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10話「鬼ごっこ」

 次の瞬間、和也が立っていた場所は魔王城の一階にある図書室だった。


 吹き抜けではないものの、ウィッチの部屋よりも蔵書数が多く、暖房がよく効いていて、長テーブルと椅子が所々に配置されている。


 貸し出しもできるようで、入り口近くには受付が見られた。他にも、児童書コーナーが特別大きく、そこには子ども専用の読書スペースが確保されている。紙芝居等も置いてあるようだ。


「あれ、ここは……?」


 和也はそんな図書室の中央で何をするでもなく佇んでいた。いきなり起きた異変にひたすら当惑している。


 サタンの友人であるノエルの姿を確認しようとした瞬間、視界が一瞬にして切り替わったのだ。


 異様な事態に辺りを見回すも、そこは確かに魔王城の一室で、これから行われる『鬼ごっこ』における彼の開始地点である。


(何だ、今の……。呪文? 瞬間移動で飛ばされたのか?)


 体に異変は無く、近場にあった時計を覗いてみても、集合時間からはそれほど経っていなかった。恐らく推測は外れていないだろう。


(ノエルって子の顔、見てみたかったんだけど。なんか最近気になる事ばかりが増えて、一切合切が解決しないなぁ)


 とりあえず図書室の中の、隅にある本棚の陰に座って隠れることにする。


 捕まる事によって結果に影響する減点があるのなら、わざわざ自分の標的を探しに行かなくても、最下位にはならない可能性が高い。むしろ迂闊に動く方が危険だ。


(そういう点で、このルールは少し不出来なんだ。捕まえたら二点で、捕まるとマイナス一点とかにしないと、ゲームに動きが無くなるだろう)


 少女が即興で考えた遊びならこのくらい愛嬌だろうと納得する。


 そもそもサタンは、和也のように本気でビリを避けにいく人がいるとは思っていなかったのかもしれない。


 というのも、和也はサタンの性格だけをまだよく掴めていないのだ。だからこそ彼は、彼女がえげつない罰を考えている事を想定して、念のため今回は大人げない対応をとる事にした。


「そういえば、みんなの呪文やレベルってどうなんだろ」


 ふとそんな呟きが漏れる。

 和也は魔王陣営のレベルを知らないから、相手の力量(足の速さ)すら分からないままなのだ。サタンの魔力レベルは知っているけれど。


(でも逆にサタンの呪文は知らないんだよね。ていうか使えるのかな?)


 他の二人は使える呪文を知っている代わりに、レベルが分からない。レイヴンに至っては、チェックが使えるというだけで、残りの呪文やレベルもよく知らないのだ。


(今度レイヴンに会えたらチェックをコピーさせてもらおっと)


 そんな事をつらつら考えながら、本棚を背にして適当な本を読んでいると、突然図書室の扉が勢いよく開かれた。


「和也! ここにいる事は分かってるんですのよ! 大人しく出てきなさいっ!」


 ウィッチだ。和也にとっての『鬼』、捕まってはいけない相手である。


 動きやすい服装と指定されていたからか、普段のドレス姿ではない。髪を上げて後ろに纏め、白のニットにタイトなパンツ、靴もスニーカーを履いている。


 昨日の件で態度に変化でもあるのかと思っていたが、そうでもないらしい。彼女は扉を静かに閉めると、妖艶な笑みをその面に浮かべた。


(バカな、早すぎるぞ……! 何か確信しているような口ぶりだけど、カマをかけているのか?)


 部屋の隅にいる以上、和也に逃げる事はできない。

 ウィッチが諦めてくれるのを祈って、向こうに察知されないように様子を見てみる。


 彼女は部屋の中をくまなく探しているようだ。和也のいる位置からは窓も遠くにあるため、逃げ道は完全に塞がれている。間にいるウィッチの目を盗んで逃れるのは実質不可能だった。


「隠れても無駄ですわ! 早く出てきて楽になった方が身のためですわよ!」


 彼女は「フフフフ」と不気味な笑い声を漏らしている。もうとっくに自分が勝ったとでも言いたげな様子だ。

 本当に居場所が分かっているらしい。開始位置に法則性でもあったのだろうか。


(ていうか、こういう時にはサモンの効果現れないんだね。命令者の意思と関係が深いのかな)


