第4話『サプライズパーティー』
私はスタッフに指示して、二人を白くきれいな部屋へ運ばせた。
部屋の真ん中にあるのは大きなベッド。清潔なシーツにはシワ一つない。スタッフはその上に二人を寝かせた。
部屋の壁や天井には複数のカメラとセンサーが埋め込まれている。博士と私は隣の観察室に並んだモニターを通して、二人の様子を確認する。私たちのいる部屋には、実験室内の環境や計測機器を制御するための様々な装置が並んでいた。
二人の身体に埋め込まれているインプラントチップには、こちらで項目を追加しておいた。脈拍と体温、それに位置情報。もともと決済にも入退室にも使われているものだから、新しく何かを仕込む必要はない。誰の身体にも入っていて、誰も意識していない。
「実験開始よ。始めてちょうだい」
私は頷いて、ボタンを押した。
ガコンと音が鳴り、部屋の中が密閉され、ラブロマンスエキスのガスが充填される。ピンク色の霧が部屋に広がり、やがて無色透明になった。
「反応が出るのはどのくらいかしら」
「原液ですから、半日程度で初期反応が現れます」
そう答えた直後、牧野の脳波に覚醒の兆候が現れた。
「そろそろ覚醒するようです」
牧野は頭を押さえながら上半身を起こした。あたりを見回し、隣に高松順次が寝ているのを見つけると、ぎょっとしてベッドから飛び降りた。
部屋を歩き回り、ドアを見つけて思いっきり引っ張るが、びくともしない。
「この部屋、少し臭うな」
牧野は鼻を押さえ、不機嫌そうに言った。シャツの首元を掴み、ため息をつきながらあたりを見回す。
彼の言葉に違和感を覚える。私が入ったときは匂いなんてなかった。
「何なんだよ、ここは」
勢い任せに壁を殴りつけ、大きな音を立てた。
その音で高松順次が目を覚ました。シーツが擦れる音に合わせて、牧野の脳波計が強く乱れる。
「よお、目覚めたのかよ」
高松順次は頭を揺らし、何度も瞬きをしている。まだ意識が朦朧としているようだ。
「あなたは、車で一緒だった。私は高松順次といいます」
「牧野剛だ」
「牧野さん、ここはいったい……私はなぜ」
「知るかよ。オレが聞きてえよ」
「あの女性は、牧野さんの知り合いなんですか」
「元カノだよ。ったく、いい思いできるからってついて行ったのに、まさかこんなオッサンと一緒だなんてな」
「はは。君はなんというか、素直だね」
高松の体温も上昇してきている。部屋の温度は二十度、湿度も四十パーセント。過ごしやすいはずなのに、暑そうに手で顔を扇いでいた。
それを見ていた牧野が、苛立ちを隠そうともせずに吠える。
「オッサン、あんた臭えんだよ。加齢臭っていうか、ちょっとあっちに行ってくれないか」
「臭いって、そんなにかい。臭うような距離にもいないと思うが」
「うるせえな。ベッドが臭くなるだろ。立って隅に行ってろよ」
「分かりましたよ。たしかにここは少々独特な匂いがする。それは私も感じている。だが、年長者に対して失礼じゃないかな」
「はあ、説教かよ」
牧野が理性的でないのはよく知っていた。簡単な言葉ですぐに血が上る。
いまも本能に任せるように高松順次へ近づき、胸ぐらを掴んだ。ああ、短気なところは牧野らしい。
「オッサンよ、オレは苛ついてんだ。こんな訳の分かんねえ場所に閉じ込められてよ。その上、説教なんて求めてねえよ」
「ちょ、ちょっと離してくれないか。暴力は困ります」
「うるせえ。これ以上、喋るんじゃねえ」
高松の目には怯えが浮かんでいた。それでも声は冷静で、牧野を刺激しないよう言葉を選んでいる。
彼の経歴には目を通しているが、温室育ちのお坊ちゃまだ。人生でこんなにも粗暴な男に絡まれた経験はないのだろう。
「残念だけど、決まりかしら。彼がアルファね」
博士がそう言った瞬間、高松順次が必死に牧野の手を引き剥がそうとした。
「っん……」
突然、牧野は高松を手放した。
半歩ほど後ろへ下がり、自分でも何が起きたのか分からないような顔をしている。モニターから警告音が鳴り、脈拍が急上昇していることを知らせる。
「博士、これは……」
「面白いわね。牧野のほうが進行が速いみたい」
実験開始から、まだ二時間しか経っていない。初期反応には半日かかると予測していた。それなのに牧野の体温は急激に上昇し、三十八度を超えている。
牧野はその場に座り込んだ。あれほど騒いでいた男が、急に静かになる。てっきり暴言を吐くものだと思っていた。
だが違った。彼は動けなかったのだ。
「高松が触れたことで、エキスの効果が活性化されたのでしょうか」
「その可能性が高いわね。おそらく明日の朝には、生殖機能を再構築する基盤が完成しているでしょう」
「ベータ化ですね」
「ええ。その後、二人の身体はアルファとオメガへ分化を始める」
博士は楽しそうにモニターを眺めていた。私も同じだった。知的好奇心なのか、復讐心なのか、自分でも分からない。
ただ、人間で初めて起きている変化を目の前にして、身体が高揚しているのは確かだった。
「そろそろ、彼らにも説明が必要かしら」
「説明するんですか?」
「パーティーには演出が必要でしょ」
博士はマイクのスイッチを入れた。
「こんばんは。ようこそ、私たちのサプライズパーティーへ」
博士の声が白い部屋の中に響き渡ると、牧野も高松も顔を上げた。高松はその声に聞き覚えがあったのか、驚いた表情を浮かべている。
「突然のことでさぞ不安でしょうが、私たちはあなたがたを害する目的はありません」
デスゲームの主催者のように淡々と喋っているつもりだろうが、私にも分かるくらいには声が上ずっている。
「お二人に、とあることをしていただければ、この部屋から出ることができます」
「なんなんですか、いったい。僕たちを監禁して。目的はなんなのですか」
「まずは、この新しい環境に慣れてください。また明日の朝にご連絡を差し上げます」
博士は一方的にマイクを切った。
「ずいぶん雑な説明ですね」
「全部教えたら、つまらないでしょう」
白い部屋では、高松が牧野を抱えてベッドに寝かせていた。
やがて高松もベッドの縁に腰を下ろし、そのまま意識を失った。
「二人ともぐっすりですね」
「私たちもそろそろ眠りましょう。夜ふかしは美容の天敵よ」
「私はもう少し様子を見てからにします」
「そう? じゃあ、あとはよろしく」
博士は心地の良い足音を立てながら部屋の外に出ていった。鼻歌すら歌っている気もする。
私は二人の寝顔を観察する。苦しそうに熱にうなされている。それなのに、胸の高鳴りは収まらなかった。
ラブロマンスエキスは劇薬だ。吸ってもいない研究者まで、こんな気分にさせるのだから。




