中
「ぼっちゃま、気がつかれましたか?」
「んん?ここは…」
自分の部屋か。いつの間にベッドに入ったのだろう。昨日は確か、ノウミィに苛烈な嫌がらせをするリリアローズを断罪して、婚約破棄を突きつけたんだ。
そしてその後…そのあ…と……
「んあ!ノウミィ!ノウミィが荒ぶる神に体を乗っ取られてっ!!」
「まだそんな世迷い言を言うておるのか。はあ。引き離したら少しは正気に戻るかと思ったが。」
「カプリッシユ、彼女は荒ぶる神に乗っ取られたりはしていないよ。気を確かに持て。」
「兄上!そんな訳は!ノウミィは!ノウミィはいつも優しくて、リリアローズに虐められても健気に…」
ガンッ!何かが後頭部に飛んで来た。
「カプリッシユ!貴方まだそんな馬鹿なことを言ってるの?」
「は、母上。」
後頭部に衝撃を与えたのは母上の扇のようだ。今日は鉄扇ではなかったようで助かった。あれで殴られるとしばらく何も考えられなくなるんだ。
「まあ良い。現実はこれから見る事になるからな。」
着替えて食事を摂りなさい、と言って家族は出て行った。
そばにいた侍女に着替えを手伝って貰い、軽い食事を摂る。
その時に、俺は丸2日も眠っていた事、ノウミィへの虐めはなかったこと。
……どうやらノウミィは本来あの性格で、荒ぶる神に乗っ取られた訳ではないこと。
色々と教えてもらった。愕然としていると、父の執事がやってきて、執務室に来るように言われた。
「父上、先ほど侍女から話を聞きましたが、まだ信じられなくて。」
「お前は単純だからな。ノウミィの事は後で現実を見せてやろう。その前にお前自身のことだ。」
※※※※※※
俺とリリアローズ…リリアは政略で決まった婚約者同士だった。リリアはとても優秀で、公爵自慢の娘だ。俺がどれだけ頑張っても並び立つどころか遥か遠くの後ろ姿しか見ることが出来なかった。
思えばリリアに対してずっとコンプレックスがあったのかもしれない。そんな時に出会ったノウミィは。
ノウミィは追いつこうとしても追いつけないリリアの背中から目を逸らすことを教えてくれた。
そうして俺がノウミィに依存するようになった頃、リリアはノウミィに熾烈な嫌がらせを始めたのだ。
……全てノウミィの嘘だったけれど。
それでもその時は思ったんだ!ノウミィと共に生きていきたい、他に何も要らない、と。
だから、あの日リリアを断罪したんだ。公爵家への婿入りは無くなったとしても、平民になったとしても。
ノウミィが言ってくれたから。
「貴方とならどんな障害でも乗り越えていける、絶対離れない。」
なのに。
「全部嘘だったなんて。」
ポツリと呟いた俺に、父が聞いた。
「あの女から公爵位の乗っ取りの話は一度も出なかったのか?」
「はい!勿論です!そんなこといちど…も…」
〜ねえ、もし私たちの事が認められたとして、わたくし貴方と共に公爵家を盛り立てていけるかしら〜
俺は青ざめた。
「まさか、まさかあの時…?!」
「何だ!どんな話をしたんだ!」
「一度だけ、公爵家を盛り立てていけるかしら?と言われた事がありました。」
「肯定したのか?」
「いえ、その時は…。そんな勘違いをしているとは思っていなかったので!」
"そんな事、心配しなくていいよ。君さえいてくれたら"
「そう言ってしまいました…。」
「まあ、それだけならセーフか。うん、セーフだ。」
なんなんだ?そのセーフかどうかっていうのは。
「何言ってんだよ。アウトだったらお前、処刑だからな。」
軽い調子で答えた兄が手刀を首に当ててウエッという顔をした。
「お前には悪いが、ノウミィは処刑が確定している。まあ、これから一応裁判はあるがな。」
「あんなに大勢の前ではっきりと公爵家の乗っ取り計画を話しちゃってるからね。どうしようもないよ。あとは。」
「お前がアウトかセーフか。どちらになるかで揉めそうだって所だな。」
そんな、ノウミィが…。
「あ、あの!ノウミィを!」
必死で頭を下げる。
