これ運んだら木っ端探しに行くぞ
全力で駆けていく馬たち。見事な手綱さばきで、倒木や岩などの障害を乗り越えていく王子。
先を走る彼の背中を見ていたら、自分が馬に乗ってることを忘れそうだ。
風を切って走ってるのが、心地いい。乗馬って楽しいなぁ。
え?
前方に見えるのって、川だよな。
「川?」
「あれは、用水路でやす。見ててご覧なせぇ」
と後ろでティムに言われ、前を見たら先を走っていた王子の馬が、ふわっと飛び上がり川を飛び越えた。
「捕まっておくんなさいよ!」
ティムが叫ぶと同時に、俺の芦毛もふわりと飛び上がる。
うわぁ、という間に対岸へ着地した。
続けて背後でウィルの馬が着地した音が聞こえてきた。
馬はまだ走り続けている。今度は柵が見えてきた。
「ぼちぼちゴールですぜ、坊ちゃん」
王子がまた可憐に柵を飛び越えた。
俺らも続けて柵を超える。
着地と同時に、馬の走りが変わった?
また加速したのか。
「行くぞ、ビート」
ティムの掛け声に、振り返るとウィルもほとんど並ぶ距離に迫ってきていた。二人とも片手手綱で馬に鞭をふるっている。
王子も激しく鞭を振っているが、徐々にその姿が大きくなり、遂に横に並んだぞ。
見上げた先に厩舎が見えてきた。
もうすぐゴールだ。
厩舎前でロープを張った馬丁たちが片手をあげ、早く来いとでも言ってるように手招きする。
「殿下~っ、抜かれちまいますぜえーーーっ」
「殿下~っ、あと少しだ」
「ティーム! 手を抜くなよ!」
ロープが見える。前を走っていたはずの王子の姿がないぞ。
寸前で、ティムが王子を抜き去ったのか。
「え?」
後ろに居ると思っていたウィルの馬が左横に並んだ。
銃声が轟き、ゆるゆると馬が歩を緩める。
「判定は?」
ウィルが叫ぶと、馬丁の一人がセルフォノを持って走って来た。
まさか、写真判定すんのか?
ティムが馬から降りて、俺に手を伸ばし抱えられたと思ったら、そのまま肩車された。
うひょ~っ、こりゃ眺めがいいや。
「チクショー―っ」
セルフォノを見た王子が、馬上で悔しそうに声を上げてる。
やっぱり最後に刺したんだ。
ウィルが渋い顔でセルフォノをティムに手渡した。
「やりましたぜ、坊ちゃん」
セルフォノに映った写真には、首の差で俺たちの馬がウィルの馬を抑え先にゴールを切ってるのが写っていた。
「やったぁ~!」
ティムとハイタッチだ。
王子の白馬とウィルとはわずか鼻の差だった。
そりゃ悔しいか。
やれやれ、王子があんなに負けず嫌いだったとはね。
ティムと一緒に手綱を引いて厩舎へ戻り、見よう見まね腹帯をゆるめる。
うへぇ~、何だよびっちょびちょじゃないか。
「馬は走ると大汗をかくんですぜ。だから先ずはこの重い鞍を外してやって」
と言いながら、ティムが鞍を外し控えていた馬丁に渡す。
「この腹帯も外してやって、たっぷり水を飲ませてやるんですよ」
受け取った馬丁は鞍を傾け鐙を動かし固定した。そこへ汗で濡れてる腹帯を鞍にかける。
それを待っていたように、馬丁は馬房から出て行った。
「鞍と腹帯はあいつらが奇麗にして保管するんで、今日は坊ちゃん、しっかり馬の世話をしてやっておくんなせぇ」
そういって、大きな手で俺の頭を撫でた。
向かいの馬房では、ご機嫌斜めな王子が何事か馬に話しかけながら自分の馬の手入れをしていた。
踏み台を使って、桶で汲んだ水をかけてはしっかり体にブラシをかけている。
俺も同じく踏み台を使ってティムに倣いながら、馬の世話の仕方を習うことになった。
走った後の馬はマジで汗をかくんだな。鞍を外し、その下の布も体も汗でびっしょりだった。
桶で水をかけ、その水を切るようにブラシをかける。
体が小さいから両手で持ったブラシに体重をかけてやらないと全然水を切れない。
