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9話「正体不明」

 翌日、和也は朝起きると、城の周りで日課の魔力稼ぎ(レベリング)をしていた。


 魔王城から人間国側に出たら、一つの樹海に突き当たる。彼の発見した絶好の狩り場だ。


 肌を刺す冷気は森全体に満ち満ちており、年中氷点下の気温であるというのに、新緑の木の葉がその地を覆い尽くしている。慣れない者が立ち入れば、ここもたちまち迷宮と化すだろう。


 魔王城の近くというだけあって、かなり強い魔物と数回遭遇したが、なんとか倒すことに成功する。呪文に恵まれたおかげで、彼の魔力レベルはめざましい伸びを見せていた。


「ふぅ……。今日はこれくらいにしとこうかな」


 ノルマの三十体を倒しきったところで、ひとまず満足して帰路につく。


 肉体的な疲れというよりかは、集中しっぱなしで磨り減らした精神的疲労の方が大きい。強力な魔物を倒すと、多少は魔力が回復するから、体が疲れていないのはそのせいであると思われる。


「魔物、倒しすぎかな?」


 呟いて気付く。『今更だけどこれ、魔王城に住んでいる者としてアリなんだろうか?』と。


 何も和也はゲーム感覚や暇潰しで殺生をしているのではない。必要に迫られているからやっているのだ。


 もしも現状の上手い落としどころが見つからなかった場合、力ずくで勇者達を話し合いに持ち込むのも一つの手ではある。

 ウィッチが真実を話すという『今度』がいつか分からない以上、もう和也にはこれくらいしか打つべき手がなかった。


「ま、まあ、あっちも普通に襲ってくるし……!」


 誰が聞いている訳でもないのに言い訳をする。


(きっと僕は、魔物達にも味方だと思われてないんだろう。いや、『僕は』というか『人間は』かな? レイヴン達も魔物を倒していたし)


 ウィッチはどうやら異形の子たちと同じ人種であるらしいが、魔物を普通に蹴散らしていたところを見ると、容姿で判断されているのだろうか。


(それとも、本当にサタンが魔物の王じゃないのか。だとしたら彼女らが魔物についてあまり言及しなかったのも頷ける。でもそれなら、どうしてサタンは『魔王』と名乗っているんだ?)


 そんな底なし沼のような思考に嵌まりながら、和也は城への道を歩いて辿るのだった。







 その後の和也は魔王城を取り囲む広大な庭で、ジョギングをして汗を流した。


 ここの庭は城を囲むようにO字型で敷地一杯に展開している。その面積は学校のグラウンドなんかとは比べ物にならない。


 それでいて花壇や植木はしっかり手入れされている。和也は昨日も含めて既に何周か回っているのに、未だに景色には飽きないし、何より空気が冬の山頂並みによく澄んでいた。


 色鮮やかな花々を見て、心地よい風を全身に受けながら、彼は昨夜のことを少し思い返してみる。


(頭を冷やして考えてみれば、あれは僕が少し焦りすぎていたかもしれない。ちゃんと『今度話す』と言ってくれたのだから大人しく待つべきだったんだ。勿論気にはなるけど、今は別のことをして時間を潰すとしよう)


 数周だけ軽く走破してから、ジンジンと悲鳴をあげる足で部屋に帰りつく。


 タオルで汗を拭きながら、しばらく休んでシャワーでも浴びようかと考えていると、聞き覚えのある声が彼の頭の中に響いた。


(聞こえていますか……私は魔王サタンです……。今、あなた達の心に直接話しかけています……)


 和也は内心ビビりながら、バッと周囲を見渡すも、声の主はどこにも見当たらない。


「なに、馬鹿なっ! 脳内に直接!?」


 とりあえず、ここはお決まりの台詞を叫んでおくとする。


 サタンは彼の声に対して特に何のリアクションも示さない。

 しかし、すぐに次のアナウンスが頭の中に響いてきた。


(この声が聞こえているなら……今すぐ魔王の間へ来なさい……。遅れた者は……きっと恐ろしい目に遭うでしょう……)


 布団に寝転がったまま喋っているような気の抜けた声だった。

 和也以外にも発信されているようで、複数人に向けた話し方をされている。


(ところで、なんで敬語なんだろ……。どうせろくでもない事を始めるんだろうなぁ。汗だくだと気持ち悪いし、着替えてから行くか)


 肌着ごと服を脱ぎ捨て、上半身だけ裸になる和也。

 頭を右手で掻きながらぶっきらぼうにクローゼットを開いた瞬間――――


(あ、動きやすい服で来てねっ!!)


