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奴隷宰相 西国のクラレットジャグ編  作者: 近衛翡翠


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1/8

ヘレナ邸の宴

最近の帝都は、平穏無事な日々が続いている。あまりにも静かだ。ナッシュの乱を鎮定し、領地宛行も一通り済ませた。さらに、最初の大きな懸案だったヴァルハラ(予算争奪戦)を乗り越え、環境負荷考慮法案も可決にこぎつけた。今回は、リュカにとって休息となるのか…?


***************************


その日、執務室にヘレナがやってきた。

「宴会?」

渡されたビラを見て、リュカが言う。


「そうですの。貴族は、家々のつながりを保つために、よく宴会を催します。しかし、うちは家柄が低いため、宴会を開いても来てくださる家が少なくて困っていますの。」


「そこで、宰相・リュカ殿にお越しいただき、貴族の皆々様への宣伝を兼ねたいのです。」ロレンソ家の執事であるデウカリオンがそう伝えてきた。


「わかりました。ヘレナの頼みとあれば、断れません。喜んで参加しますね。」と持ち前の笑顔で、リュカは答える。


***************************


リュカ達はヘレナ邸の宴席に参加することとなった。リュカは事前の準備のために、リルと一緒に馬車で屋敷へ向かう。

「ねえ、リル。大丈夫?緊張してるようだけど。」リュカはリルを思いやる。

「パーティーは、セッティングまではいいんです。そつなく業務をこなせばいいだけですから。でも今回は、パーティーへの参加ですから。周りには知らない人たちが大勢いるでしょう?そんなところ、大丈夫かしら…」どうやらリルは、持ち前の人見知りを発揮してしまったらしい。リルは口元を手で押さえ、大変そうだ。

「もうすぐ馬車が着いてしまいそうだけど、大丈夫?」と尋ねると、急にシャキッとし出して、「リュカ様のサポートは、このリルにお任せあれ。」と言わんばかりの仕事モードに突入する。これだから、あんまり心配はしていない。


***************************


やがて、ヘレナ邸に着いた。事前の打ち合わせ通り、予定の30分前に着くことができた。


「いらっしゃい。リュカ君。」玄関にヘレナ嬢が出迎えてくれる。ヘレナの指には、トパーズの指輪が輝いていた。


「リュカ君に、会場を見て回って、改善点を出してもらいたいの」ということで、会場から舞台裏までを一通り見学させてもらう。ヘレナのお屋敷は、准男爵家の屋敷とは思えないほど豪華絢爛な造りで、見ているだけでも飽きない。使用人の動線から、レストルームの確保など、さまざまな意見を出した。


一通り見て回ったあと、居間に戻ったリュカは、最後にもう一つ提案した。ワインやシャンパンなどのラベルを、内容を書き込める形式に統一するというものだった。


これには、ヘレナの父であるティカル・ロレンソが反対した。「飲み物のラベルがこうなのは、昔からの伝統。しかも、伝統を固守してきただけではないのだよ。」「と、おっしゃいますと?」リュカに代わって、リルが尋ねる。


「これは、西域で採れる特別な成分を持つ草花からできていて、それには、毒を見分けるという大事な役割があると言い伝えられている。毒に触れれば、色が変わるとも。」

「でも、それで毒が検出された前例はありませんよね?」

「文献上は確かにないわ。」マリーは答える。

リュカはなおも納得いかない。


「でも、万が一のことがあったら大変じゃない。リュカ君、今回は抑えようよ。」

「前例がないからこそ、変えるべきです。」

しかし、リュカは意見を曲げることはなく、結局飲み物のラベルは書き込める、調達が容易な帝都産の紙製で統一されることとなった。その決定に、ティカルはわずかに視線を伏せた。


***************************


2週間後、こうしてパーティーが始まった。現在の反リュカの急先鋒は、デッシュである。またその後ろには、帝国の利権を我が物に壟断している上級貴族たちが控えていた。尤も、デッシュ自身はリュカに好意的で、リュカの改革を応援するそぶりを見せてはいるものの、旧来の家同士の繋がりからか、応援はか細く頼りなげに見える。そこで、リュカは西国のダンドロ財相から協力を得る事を考えた。西国は他国との通商路で成り立つ通商国家でもある。よそ(カトゥル内の他国や外国)との繋がりはもちろん、改革に必要な潤沢な資金が特に期待できるからだ。しかし、今回の西域産の紙を締め出してしまった。このため、ダンドロの協力は得られなくなってしまった。こうして始まった宴は、すでに不吉な暗雲が垂れ込めていたのである。


