西国への旅路
リュカ一行が西国へ向かう。表向きは、リゼ皇女の啓幸という体裁をとるため、車列は長い。西国へは、リュカ、リゼ、ヘレナ、マリーの他に、護衛ともいうべき2人の人物が付いていた。1人は、東国出身で帝国陸相であるルドルフ・パンチ。もちろん、彼らの護衛である。もう1人は、北国のオッチギンで帝国外相のチンキムである。彼は、弁舌も巧みなだけでなく、北国から西国にかけての遊牧民の支持を得ていた。
「パンチ殿、チンキム殿。このたびはすみません。」野営の席で、リュカは2人に詫びを入れる。
「いやいや、婿殿のおかげで心躍る冒険ができそうだよ!」とパンチは、焚火で焼いた肉を喰らっている。
「ええ、私も西国は初めてです。どんなところでしょうか?」とチンキムは、馬乳酒を一献呑みながら、干しブドウを頬張る。
「なんでも、砂漠にオアシスが点在し、そこに都市国家を作っている文明だと聞きます。」とリゼ。「各都市の間の連携は、どうしているのでしょうか?」とリュカ。
「さあな、だがあらかた駱駝とかのキャラバンが担っているのかもしれませんぜ。」パンチの答えに、チンキムは首肯する。「ええ、そうでしょう。」
「(この旅は急ぐ必要がある。-間に合わなければ、リルは死ぬのだから。)」リュカはそう思った。
***************************
そうこうしているうちに、西国の東端の都市・トルファンに辿り着いた。道中では、パンチの言う通り駱駝の商隊であるキャラバンにしばしば出会った。
トルファンは砂漠のただなかにあるオアシス都市で、街の壁が土でできている。聞けば、竹で編んで、土を漆喰のように固めているらしい。
トルファンの街は、様々なバザールであふれていた。食料品、衣料品といった日用品から、宝石などの装飾品や贅沢品まで取り揃えているのだ。香辛料の芳しい匂いが次々と鼻腔を刺激し、色鮮やか布や宝石が眩い光を放つ。
「ん?」ヘレナが何かに気付く。「どうしたの。ヘレナ。」「向こうの路地のほうから、私達を付け回している人たちがいるの。」「野盗かしら。」とマリー。「そうであれば、一刻も早く身を隠すべきですな。」とパンチ。「お待ちください。」しかし、チンキムはその提案に待ったをかける。「誘いを乗ったふりをして、奴らを生け捕りにしましょう。」
「お頭、あの奴らが宰相・リュカの一行ですかい?」青いバンダナの男が喋る。
「ああ、奴隷上がりだが、最近帝の信任を得てのさばっているらしい。最近邪魔になってきたらしいな。帝都の”あるお方”からだ。ここで、手痛い目に合わせろとのことだ。」リーダー格らしき赤いバンダナの男が返答する。
「へいへい、お頭領わかりやした。」黄色いバンダナの男がそう返答した。
「かかれ!」と赤いバンダナの男が叫ぶ。次の瞬間、部下を連れて、リュカ達に襲いかかった。
すると、路地を曲がって待ち構えていたパンチ陸相が、咄嗟に身を乗り出して突進し、青いバンダナの男にパンチを喰らわせた。
「くそっ、ひるむな。かかれかかれ!」と青いバンダナの男が叫ぶと、その部下と思しき30名ほどの野盗が大刀を持って襲いかかる。
「そうはさせないよ。」とチンキムは、十手を出して、太刀による攻撃をいなす。
リュカは、マリー、ヘレナ、そしてなんといってもリゼを守るために、彼らの傍をひと時も離れなかった。しかし、一人の野盗がパンチに襲いかかる。パンチは、他にも3人の敵を抱えていて、身動きが取れそうもなかった。パンチの危機に、リュカは咄嗟にパンチに襲いかかる野盗に突進した。野盗は吹っ飛ばされて、バザールの店に突っ込んだ。
赤いバンダナの男が、鉄砲を用いて馬車を狙撃しようとする。馬車には、リゼをはじめマリーと、ヘレナが乗っている。リュカはいち早くそれに気づき、弓で赤いバンダナの男の腕を射抜いた。