 分析をしつつも、両手で慎重に読んでいた本を閉じる。地面に尻を付けたまま背後を振り返り、それを本棚に収めようとした時――――


「あっ……」


 小声で「マズイ」とこぼしてしまう。

 片手で本を元の場所へと戻そうとしたところ、肘が棚にぶつかり、ちょっとだけ音を立ててしまったのだ。


 広いとはいえ、音の無かった部屋にいて、それを聞き逃すはずがない。ウィッチの視線は案の定こちらへと向けられた。


「そこですわね?」


 嬉しさを抑えきれないらしく、悪役のような笑い声をあげながら近付いてくるウィッチ。絶体絶命だ。


 姿こそ見られていないものの、場所はさっぱり割れている。このままじっとしていたら、まず間違いなく捕まるだろう。


(これは……仕方ない。先手を仕掛けるしかないな)


 呼吸を潜めて近付く足音に耳を傾ける。グッグッと靴が床を踏みしめる音が段々大きくなってくる。


 音源は次第に和也のいる場所へと近くなり、その距離は残り二メートルとなっていた。和也は腰を浮かし、足先だけで体を持ち上げる。


 本棚に背面を張りつけて時を待つ。和也の鼓動は相手に聞こえてしまうんじゃないかというほど激しく脈打っていた。


 そしてとうとう、ウィッチが彼の半径一メートルの領域まで侵入する。


「わあっ!」


 瞬間、和也は大声をあげながら一気にウィッチの前に姿を現した。


「なっ……!?」


 予想外の不意討ちに彼女は一時的なフリーズ状態となる。

 そこをチャンスと捉え、和也は隙のできた相手へと呪文を唱えた。


「《フローズンスノウ》!」


 対策をとらせる間もなく、主人の手足に氷の手錠をかけてみせる。ついでに首輪も付けておいてあげた。


「じゃあねっ! ご主人様っ!」


 軽く煽って全力で逃げる和也。図書室から出るや、入り口の扉を閉め、氷の錠をかける。


 軽く後ろの様子も見ながら小走りで逃げていると、派手な爆発音と共に、図書室の扉が吹き飛んだ。


「よくも私を虚仮こけにしてくれましたわね……!」


 激おこウィッチが現れた。手足には引きちぎられた氷の手錠がついている。首輪はどうにかして外したらしい。


(扉が粉々になりましたけど……。あれも最下位の人がする片付けの対象になるんですかね……?)


 後片付けが想定していたよりも遥かに面倒そうだという事を悟る頃には、ウィッチが猪の如き猛烈な突進をかましてきた。


 和也は慌てて彼女に背を向け、本気で廊下を走り出す。


「待ちなさいっ! 貴方には躾が必要ですわ!」


 ウィッチの足の速さは和也と同じくらいだった。


(普段運動してるようでもないから、レベルは僕より上なんだろうか。もしくは、さっき僕から小馬鹿にされた怒りで、魔力量が跳ね上がっているのかもしれないな)


「観念なさい……! 《スリングストーン》!」


 頭を働かせながら、どこへ続くとも知らない道を駆け回っていると、息を切らしたウィッチが呪文を唱えた。途端、和也の先の通路が石の壁で塞がれてしまう。


「本気出しすぎでしょ! 《フローズンスノウ》!」


 和也は走ったまま速度を落とさず、できるだけ大きい氷の塊をそれにぶつける。しかし、壁はびくともしなかった。


「くっ、これが魔力レベルでは劣っているのか……! やる気の差が顕著に出るね……!」


 投げやりに叫んで壁の前に止まり、歩み寄るウィッチを振り返る。汗が彼の頬を伝った。脚に乳酸が溜まってきている。


 ウィッチは追いつめた獲物にどう止めを刺そうかと考えているようで、ゆっくりゆっくり近付いてきた。


「案外手応えが無いんですのね。先ほどの件についてお仕置きを終えたら、呪文の扱い方をしっかり教えて差しあげますわ」


 そう言って笑うウィッチの姿はどう見ても悪女のそれだった。どこから取り出したのか鞭を取り出し、しならせている。


(あかん、調教されてまう……!)


