君とボクは、異端なんだよ
「いきなりこんな解剖図見せられても、納得できないよね」
そこ、笑いながら言うなって。
自分の体にこんな余分なもん付いてるとか、信じたくねーんだよ。
「で、何かボクに聞く事があるんじゃないの?」
そうだった。ギュンターの日記だ。
「殿下、これ」
ギュンターの日記の最終日のページを開いた、セル・パッドを王子に差し出す。
「良いのか、ボクが読んでも」
「俺が読むより、殿下が読んだ方がギュンターは喜ぶよ」
分かったと言うとデスクに腰かけ、パッドを受け取り読み始めた。
「うん。おかしなことはあったんだよねギュンターの体」
へ? 今のところ、髪の色以外は普通の男の子の体だけど、何かまだあるのかよ。
王子がこっちを見て、何かを思いついたのかニッと笑う。
パッドをデスクに置くと。
あっ。
と思う間に、ペン立てから出したハサミの刃で己の指先を切りつけた。
「ばか、何やってるんですか」
血の滴る手を取り、傷口を押さえ止血するが。
だめだ、止まらんぞこれ。何考えてやがんだよ。
とっさに王子の人差し指を口に含む。舌先で傷口をなぞる。止まってくれ。
血の味が口に広がり、唾液が溢れて来た。
突然、王子が指を口から引き抜く。
あ、指くわえちゃったんだ。まずかったか。
「これに吐いて。血は飲まない方がいい」
目の前に出された、小さ目の器に口の中身を吐き出した。
「ごめん。つい口で……」
王子は笑顔を向けると、首を左右に振る。
「ほら」
と今度はまだ濡れてる指先を、俺の目の前に翳して見せてきた。
さっきザックリと切れていたはずの傷が、無い。
「治っちゃった」
嘘だろ。
その手を掴み、指先を確認するが傷なんてどこにも残っていない。
「痛いよ、ギュンター。そんなに掴んだら」
「ああ、ごめん」
手を離すと、にっこり微笑み改めて自分の指先を眺めている。
「君が食べた焼き菓子に入ってた毒ね、一応調べたんだよ。事件だから」
指から視線を離し、得意げな顔つきでまた俺を見詰めてきた。
「わずか数グラムで巨大な象が即死するレベルだった」
はい?
なに軽く言っちゃってんの、この王子。背筋がぞくっとして今、鳥肌立ったぞ。
だいたいどんな毒だよ、象が即死って。
そんな毒入り菓子を、子供に持たせたなんて。
「君の体液。つまりこの場合は唾液が毒に反応したとたん体全体が毒素を中和しにかかったんではないかなと、ボクは見てるんだけどね」
「中和?」
「僕の傷も舐めて治したじゃない。猛毒を口に入れても即死どころか、回復したんだよ君って」
セル・パッドを置き、俺の顔を覗き込む。
「人を、化け物みたいに言わないでもらえるかな」
俺が戸惑ってるの見て、この王子、今度は声に出して笑い、楽しそうに手まで叩きやがったよ。
だいたい死んだと思ったら別世界で目が覚めて、髪の色はぶっ飛んでるし、変な能力あるし。頭狂いそうなんだよ。
笑い事じゃねーんだって。
「分かってない様だから教えるけどさ、この世界で君と僕は、異端なんだよ」
は?
「ボクは触った物の構造が分かる。説明は難しいけど、どういう構造で、どういう働きをするのかとかね。だから、焼き菓子を受け取った時に毒が入っていてその毒が体に入るとどうなるかまで、触れば分かったんだ」
言ってる意味がよく分からない、が。
「だからギュンターは、ボクが受け取る前に口に入れたでしょ」
あ、そうだった。差し出しながら噛り付いたんだ。
「さっき、君が治してくれた傷。傷が回復した過程は分かったよ。君の意思も働くんだね、本当に治れって願ったからだと思う。一気に唾液が出てきて瞬時に回復したから」
「え?」
口に入れた指先だけで、それが解ったっていうのか。
「不思議そうな顔してるけど、ギュンター、君もその力を持ってるんだよ」
「俺が?」
「君はユニコーンじゃないか」
だから、それが分からないんだって。
「そのユニコーンに、何の意味があるんですか」
「ユニコーン種は百年に一人の割合でしか生まれない。だから、その生態はよく分かってないんだが」
前立腺の裏にトンデモない臓器が付いた、Ωの珍種なんだろ。
「ギュンターの家は特別なんだよ。この国で今までユニコーンを産んだ家系は、ローゼンベルグ家だけなんだ」
はぁ。家系と言われても、実の家族とは違うからなぁ、ピンと来ないぜ。
「君の家族は、ボクが知ってる限りいい家族だよ。君の母上は君を産むまで、貴族社会では珍しく、兄弟たちの母親を優遇し、出産後はその子供を実子のように育てた人なんだ。だから君の兄弟姉妹は他の貴族と違って非常に仲が良い」
そうなのか。ギュンターの母親は、そうか、いいお母さんだったんだ。
思い出してみれば、目を覚ますと必ず誰か枕元に人が数人いたような気がする。動けるようになってからは、母にしては若い女性が付きっ切りだったし。
えっと、あの女性はと、セル・パッドを手に取り開いた。
すかさず王子が身を乗り出し、セル・パッドに出てきた兄弟の写真を指差す。
「カリーナ・アン・マリー・Alpha。君の一番上のお姉さん。今はノーフォーク伯爵夫人だ。君が倒れたと聞いて、翌日には看病に来ていたそうだ」
ギュンターの為に、急いで来てくれてたのか。
「カール・ベイル・Alpha。彼は次期ローゼンベルグ家の当主だ。同じく、君が倒れたと聞き僕に賢者の派遣を頼んできた」
「え?」
「頼まれなくても、既に呼んでたけどさ。携帯電話にかけてきた時は、婚約破棄もやむを得ない勢いだったから、焦ったよ」
ギュンター、どんな辛い目に遭ってたんだと思ったら、お前愛されてたじゃないかよ。
他の兄や姉たちは、ギュンターの容体が落ち着いたとわかると学校へ戻っていったらしい。
学校かぁ。
ん? そうだよ。まだ十歳のガキなんだよ俺たち。
「陛下、俺ら学校って」
「あ~、学校ね」
と、面倒くさいのか顔をしかめる。
「うん、プライマリーの六年がボク、君は四年だ」
四年だって? 全然クソガキじゃないかよ、ったく。
「病気療養中で、休学してるから気にするな」
気にするなって言われたら、かえって気になるわ。
「いつから、学校へ戻る事になるんです?」
そう言うと、王子はデスクから降り俺に手を差し伸べた。
「そろそろ、食事の時間だから」
左肘を曲げ、こっちに向ける。エスコートされないと、まずいんだろうな。
「じゃ、行こうか」
なんか、楽しそうだなぁ王子。腹減ってんのか?
「食事のマナーは大丈夫かい? 宮廷のマナーはからきしだからさ」
へ? マナーって。
あーーーーっ! テーブルマナーか。
困った。全く知らんが、フレンチのコースみたいなもんか。
だよな、何とかなるよな。たかが、ナイフとフォークじゃないか。
と王子を見たら、眉間にしわを寄せ、困った顔で睨んできた。
「しばらくは、ボクの真似をして食事をするように」
「わ、分かった。そうします」
チッ、悔しいが一番無難な方法か。
やれやれだ。