「くそっ!退け!退けっ!」やがて、赤いバンダナの男は退却命令を出し、野盗を退散させることができた。
***************************
リュカ達は、そこに伸びていた盗賊4、5名を壊れた露店の柱に括り付けた。そのなかに、首領の一人と思しき、青いバンダナの男もいた。
「どうして、僕達を襲ったんだ。」というリュカ。
「そうですな。事と場合によっては、死をもって償ってもらいましょう。」とパンチ。
「ええ、陛下の御一門に手を出したのです、万死に値します。」とチンキム。
「俺の名は、アリハーン・トラ。元は、スラガ市国に滅ぼされたイグル人の末裔だ。」
「イグル人の末裔が、なんで陛下の御一門を襲うのさ?」
「イグル人を弾圧しているスラガ人たちを擁護なさるのが、カトゥルの習わしだ。スラガとカトゥルは同罪。よって、その皇女を襲った。なにがいけない?宰相のリュカという男は、帝都の保守派から嫌われているから、好都合とのことだ。あんたは邪魔なんだよ。」と悪びれることなくトラは返答する。
すると、その当のリゼ皇女が鶴の一声で決定を下す。
「この人たちは、自らの祖国を思うあまり、私を襲ったのです。ここは、温情の意味を込めて、彼らを見逃しましょう。」
その申し出に、マリーとヘレナはもちろん、リュカやパンチ、チンキムはびっくりした。
「いいの?また、襲ってくるかもしれないよ?」
「そうだよ、災いの芽は早めに摘んでおくべきだよ」とマリーとヘレナが諫言する。が、リゼは首を横に振るのだった。
「いいえ、力で押さえつければそれですむわけではありません。」
「本当にいいんだね?」とリュカは不安のあまり、再度確認する。
「わたくしが決めたことですから。」ニッコリとリゼが笑いかけるのを見ると、リュカはトラたちの縄を切ってほどく。
「ちっ、覚えとけよ。」
***************************
襲撃者と別れた一行は、路地裏から市場の路地に出ていく。そこに駆け付けたのは、西国のドージェのダンドロだった。
「はあはあ、襲撃の知らせを受けて駆けつけましたが…皆様ご無事ですか?」
「ええ、何とかなりました」とリュカ。
「なぁに、婿殿と娘は必ず守り通しますぜ。」とリュカを婿に迎え入れたつもりの、気が早いパンチが言う。
「チンキム殿の策が講じて、野盗を撃退出来ました。」とマリー。
「ダンドロ殿、早速ですが…」とリゼが話し始めた。
***************************
「そういうことならば、お安い御用です。」いまは皆は、市民会館にいる。クラレットジャグの拝借の件については、中央のカトゥル皇族の頼みということもあり、ダンドロ殿が直々に市議会に諮ることとなった。市議会といっても、たんなる一自治体の議会ではなく、スラガ市国全体のことを決める、いわば西国という国の議会という扱いだ。ちなみに、市民会館は、西国の市民の憩いの場であるほか、行政サービスを受ける市役所のような役割もある。
「ありがとうございます!」とリュカがお礼を言う。
「ささ、善は急げと申します。臨時議会をいまから召集しましょう。」とダンドロはベルを鳴らし、秘書を呼んだ。
「カトゥルの思し召しで、クラレットジャグの拝借を頼みたいとのことだ。マルコ、市議会を早速召集してくれ。」
マルコと呼ばれた美少年は、「かしこまりました。」と言って消えていった。
「かなりの男前ですね。」とリュカ。
「あの子はマルコ・ポローニアス。昔は、あちこちを旅するのが好きな少年だったのですが、いまは私の秘書官として仕えてくれています。」
そうして、3日後に市議会が開かれ、カトゥル帝国本国へのクラレットジャグを貸与する件が話し合われた。ところが、これが圧倒的大差で否決となった。




