坊ちゃんしっかり捕まっておくんなさいよ!
その夜から、王子とウィル二人によるマナー教室が始まった。
食事マナーはもとより、いわゆる宮廷においての立ち居振る舞いが主な内容だ。
座学は王子の部屋とは別の部屋で、ウィルの講義をプロジェクターの様な映写機を見ながら受けるというもので、これは知らない文化を学ぶ楽しい授業だ。
白い壁に写された映像を見ながら、王子と並んで講義を受けるのは意外と楽しかった。
おっさんと呼んでいたウィルは、実は四十手前で俺より三つ上の息子が居るという。
「ジョセフっていうんだ。最近体現したからジョセフ・マテオ・Alphaになったんだよ」
王子に言わせると、なかなかいい奴らしい。七年生だというから、セカンダリーの一年か。
「ところで体現って、なんです?」
と聞いたら、王子は一度ウィルの方を見てまた俺を見た。
「ああ、そうですね。体現と形質については、いずれ詳しくお話しする事になります」
「ギュンター、君Ωの体内図見て怒ってたからねぇ」
はぁ? あの前立腺の後ろにあるアレの事か。
「そりゃたまげるに決まってるだろ、あんなもん付いてるなんて知ったら」
あんなもん? とウィルが首を傾げるが、説明する気はないからな、絶対。
隣の王子は何が面白いのか、声を上げて笑ってるし、くそっ。
「それでは、午後からは外で乗馬ですから、準備をお忘れないように」
言い終えると、ウィルはいつものように一礼して部屋を出て行った。
「ところで殿下、俺、乗馬したことないんだけど」
「あ」
そう言うと、王子は困った顔で天を仰ぎ首をひねり頭を掻いて、ため息をつき俺の肩を叩いて言った。
「ケツと腿をくそ鍛えられるぞ。まぁ慣れたら楽しいから、最初だけガンバレ。辛いのは最初だけだから」
えっ? 乗馬ってそんなにきついのか。
「きっと大丈夫だ」
とひきつった顔で笑われてもな、どんだけ凄いんだよ。
-------- その日の午後
ウィルに言われた通り、王子と二人乗馬服に着替え東棟の外にある外苑にある厩舎に向かう。
厩舎では世話役の使用人が数人、乗馬服に身を包んだウィルと一緒に入り口で並んで待っていた。
与えられた馬はサラブレッドほど大きくはないが、がっしりとした乗馬用の立派な芦毛の馬だった。
十歳のチビの俺は、どうやったらこんなデカい馬に乗れるんだ?
下手に触ったら蹴られそうだし、咬まれるかもしれないし。
外に行きたくないみたいで、手綱を引くと逆に首を上げて後ろに引っ張られた。
「何が気に入らないんだよ」
「ギュンター、馬は怖くないよ」
上からの声に驚いて振り返ったら、既に騎乗した王子が居た。
ヘルメットを被り、乗馬服も馴染んで片手で握った手綱さばきまでもが堂に入ってる。
うわぁ~、やっぱり子供とは言えこうやって見るとカッコいいよなぁ、このクソ王子。
しかも乗ってる馬は白馬だよ。
「うん。ちょっとビビってるかも」
王子は分かったと言うように頷くと、声を上げた。
「ティム!」
呼ばれた使用人の一人が俺のそばに来て、安心させるように俺の肩を叩く。
「大丈夫ですよ、ギュンター坊ちゃん。あっしが手伝いますんで安心してくだせぇ」
そう言って鞍を掴んで馬に乗る、という方法を教えてくれた。
「さぁ、坊ちゃん、あっしの背中に上ってくだせぇ。登ったら鞍を掴むんですぜ」
「分かった、ありがとう」
意を決して、四つん這いになったティムの背中に上り、両手で教わった通り鞍を掴んで左足を鐙にかけ、一気に体を引き上げ鞍に跨った。
「上出来ですぜ、坊ちゃん」
ウインクをして、ティムが手綱を渡してくれた。
「失礼しやすよ」
そう言うと、どうやったのかティムが今度は俺の後ろに跨り、ひょいと俺を抱えて座る位置を整え手綱を握る。
「坊ちゃん、落ちないように馬の首でも掴んでておくんなさい」
ティムは口を鳴らして手綱を引き、王子と並ぶ。
「まずは馬に慣れなきゃね」
と王子が嬉しそうにまた笑って、俺にウインクしてきたよ。ったくもう。
笑うと、ホント可愛いんだよなぁこの王子。
「さて、殿下。ギュンター坊ちゃん、行きやすぜ」
「舌咬まないように、ギュンター軽く奥歯かみしめて」
とっさに歯をかみしめる。うわっ、馬が歩き出したとたん体が激しく上下に揺れた。
「馬の動きに合わせて、腰を動かしてくだせぇ」
「え?」
「腿で馬の胴を挟んで、お尻を上げたり下げたりして衝撃をかわすんだよ」
と王子がやって見せるが、腿で胴を挟むって言われてもだな。
どうやるんだよ、と分からないなりに真似てやってみる。
「上手ですよ、坊ちゃん。その調子でお尻を浮かせてやると痛くないです。走りだすともっと楽に座ってられますけどね」
「そうなんだ。ありがとう、ティム」
外に出たら、ウィルがこれまたカッコいい栗毛の馬に乗ってるじゃないの。
姿勢が良いからか、様になってるというか。お貴族様は凄いなぁ。
「それじゃ、今日は馬に馴染むということで軽く一回りしますよ」
ウィルがそう言って、俺たちの前に進み出た。
「殿下、西回りのコースで一周回ります」
「分かった!」
と言うや否や、王子の馬が駆け出した。
「そう来なきゃな。殿下は駆けっこが大好きなんですぜ」
と負けずにティムが手綱を絞り、馬の腹を蹴ったのが分かった。
「坊ちゃんしっかり捕まっておくんなさいよ!」
言われて俺は馬の鬣を掴みしがみつく。
走りだした俺たちの横にウィルの乗った栗毛が並ぶ。
「負けたら、ウイスキーな」
ウィルの声がする。
「乗った!」
初心者乗せて、無茶するなぁこのおじさんは。
そのとたん、馬が加速してどんどん先を走る王子に近づいていく。
「坊ちゃん、よく見ておきなせぇ。殿下の馬術は一級品なんですぜ」
前を向くと王子の乗る白馬が走る姿が見えた。馬の尻に鞭を当て、抜かれないように蛇行している。
右横からはウィルの栗毛の走る音が迫って来た。
西回りのコースの長さが分からんが、全力だよなこの走り。
距離は詰められたが、なかなか先を行く王子を捉えられない。
ウィルやティムに比べたら、半分もない小さな王子なのに騎乗では大人たちと対等に戦っていた。
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