王子も同じように、自分の体重を利用してブラッシングをしていた。
後ろに控えている馬丁らしい使用人は半分笑いながら、見守っているようだ。
たぶん手を出すと、王子が癇癪を起こすんだろうなぁ。
「さて、坊ちゃん。今夜はわしらが仕留めた鹿がちょうど食べごろなんでね、みんなで一緒に食べようと用意してんですが、いかがです」
と道具を片付けていた俺に向かって、しゃがみ込み話しかけてきた。
もちろん、必要以上の大声で。
「鹿肉! 食べたいなぁ。きっと塊を焼いて食ったら旨いだろうなぁ」
わざとらしくならないように、答えたつもりだったんだが。
「ギュンター、腹減ってるのか」
王子が会話に入って来た。
「はい、殿下。殿下もお腹空いたでしょ?」
良し、巧くいったぞ。
「ギュンターが食べたいなら、しかたないな」
てきぱきと道具を片付け、控えていた馬丁にそれを渡す。
馬房の柵を閉め、王子が真っ直ぐこちらを見ながら、歩いて来た。
見た感じ、もう機嫌も直ったみたいだな。
別の馬丁が俺の下げていた桶とブラシなどの道具類を片付けてくれた。
「殿下に坊ちゃん、あっしはこれから火起こしするんだが、お手伝いお願いできますかな」
「やるに決まってるだろ!」
と王子が即答する。
うわぁ、目輝かせちゃって。野外活動が好きなんだな、王子は。
「ギュンターも行くぞ」
はいはい、ご機嫌直って良かったわ。
俺は差し出された手を握り、王子と並んでティムの後をついて行った。
さて、火起こしするんだっけ。
「薪を取ってこなきゃ、こっちだ」
と王子が手を引いて厩舎の裏へと歩いていく。
厩舎のすぐ隣にまた別の屋根だけがある小さな建物があった。
中にはびっしり、薪が積み込まれている。
王子が小走りでその中へ入り、手押し車を押して出てきた。
四角い木の箱に車輪が二つ、手押しのハンドルが二本付いた奴だ。
「薪の束を三つ、これに載せるよ」
「分かった」
と言ったものの、なんだこの薪。ぬ、抜けねぇ。どうやって抜き取るんだよこれ。
と薪の壁と格闘していたら王子が、
「こうするんだよ」
と、いきなり薪の壁によじ登り、てっぺんに積まれていた薪の束を一つ掴んで背中向きに飛び降りた。
両手で腹に薪の束を抱え、何とか着地するが尻もちをついてしまう。
無茶するなぁ、この王子はまったく。
「そら、一つ取れたぞ」
顔に泥付けて、得意げに笑ってるよ。
「うん。じゃ俺も」
薪に手をかけ、王子を真似てよじ登る。
「ボクが一つ抜いたから、もうそんなに力入れなくても大丈夫だよ」
それは、ありがたい。王子が空けた穴の隣の束を両手でつかんで、後ろ向きで飛び降りようとしたら。
うわぁ、薪が手から。
くそっ、こんな小さな手じゃ掴める物も掴めやしない。
体勢が崩れたぞ、こりゃ背中から落ちるな、くそっ。
衝撃を覚悟したら王子が背中を受け止めてくれた。が、そのまま勢いで一緒に尻もちをついてしまう。
「あっぶないなぁ」
「ありがとう、殿下」
立ち上がった殿下が俺の手を引いて、立たせてくれた。
「ボクは平気だよ、それより痛いところない?」
と泥の付いた俺の服をはたいてくれる。
十歳児から見た二歳差って体格的に、こんなに違うのか。身長はあまり変わらないと思ってたが、横に並ばれると確実に俺の方が小さいっ!
小四と小六じゃ、そりゃ敵わないか。くそぉ。う~っ。
「あと一つは、ボクが取ってくるね」
そう言うと王子はまた薪の壁を上り、今度は簡単に一束抜き取って飛び降りた。
薪の束を拾って手押し車に乗せる。
「さて、これ運んだら木っ端探しに行くぞ」
ギュンターはこっちを押して、と手押し車の箱を指す。じゃ行くよと王子が後ろ手でハンドルを握り、歩き出す。
車が起き上がり、俺はその縁に手を置いて王子に合わせて車を押して歩いた。