 身を守るように両手で自分の体を抱く和也。「あわわわ」と情けない声を漏らして、歯をガタガタ鳴らしていた。


(……だが、僕もここで終わる男じゃない。あんな壊れ方した扉の修復なんて絶対やりたくないし、諦めない大切さってのを、この前学んだばかりなんでね)


 年上のお姉さんに打たれるというのは和也にとって一種のご褒美ですらあったが、それでも痛いのは嫌なのである。彼はもう少し粘ってみることにした。


 怖がっている演技を唐突に止める。目の前のウィッチからは目を離さず、彼女を指差して、覚えている呪文の一つを唱えた。


「《ブラックアウト》」


「えっ……」


 瞬間、ウィッチの動きが止まった。転びそうになったところをギリギリで踏みとどまる。


 和也のコピーしていた呪文、ブラックアウト。対象の視界を黒で塗り潰す能力だ。


 ウィッチは両手を前や横に伸ばして、おぼつかない足取りで足踏みしている。前に進む速度は亀並みだった。


「あ、あれ? 和也、貴方また私を――――!」


 ギャーギャーと喚く声が城内に轟く。

 顔を真っ赤にして叫ぶご主人を置いて、和也は既に彼女のいる所から遠く離れた場所にいた。







 あれから、朝の運動で疲れの溜まってきている足を無理やりに動かし、和也は再び逃走を始めた。


 ブラックアウトは対象から目を離すと効果が切れる。つまり長い廊下にいたとはいえ、あまりウィッチとの距離を稼げないのだ。


 彼女に見つかる前に適当な部屋に入って、休憩がてら潜伏することにする。和也の入った場所はこの前レイチェルの手伝いをした時に訪れたキッチンであった。


 電気がついていない上に窓も無いから他の部屋よりかは肌寒い。彼は先ほどとは別の意味合いで体を抱きながら、調理場の奥へと歩を進めていった。


「あれは……」


 和也は無意識に声を出してしまった口を両手で押さえ、近くの台の陰に身を隠す。


(あのメイド服……間違いない! 今日の僕は運がいいぞ!)


 彼の視線の先には思わぬ先客がいた。和也の標的、レイチェルだ。服装は普段と変わらず仕事着である。髪型はポニーテールになっていた。


 幸い、和也の声は聞こえていなかったらしい。彼女はいつもの無表情でキョロキョロとサタンを探している。


(そういえばサタン、どこにいるんだろ。まったく見かけないけど。外かな?)


 身を屈めたまま調理台の陰を移動していく。ある程度の距離を縮めると、ほんの少しだけ顔を覗かせ、レイチェルの監視を始めた。


 しばらく辺りを見渡していた彼女だったが、ふとした瞬間にその身を翻した。

 彼女はもうここの探索を終えたのか、入り口の方向、つまり和也のいる方へと歩いてくる。


(しめた、これは絶好のチャンスだぞ!)


 和也はレイチェルに気付かれないよう彼女の背後に回りこみ、その死角から無意識を縫って接近していった。彼我の距離が数メートルとなったところで、地面を後ろに強く蹴り出す。


「《ブラックアウト》!」


 呪文を唱えつつ、一気に距離を詰めた。レイチェルの瞳が微かに見開かれる。


(虚をつかれて視界まで奪われてはどうしようもあるまい。ごめん、レイチェル。片付け頑張ってくれ!)


 目を瞑って彼女の肩へと手を伸ばす。しかし、縦に振られた腕は何も捕らえられなかった。

 レイチェルがこちらの気配に気付いたのだ。振り返りつつ、あっさりと腕を避けられる。


 和也が唖然としている間に、詰めた距離は再び離されてしまった。


(えぇ……。エルといいバレンといい、どうして視界を奪われても当たり前に動ける人がこんなに多いの……)


 困惑は表に出さない。相手に余裕を与えたら負けだ。いずれにせよ、こちらが圧倒的優勢である事には変わりないのである。


「なかなかやるね。《フローズンスノウ》」


 和也はノーリアクションな彼女の真後ろに少し高めの段差を作った。


(地面に固定された氷の塊。それに躓いたところを捕まえれば僕の勝ちだ。いくら気配を探れても、呪文まで使われちゃ対処できないだろう)


 勝ち誇りながら再度レイチェルに向かって掴みかかろうとする和也。


 すると信じられない事に、彼女は後方に高く跳ね、華麗に着地した後、キッチンの扉の向こう側へとあっという間に消えていってしまった。


 残された和也は、華麗すぎるその動きに見惚れていて、レイチェルが扉を閉める音で我に返るまで何もできなかった。


(何だ、今の動きは。まさか、唱えた呪文だけで僕が何をしたか当ててみせたのか? 流石というか何というか、彼女は一筋縄ではいかないらしい)


 思わぬ強敵に段々と楽しくなってくる。自然と口の端が上がるのを感じながら、彼はまたも走り出した。


「クソッ。逃がすもんか……!」


 いつの間にか和也は隠れる作戦など忘れてしまっていた。そのおかげで結局ろくに休憩もできず、今度は追跡を開始するハメになったのである。

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