第7話『不可逆』
牧野は悶え苦しみ、高松は絶望に打ちひしがれている。
十分に楽しんだ。私たちのパーティーは、これでお開きでいいだろう。ここからは本業の時間だ。
「博士。あとは高松の第二性への変化を待つのみですね」
「順次さんの認知改善が遅れているのが気になるわね」
「普段から大脳を頻繁に活性化している人間には、効果が出にくいのでしょうか」
「データを見ないと分からないわね。遅いというだけで、効果が出ないわけではないわ。原液ですもの」
私たちは興奮の中にいた。思考が回転し、体温も上昇している。人間で初めてのアルファが誕生し、すぐにオメガも誕生しようとしている。
「沙知、おい。おまえ、何しやがったんだよ」
「実験だけど。分からなかったですか?」
「ふざけんな。オレの身体に何をしやがった。さっきから、匂いが頭から離れないんだよ」
「剛くんはね、アルファになったんですよ。オメガと対になる存在で、交尾ができちゃいます。分かりやすく言うと、高松さんとパートナーになれるってことですね」
「オレにこのオッサンを犯せって言ってんのか」
「違う違う。男とか女とか、そういう話じゃないの。剛くんの認知はもう変わり始めてるでしょ?」
「はあ?」
「さっき高松さんを見て『人間なんだな』って言いましたよね。それが認知改善。そこにアルファとしての本能が追加されたんです。だから大丈夫」
「何が大丈夫なんだよ」
「身体はほとんどそのままだから。変わったのは、世界の見え方と本能くらいだよ」
牧野剛は理解できないという顔をしている。
説明をしてあげた優しさを褒めてほしい。いまの興味はほとんどが高松に向いている。それなのに時間を使ったのだから。
「あ、博士! 博士、見てください。高松のホルモン値が急激に変化しています」
「あらあら、すごい数値ね。ちょうど動いていないから、CTを撮りましょう」
博士がパネルを操作すると、壁に組み込まれた撮影装置が作動した。
画像がモニターに表示される。私は拡大し、何度か表示範囲を切り替えた。
「……博士」
「ええ」
博士も画面を覗き込む。二人でしばらく黙って画像を確認した。間違いない。博士を見ると、ちょうど向こうも私を見ていた。自然と二人の口元が緩んだ。
「できてますね、これ。動物実験と同じで、オメガ器官は出来上がってますよ」
「おめでとう、順次さん。これで妊娠できる身体になりましたよ」
高松が床を叩く。
「私は……妊娠できる身体になったということか」
「ええ。私たちと少子化の改善に努めていきましょう」
「そんな器官、あるはずない」
「それが作れるんですよ。私が天才なの忘れましたか」
高松は牧野から距離を取ろうとした。けれど、数歩離れたところで足を止める。
「……なんだ、これは」
胸元を押さえ、戸惑ったように牧野を見る。
「離れたほうが楽なはずなのに、なぜか落ち着かない」
「第二性由来の反応ですね。認知は追いついていなくても、身体はもう相手を意識しています」
「元に戻してくれ」
「戻す? どうして」
「そんな、得体の知れないもの受け入れられるはずがない。何がオメガだ、脅しだろ」
「本能で身体の変化、分かってますよね。それなのに否定するのは、認知の改善が終わってないからですよ。じきに受け入れられます」
「馬鹿な、そんなはず……。私が何をした」
「私ができなかったことを、今度はあなたがやるの」
博士が口を挟んだ。
「頼む、戻してくれ」
「オメガへの変化は不可逆です」
博士は静かに言い放った。