***************************


ヘレナ邸での宴は、リュカ達にとり重苦しいものであった。それはそうと、宴の途中で、リュカはテレサ女帝にまた呼び出された。

「お呼びでしょうか陛下。」

「なに、この間の話の続きだ。」と横に控えたルドルフ・パンチが示す。

「単刀直入に言う。そなたを准男爵に叙することを考えておる。」

「それは、何故にございますか?」

「ナッシュの乱を鎮定し、南国の離反を食い止めてきた功に報いるためじゃ。」

とのテレサ女帝の言にはまだ裏があるように見える。

「陛下の本音は、どこにありましょうや。」

「功に報い…むろん責任も負ってもらわねばならぬ。話は以上だ。宴を楽しんで来い。」とテレサは自分からした話を、まるで都合悪いかのように切り上げてしまった。


「陛下は何を考えておられるのやら…」


***************************


リルが杯に口を付けた、その直後だった。リュカがヘレナ邸へと帰宅した刹那、「キャー!」という音が響く。

リュカがホールに出てみると、リルが倒れている。


「どうしたの!?リル!」

マリーが、リルの顔を見つめて、言う。「チアノーゼを起こしています。何か毒物を盛られたものかと。」

「毒物だと!?」と、ロレンソ家の当主マッシモ・ロレンソが言う。ヘレナの兄だ。


リルを寝室に寝かせて、宴を中止し、会議に移った。リルは宮廷メイド長ということもあり、宮中のご意向も確認せねばならない。という名目で、テレサ・カトゥルとリゼ・カトゥルの親子も、最底辺の貴族である准男爵家への行幸啓が行われた。


「ラベルを変えたのは…私です。」リュカは悲痛の声だ。

「リュカ、此度は失策であったな。」とテレサ女帝の言である。

「返す言葉もございません。」もし本当に毒を見分ける効力があったのならーー今回の事件は、防げたのではないか。

「リュカ様、リルさんのご容体はいかがばかりなの?」

ロレンソ家の執事・デウカリオンが代わりに応える。「メイドたちの報告によると、かなりの昏睡状態のようです。長くは持たぬものかと…医師の見立てでは、あと十日ほどが限界とのことです。」「そんな…」と、リゼは泣き崩れる。リゼが内廷において頼りにするのは、1にリュカ、2にリルであった。姉のように慕っていたリルを突如として失う。それはあまりにも悲しすぎる。そう考えたリゼは、次の瞬間、スクっと立ち上がった。

「こうなったら、母上。西国王室の家宝をお借りしましょう。」

「まさか・・・クラレットジャグを借りるというのか…?」

「そのまさかです。」

リュカもマリーもヘレナも怪訝な顔をしている。

「西国に王室?」「家宝?」「クラレットジャグ?」


***************************


「かつて、我々はユニマル王国と名乗っていた。そして、周りの諸国を平らげて、この大陸の中央部に一つの勢力圏を打ち立てた。それを快く思わぬ輩も出てきた。サンクロウ、ランドゴン、スラガ、タイアルといった国々だ。」とテレサ。

「それって…」

リゼも語り始める。「そうです。いまでは、帝国の東西南北の辺境を司る諸国です。リュカ様、以前私の父は東国のパンチであると紹介しましたね。」

「あれも、元は政略結婚だったのじゃ。しかし、奴の無骨なまでの使命感に惚れてしまってな。」

「そうだったのですね。お母様。」

テレサは我が子に笑いかけ、ふうっと息を吐く。

「リュカよ。」

「はい。」

「おそらく、リルを救うには、西国の家宝・クラレットジャグを借りるしかあるまい。」

「それは、どういった代物ですか?」「簡単に言うと、どんな毒も無効化できる薬を生み出す秘宝よ。」とリュカの質問にリゼが返す。

「その西国の家宝を借りる――これは至難の業だ。なにしろ、西国・スラガ市国の国としての最後の矜持ともいうべき品だ。それを、首都に持ってこいという要求だからな。それでも行くか?」

リュカの答えは決まっていた。「リルを救える可能性があるなら。」


「だが、覚えておけ。お前が守るべきものはリル一人ではない」

「分かっています。だからこそ、私は戻ってきます」

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