「私と!私と関わらなければ公爵夫人などと言う夢を見ることもなかったのです!どうか命、命だけでも!」
「ふむ、そこまで言うのならば。お前には酷なことだが一番厳しい現実を見せてやろう。」
※※※※※※
「どう?少しは反省したかしら。」
リリアとノウミィが向き合っている。
これはリリアの望みだそうだ。我が家を引っ掻き回した女に最後に引導を渡すのは自分だ、と。
「ああ?そんなもんするわけないでしょっ!アンタみたいな!ぬるま湯の中で生きてきた人間に!偉そうに言われるのが1番ムカつくんだよ!死ねよ!」
「何故公爵夫人になれるなんて思ったのかしら?大体父にとっては甥っ子とはいえ、実子のわたくしがいるのよ?おかしいと思わなかったの?」
「そんなもん!お前女じゃん!仕事をする公爵が必要なんだろ?あいつだって血の繋がりあるんだから権利はあるはずだし!それで本人が結婚するならあたしの方がいいって言ってんだからそれでいいじゃん!」
ああなるほど。確かに俺も血の繋がりはあるからな。
「私が妻になってアンタはどっかに嫁に行けば良いだけなのに!」
全然良くないよ。良くないけど勘違いの理由は分かった。勘違いさせなければこんなこと起こさずに済んで…
「それにあいついっつも言ってたし!俺が公爵位を継いでしまえば、やりたい放題だって!」
ほえ?!
ギギギ。ゆっくり横を見ると、疑いの眼差しで父と兄が睨んでいる。
覗いている事がバレてしまうので、声は出せない。
なので、否定のために精一杯手と首をブンブンと横に振る。
母は後ろで笑いを堪えている。
父が親指でグイッと後ろを指し、退室を促された。
「ちっちっちっちっ!父上ぇっ!俺そんなこと、やりたい放題なんて!ましてや公爵位を継ぐなんて!ひとっことも言ったことありませんっっっ!」
「分かっておる。兄上…公爵もちゃんと理解している。いくらお前がアホウでもそのくらいの分別は持っているとな。」
「じゃ、じゃあ!なんで?!なんでノウミィはあんなこと…?何か誤解させるようなこと、言っちゃったのかな。」
兄が呆れた声を出す。
「お前、いつからそんなにダメ人間になっちまったんだ。……前から人の悪意を見抜けない奴だとは思っていたけどそこまでとはなぁ。」
「悪…意……?」
「あの女はもう理解しているんだよ、自分の未来を。人前で派手に首を落とされるか、毒で静かに逝けるのか。どのみち生き残る術なんてないってな。」
「ああ、それは理解していそうだったな。自分は死刑だ。けどお前は何故か釈放されて行った。だからお前も道連れに…」
ああ、ノウミィ!そんなにそんなに俺のことを!
「愛してくれていたのか!」
感極まった俺の言葉に容赦なく母の扇が襲いかかる。
「何を惚けたことを!さっきの続きを聞きに行くわよ!…自分でちゃんと確かめなさい。」
「貴方の主張はわかったわ。要するに貴方はカプリッシユが養子に入り公爵になると思っていたと言うことね。だから自分が夫人になっても不都合はないと。……本気だったとしたら驚愕ものだけど、その調子だとそうなんでしょうね。」
「いちいち癪に障る女!そうよ、その通りよ!アイツだってそう言ってたし!俺が公爵になったらお前を公爵夫人にしてやるって!」
え…俺はそんな事!そんな事一度も言ってない!
思わず声が出そうになって、兄に口を塞がれる。兄を見ると、首を横に振って静かに聞けとジェスチャーで促される。兄のおかげで冷静さを取り戻し、続きを聞く。
「ふーん、じゃあ貴方はカプリッシユが公爵になるから取り入ったって事なのね。」
「なっ!さ、最初はそんなつもりなかったわよ!純粋にこの人と一緒にいたいって!なのに、なのにっ!公爵夫人にしてやるって言られたらその気になるじゃないよっ!悪いのはアイツだ!」
気がつけば俺は声を漏らさないように口を押さえながら泣いていた。
兄が肩をポンポン、と叩いてくれる。そして小さな小さな声で囁く。
「辛いだろうが、まだだ。」




