後
「貴方、処刑は免れないの。だからね、ここから先は。」
リリアローズの笑顔。笑顔なのに、背筋に冷たいものが走る。ああ、リリアローズは生まれながらの公爵だ。もし、千に一つも、いや万が一にも。俺が公爵になっていたとして、この迫力は一生出せないだろう。
「何人処刑されるか、よ。」
にっこり。流石のノウミィも顔色が変わる。
「だからそろそろ素直になった方がいいわ。本当の黒幕は誰だったのか。」
「だっ、だからカプリッシユ様にっ、」
「嘘おっしゃい。この間の牢でのやり取り、全部聞いちゃったもの。あのやり取りでカプリッシユが主犯だなんて、誰も信じないわよ。」
ふん、と少し考えるようなそぶりの後リリアローズがにっこり笑った。
「そうねえ、たとえば貴方が領地に暮らしていた時の…タッキィミ、だっけ?」
「なっ、なんで?!なんで知ってるのよ!」
分かりやすくノウミィの顔色が変わる。
「あ、あの人は関係ないの!全て私がひとりで!……カプリッシユ様も何も知らなかったの!私が!私が公爵夫人になって贅沢したかったから!」
ああ、そうか。今やっと分かった。ノウミィは私を愛してくれていた訳ではないのだな。
初めから目の前に転がっていた答えだったのに。やっと認めることができた。
リリアローズが徐にこちらを向いた。
「おじ様、このくらいで良いかしら?」
その合図で私たちが部屋に入っていく。
「侯爵!…カプリッシユ様。」
俺は人目を憚らず泣いていた。格好悪い?ほかに好きな男がいる女に惚れ抜いて騙されたんだぞ。それより格好悪いことなんてあるか!
「ノウミィ、俺は…俺は!君とだったら爵位なんてどうでも良かった!平民になったって、君さえいれば…っ!」
大きく深呼吸してどうにかこうにか涙を止めた。
「残念だよ。……もう会うことはないだろう。」
ちゃんと告げられた。そして、その言葉を聞いたノウミィは。
「この度の公爵家リリアローズ様へのいじめ冤罪および爵位簒奪を思わせるような発言は、全て私の一存で行った事です。お人好しですぐ騙されるカプリッシユ様を利用して唆しました。」
※※※※※※
それから3ヶ月ほどでノウミィは処刑となった。ノウミィだけが。
ノウミィが命をかけて守った隣の男爵領の男、タッキィミは眼を見開いて驚いたそうだ。
"ノウミィが…。なぜ、なぜそんな愚かな事を。何故そんなにお金に囚われてしまったのだろう。"
「って、まるで他人事みたいでゾッとしたって。こっちはもう調べは付いてるのにね。」
リリアローズとはあれ以来何度か情報交換のために会っている。
…婚約という鎖がなくなった今、あれほど感じていたリリアローズへのコンプレックスは無くなった。気のおけない"いとこ同士"という関係に戻れたことも大きかったんだろう。
「じゃあ、ノウミィだけが罰を受けてお終いという事なのか。」
釈然としないが、恐ろしい事に何ひとつ証拠になりそうな物は残していなかったそうだ。
「彼はそれなりに頭も良いんでしょうね。上手く立ち回っていざという時切り離す準備までしていたんだから。しかも伯爵家のご令嬢との縁談も進んでいるそうよ。」
「そう、なのか。……俺が言ってはいけないことだと充分理解はしているんだが。だが、あまりにも」
「そうね、私もそう思うわ。だから…。貴方には黙っておこうと思ってたんだけど…実はね、かなり早い段階からノウミィの事は調べ始めていたの。だから彼は上手くやって証拠も残してないって思ってるけど。」
思ってるけど?
