12話 突然の誘い
6月9日、火の曜日。
私は王国立図書館の中央ホールの二階で本の確認を行っていた。ここは吹き抜けになっており、一階の様子が一望できる。
思いがけず司書専門学校を卒業してしまい、同期の忙しさに居ても立っても居られず、司書長に頼んで仕事をさせてもらっているのだ。
私に巻き込まれて一緒に卒業することになったグレイグも同じ感覚だったようで、隣で同じ作業をしている。
グレイグ・クリンゲ。クリンゲルク男爵家の末息子で、濃灰色の短髪に同じ色の瞳、小麦色の肌をした屈強そうな青年。その見た目から想像できないほど手先が器用であり、本の虫というあだ名がつけられるほどの読書家。人当たりもよく、程よく社交的でバランスの取れた好青年である。学園の時から何度が同じクラスになっていたこともあり、旧知の仲である。
「まさか、こんな特別扱いされるなんて。俺たちそんなに優秀だったか?」
「さぁ。よくわからないことが起こるものね」
「ごめんなさいグレイグ、私のせいなの」とは言えなかった。まぁ、彼にとっても悪くはない話なので、後ろめたさはあまり感じていない。
「なぁ、あのさ」
「何?」
「お祝いに、今度、その、」
彼にしては珍しく歯切れが悪い。目線も合わない。どうしたのかと心配している時だった。
「リリー、降りてきておくれ!借りたい本があるんだ!」
その声は、例のあの人のものだった。
私が下を覗くと、眩しいオレンジゴールドと美しい空色が見えた。
クラウス・シルト様は、これでもかと言うほど嬉しそうな笑みを浮かべている。
「叫ばないでください、クラウス様」
「ほら、そこから飛び降りておいで!受け止めて見せるよ」
そう言いながら、クラウス様は両手を広げている。
「アホですか。ちょっと待っててください、普通に降りますから」
私はグレイグに残りをお願いして少し離れたところにある階段で下に降りた。
「リリー、久しぶりだね。もう長く会っていない気がするよ」
「まだ一ヶ月くらいしか経っていません」
「覚えててくれたんだね!嬉しいなぁ」
私は思わずクラウス様を睨んだ。残念ながら何の効果もなく、彼は嬉しそうにニコニコしているだけだった。
「で、何を借りに来たんです?」
「コイレーピアの郷土史をね。出張が入ってしまったもので」
私達は郷土史のコーナーに向かった。
コイレーピアはコメートラント南部の海沿いにあるリゾート地。コメートラントが外貨を獲得する上では外すことができない地域であり、他国の要人と会議をする際よく使われる。彼もきっとそういう会議に携わるために行くのだろう。
「将来有望な外交官様はお忙しいですね」
私は郷土史を手渡しながら言った。またもやクラウス様はニコニコとしているだけ。だめだ、嫌味だということに気づいていない。
「本当に困ってしまうよね。そこで、出張に行く前に君とデートがしたくて申込みに来たんだ」
「は?」
デートという単語に心臓が飛び跳ねた。
「君の卒業の噂を耳にして、ぜひお祝いしたくて。どうかな?」
「嫌です」
即答だった。もはや反射である。
「即答しなくても。君が望むように目立たないようにするよ?」
「貴方が?目立たないように?無理ですよね?」
「何事も決めつけてはいけないよ、リリー。明後日一日空けておいて。勤務は入っていないだろう?」
少し、寒気がした。
「なぜそれを」
「有能なクラウス様にはお見通しさ」
「有能を通り越して、少し気持ち悪いです」
「傷つく」
しょんぼりと項垂れる様子が、少しだけ可哀想に思えてきた。
「せっかく、国立博物館のチケットが手に入ったから行きたかったのに」
「行きましょう」
これも反射で返してしまった。
慌てて口を押さえるも、残念ながら言葉は戻ってこない。
クラウス様はニヤリと美しい笑みを浮かべた。
「作戦成功」
「うぅ、、、」
私は恨みがましい目で彼を見つめた。が、やはり効果はない。
「今の展示、好きでしょ?」
クラウス様はすべてお見通しだった。
どこから情報を仕入れているのか不思議で仕方がない。
「はい。ご一緒、させてください」
私は絞り出すように答えたのだった。
こうして、なぜか彼とデートをすることになってしまった。