 激しい頭痛が彼を襲った。


「うるさっ! 急に素に戻らないでほしいんだけど!」


 片膝を地面につきかけてギリギリ堪える。まさかの攻撃呪文だった。呪文の扱い方が多様である事を再認識させられる。


「まったく、何が始まるんだか……」


 ずっと見つけられなくて、どこにいるのかと思いきや、魔王は自分から呼び出してきた。


 その自由奔放さに自分は果たしてついていけるのかと、和也は若干不安になってくる。

 だが、渦中に飛び込んでみなければ、何事も決して成し得ないだろう。


 あとを引く頭痛に耐えながら、和也はふらついた動きで着替えを再開することにした。







 魔王の間に着き、重たい扉を開けると、いつものメンバーが揃っていた。サタン、ウィッチ、レイチェルの三人。レイヴンはやはり不参加なようだ。


(また調査か。ていうか、ウィッチはともかく、どうしてレイチェルまでわがままに振り回されているんだ……。仕事もあるだろうに。同情するよ)


 ボーッとしているメイド長へ神妙な顔を向けてみる。レイチェルは和也に気付くが、すぐに視線を逸らしてしまった。


「追いかけっこ、しようやっ!」


 和也が扉を閉めると、サタンが大声で言ってくる。バサァッと羽を広げているせいでやかましさが倍増していた。


「いきなり集められたと思ったらそんな事ですの? しかも四人って……すぐ終わりますわよ?」


「大丈夫大丈夫。普通のやつとは違うから、そんなに簡単に終わらないって!」


 そう言って、サタンは追いかけっこのルールを説明する。

 それは少し変わった鬼ごっこだった。追いかけるのと逃げるのを同時にしなければならないのだ。


 具体的に言うと、和也はレイチェルを捕まえて、ウィッチから逃げなければならない。

 ウィッチは和也を追いかけて、サタンから逃れ続ける。

 サタンはウィッチを探しながらレイチェルから逃走し、レイチェルはサタンを追いつつ和也に追われることになる。


 そうして、ちょうど四角形の関係ができあがるわけだ。『和也→レイチェル→サタン→ウィッチ→和也』の図を描いてみれば分かりやすいだろう。


 呪文の使用はアリ。それぞれ決められた場所からスタートし、終了時刻は昼の鐘が鳴った時だ。範囲は魔王城敷地内の一階と庭である。


 ちなみに、対象の人物を捕まえられたらプラス一点。逆に捕まったらマイナス一点で、最下位の人には『罰ゲーム』が課されるらしい。


 おまけに、罰ゲームとは別に、追いかけっこで散らかしたところの片付けもしなければならないとか。


(これ、まだ地形を把握しきれていない僕がめっちゃ不利じゃないか?)


 見晴らしの良い外はまだ大丈夫だが、魔王城内は一階だけに絞っても、未だに道を完璧には覚えられていない。呪文アリとはいえ、行き止まりに何度も追いやられるのは厳しいはずだ。


「本当は私のマブダチも呼んで、五人で遊ぼうと思ってたんだけど、今日はやる事あるからって断られちゃったんだ~」


 サタンは玉座に座ってしょんぼりしている。羽もしんなりしていて残念そうだ。


(ずっと城に籠っているイメージがあったけど、友達とかいたんだね。サタンの友達か……。きっとぶっ飛んだ子なんだろうな~)


 和也の脳内にはとんでもない電波女子が生み出されていた。

 レイチェルの隣に並び、階上の魔王を二人で見上げる。


「ノエルもきっと子ども達のお世話で忙しいんですわ。また今度お誘いしましょう」


 ウィッチが珍しく(へこ)んでいる魔王を慰めている。玉座の隣まで行って、背中を擦ってあげていた。


(ノエルって子なのか。サタンの友達ならまたいつか会うかもしれないな)


 和也も一応名前だけは記憶しておく。

 するとそこで、下に垂れていたサタンのアホ毛がピンと上に伸びた。


「……うん、そうだね! それに、ほんのちょっとだけど、最初の移動だけは手伝ってくれるみたいだよ。ほら、あそこ。おーい!」


 彼女はある一点を見つめて、大きく手を振りながら声をかけている。レイチェルやウィッチもその方向を見ていた。視線の先は、和也の後ろだ。


「じゃあ始めるよ? ノエル、お願いね!」


 サタンがカウントダウンを始める。

 和也は背後から強烈な存在感と圧迫感を感じた。


(そのノエルって子が後ろに立っているのか? 気になる。どんな子なんだろう)


 振り返りたい。が、金縛りにでもかかったように体が動かない。


 無理やりに首を後ろへ向けようとすると、徐々に視界は横に移動していった。完全に固められているわけではないようだ。


(何だ……これは……ッ! 呪文か……!?)


 血管を首筋や額に浮かび上がらせながら、歯を食い縛り、全力で背後を確認しようとする。


 その時、サタンの溌剌(はつらつ)とした声が魔王の間に反響した。同時に和也の体へかかっていた不可視の力がパッと解かれる。


「よーい、どんっ!」


 ノエルの姿を確かめる直前、開始の合図と共に、和也の視界は暗転した。

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