にこり、としてそれ以上は教えてもらえなかった。
※※※※※※
「な、何故っ!そんな一方的な話し!酷いではないですか!」
ドゥーイー男爵は焦っていた。今までタッキィミが頑張って繋げて来た縁がひとつ、またひとつと切れていったのだ。
最初は家畜用の飼料だった。これはまあ仕方がないだろう。フォレスタ男爵、ノウミィの家との繋がりで安く仕入れていたのだから。タッキィミは全く関与していないとはいえこの辺りでは2人の仲は周知されていたし、このまま結婚するんじゃないかと噂されていたからな。
フォレスタ領からの嫌がらせは想定内だった。
だが、そんなの始まりに過ぎなかった。
「え…通行料の値上げですか?」
「小麦の買取価格を下げるですって?!」
じわじわ、じわじわとドゥーイー家の取引は不利なものに置き換わっていった。
「タッキィミ!本当にノウミィの件、足はついてないんだろうな!?」
「もちろんだよ、父さん。そもそも俺、指示なんか何にもしてないし。」
そうだ、タッキィミは何も指示なんかしちゃいない。ただ。
ただ。
"俺たちが幸せになるには金があったほうが良い"って。
"そいつが公爵になってノウミィが公爵夫人になればみんな幸せになれる"って。
"俺は大丈夫だから。お前のことは陰ながら生涯愛するから"って。
そう言っただけだ。手紙も何も残しちゃいない。
それを!下手を打ったのはあの娘で、我が家には全くもって関係ない!
「分かった!あいつの家族が!逆恨みしてうちの商売を邪魔してるんだ!」
抗議をするために親子でノウミィの実家フォレスタ男爵家に乗り込んだ帰り道。
2人ともこれから先の暗い未来を想像して何も話せなかった。
※※※※※※
「君たちが乗り込んで来たら教えてやっても良い、と言われていたんだ。」
ノウミィは俺の事は何一つ漏らしていなかった。漏らしていたのは。
「リランパーゴ…?」
「あっ!1年ほど前に来た役人か!」
とても気の利くやつで。多少の事なら少し払うだけで口を閉ざしてくれる物分かりのいいやつだったのに。あいつの正体は公爵家の諜報員だったんだそうだ。
ノウミィの動きをすでに察知していて、裏で誰が糸を引いているのか調べ回っていたと。
「娘の…ノウミィのした事はとんでもない事で、処刑になった事も納得している。その上で、何も知らなかったと私たち家族が見逃された事もとてもありがたい事だと思っている。だが、だが!お前らはどうだ!」
やっぱりこいつらの逆恨みだったか。
「そんなの俺たちがどう関わったと言うんだ!本当にそんな証拠があるなら今頃俺たちだって処罰されているはずだろう?されてないって事は公爵家が調べたって、確たる証拠が出てこなかったって事だ!」
「そうだ!身持ちの悪い娘を持ったお前の逆恨みで!俺たちは迷惑してるんだ!証拠があるっていうなら出してみろ!」
「カンティーナ。」
背中を冷たいものが伝う。
「彼女はね、王都で結婚詐欺を繰り返してこっちの方へ逃げて来た犯罪者だそうだ。リランパーゴ殿が色々調べ回っているうちに君の手口に既視感を覚えたらしくてね。探ってみたら彼女が出て来たから一網打尽だと喜んだらしいよ。」
そんな、彼女のことまでバレていたなんて。でも!彼女はもう…
「流石のリランパーゴ殿もゾッとしたそうだよ。まさか彼女のことまで手に掛けるとは、って。」
バレている、彼女を亡き者にしようとした事も。そしてバレているという事は。
「助けてあげたらね、ペラペラとなんでも喋ってくれたそうだよ。」
もう何も言えなくなった父と2人、黙り込んでいるとフォレスタ男爵が話し出した。
「実はな、ノウミィが捕まった時すぐに私と妻とでリリアローズ公爵令嬢に謝罪に伺ったんだ。その時に。」
"娘の不始末は娘を育てた我々にもございます。瑣末な物ですが、我々の首も資産も全て差し出しますのでどうか罪のない領民へはご配慮いただきたく"
「そう言って許しを乞うたんだ。だが公爵令嬢からは我々への罰は考えておらんと言われてな。……全ての罪を被ろうとしているノウミィに免じて、だそうだ。」
じゃあ、じゃあ俺たちの商売が傾いている件は関係ないという事なのか?
