。このダンドロ、カトゥルの重鎮として、スラガ市国をまとめてみせましょうぞ」
そう意気込むダンドロさんに連れられて、まず向かったのは、議長を務めるブリッツさんのところだった。
ブリッツさんは、「霹靂市議」の渾名の通り、鶴の一声で議会の大多数派をまとめ上げる最大会派・ミストラル派の長らしい。
いわば、ラスボスではないかと思うのだが……。
「……このような事情で、クラレットジャグをなにとぞ拝借願いたいのです」
と、一生懸命に説明する。
タバコをふかしながら、ブリッツはこう答えた。
「なあ、坊っちゃん。家宝とは何だと思う?」
僕には、ブリッツさんの質問の意図がよくわからない。
「その家にとって、大事なものということでしょうか?」
「その通りだ」
ブリッツさんは、不意に立ち上がる。
「そして、家宝を貸すということは、その家の尊厳を貸すということでもある。残念ながら、貸与は認められねえ。なぜなら、クラレットジャグは西国の尊厳・誇りそのものだからだ」
「しかし、人が死にかけているんです!」
必死の面持ちでヘレナが叫ぶ。
「諦めな。どのような条件を出したところで、俺たちは賛成に回らねえ」
しぶしぶブリッツさんのもとを去った僕たちは、今度はグレースさんのもとへ向かった。
グレースさんは、第二会派・ポドゾル派の長で、帝都では紳士的という噂が立つ人である。
「もちろん、賛成させてもらうわ。特にブリッツが反対に回るなら、なおさらね」
「本当ですか!?」
「ええ、見返りは後々でいいわよ」
ほっと胸をなでおろした僕たちは、最後に、第三会派のフランベ党の長であるリキュールさんのもとへ向かった。
議会には、このほかにも無所属の議員がたくさんいるのだが、彼らは大概この3つの派閥のどこかに連動して動く。
そのため、この3つの派閥を押さえれば大丈夫だと、一緒についてきてくれるダンドロさんは述べてくれる。
こうして、フランベ党の長であるリキュールさんのもとに着いた。
さっそく、グレースさんからの手紙を手渡す。
リキュールさんは手紙を読むと、ふっと笑い、
「これは、道中で開封したのか?」
と尋ねてくる。
なんとも怪訝な問いである。
「いえ、中身は見ておりません」
「そうかい、そうかい」
とリキュールさんは、会派室の椅子に腰かける。
「本題に入ろう。僕らも賛成に回らせてもらうよ」
「本当ですか!?」
「リュカくんだっけ? 君に一つ質問がある」
「なんでしょう?」
「君は何のために宰相になったの?」
何のために……。
考えたこともなかった。
そもそも……。
「成り行きで、ならざるを得なかったのです」
本音を言えば、そうだ。
「! 面白いね」
その答えに、リキュールさんは反応を示す。
「『なんのために』と聞いたのに、『どのように』就任したのかを答えるとはね。それは、誰の意思なのかな? たいていの人間は、欲を求めるため、名誉を得るため、賢さを示すために生きているという」
「アリストテレスですか?」
とマリーが尋ねる。
「おや、そこのお嬢さんは博学と見える。その通りだよ。僕はどちらかというと、名誉を得るために動いているのかな。君はどうなんだい、リュカ君」
「僕は、僕なりの動き方を知りません」
奴隷のリュカにとって、主人の命令は絶対である。
今の主人はカトゥル帝国の長・テレサ女帝であるので、彼女の意に添うように動くことが、リュカの命題であるかのように思えた。
「ふーーん」
つまらなそうにリキュールさんが僕を見る。
「残念だよ、リュカ君」
こうして、3日間を根回し工作に回した……はずだった。
しかし、第一会派のミストラル派の議員は、「前例のない」貸与に反対し、第三会派のフランベ党の議員は「見返りのない」貸与に反対し、第二会派のポドゾル派の議員は沈黙を貫くばかりである。
結果、議会では圧倒的大差で貸与は否決されてしまった。
――票は、あまりにも綺麗に揃いすぎていた。
議会閉会後、ヘレナは憤る。
「あの人たちは、どうして動かなかったの!?」
「ちょっと、大声出さないでよ」
マリーは怪訝な顔をさらにしかめて、ヘレナをたしなめる。
「だって、リュカ君があんなに頼んだのに、どの会派も反対に回るなんてことあるの!?」
「何があったんだろう?」
「よろしければ、私が探ってみましょうか?」
とリゼが提案してくれる。
「そうしようか。リュカ君?」
とマリーも尋ねてくる。
「お願いします。リゼ殿下」
「まっかせなさーい!」
皇族のリゼが来訪したとあっては、西国は賓客として礼遇をせずにはいられない。
そのため、リゼ皇女歓迎パーティーが、西国の都・カイムチで開催された。
リュカはあくまで奴隷の身分なので、出席できない。
そこで、この機会に街へ出てみた。
街は夜にもかかわらず、ランプがあちこちの家々で灯され、活気にあふれていた。
バザールも夜遅くまでやっているらしい。
ふと、リュカは宝石の露天商に目をとどめる。
そこには、銀、ピンクのサファイア、茶色い琥珀、黄色いトパーズなどが並んでいた。
「これらを買っていいですか?」
「いいとも。お代は200ゼリアね」
ゼリアとは、カトゥル帝国の通貨単位だ。
ちなみに、ゼリアの補助通貨単位はツールで、1ゼリアは100ツールである。
「もちろんです」
お代を財布から出そうとすると――財布がない。
「あれ!? 財布がない!」
「坊っちゃん、冷やかしかい? 帰った帰った」
と露天商に言われてしまった。
ふと、あたりを見ると、僕の財布を持って路地を走る子供がいる。
「マリー、ヘレナ!」
「うん、リュカ君!」
とヘレナが馬を飛ばして追いかける。
「ま、待ってよぉ……」
基礎体力がないマリーは、走るのもやっとでヘトヘトらしい。
チンキムさんが、力尽きたマリーを背負っている。
「逃がすか! パァンチ!」
パンチ陸相が、子供に一撃を喰らわせて、転ばせた。
「大人げないかもしれんが、悪いな」
そう言って、子供をそこの木に縛り付ける。
「さあ、君は誰? なんのために、財布を盗んだの?」
「僕は、ウマル! いつも姉ちゃんに、ヒトの財布を届ける仕事をしてんだ!」
「姉ちゃん?」