「その時に、黒幕にはそれなりの罰を与える予定だが、逆恨みして男爵家に詰め寄ってくるだろうから、と。」
カタリ。少し離れた机に向かい、小箱を開けて一通の手紙を取り出した。
「1年もしないうちに怒鳴り込んでくるだろうからこれを渡してくれ、と。」
父が受け取る。封蝋は公爵家のものだ。恐る恐る読み始めたがすぐ理解してしまった。
もう我が家には誰からも赦しを与えてもらえないのだ、と。
※※※※※※
「じゃあ結局ドゥーイー男爵家は。」
「もうすぐ無くなるわね。フォレスタ男爵家も痛手は受けたけど、彼らは本当に何も知らなかったし、公爵家にも筋を通しましたからね。ちゃんと官報に"誰が何をしてどういう罰則を受けたのか、どこまで関与していたのか"記載された事で、娘の不祥事とはいえ再起のチャンスは貰えたのよ。」
「ドゥーイー男爵家は全てを逃れようとしたから。」
結局大っぴらに罪に問われる事は無かった。だって表向きは、ノウミィが一人で罪を被ったから。そして本人たちの言うとおり、証拠は残していなかったから。
でもカンティーナは違う。捕まって、今までの罪を洗いざらい白状した。そして手記を書いた。
というか、リリアローズが書かせた。
一応登場人物は(仮名)と付いてはいたけれど…
「都落ちしてからの事を"衝撃の暴露"してくれたから。侯爵子息を誑かして公爵家の乗っ取りを企てた恐ろしい女。そしてその女の実家の隣領で男に"女を意のままに動かす術を教え込んだ"女。手記を読めば、貴族ならそこに"見え隠れしている男が誰か"くらいすぐ気がつくわよ。」
そりゃあ関わらないようにって避けるわよねぇ。
リリアローズはふふふと笑っているが、実は彼らは抗議しに我が家にも来た。
「そもそも!ノウミィと関係を持ったのも婚約破棄したのもそちらの息子さんではないですか!なのに我が家まで婚約解消されたんですよ!息子は罪にさえ問われていないのに!」
そう怒鳴り込んできた。
商売だけではなく、進んでいたと言う伯爵令嬢との婚約も解消になったそうだ。
「私は娘が幸せになれるならと思い嫁がせる決意をしたが…。君の息子の愛情というのは随分薄っぺらくて脆いもののようだからな。」
罪に問われなければ良い、と考えるほど希薄な親子関係ではなかったようで、タッキィミに惚れ込んでいた令嬢を説き伏せて解消に持っていかれたのだ。
だが、彼ら親子には理解できない。自分たちは"黒"ではないのに!
だから父は"上に立つものの義務"として彼らにちゃんと対峙した。
「カンティーナはまだ生きているよ。……まだ表に出ていない話が沢山あるらしいからね。処刑はまだまだ先だそうだ。あーそうそう、何故逃亡先にドゥーイー男爵領を選んだのか、なんて話もあるらしいよ。なんとも興味深いじゃないか。あの調子だとまた手記でも出るんじゃないかな?」
穏やかな笑顔を崩さず、しかし逃さない。そんな父が止めを刺した。
「君たちは"黒"ではないと思っているんだろう?分かっているよ?私たちだって。何も決定打を残さないその手口は天晴れではあるしな。」
「ただね、私たち"白"からみるとね。君たちは随分と"薄汚れた濃い灰色"なんだよ。分かるかい?世の中には"黒"と"白"しか無いわけじゃないんだ。罪に問われない、でも"白"ではない。ならやることは一つだ。」
"関わらない"
父にコテンパンに返り討ちにあってすごすごと帰ったようだが、この話もまた面白おかしく脚色されて明日には王都中に広まっている事だろう。




