ギュンターの日記
姿見がある部屋のアーチを抜けた先、薄暗い部屋に隣室への扉があった。
開けると、また別の部屋に繋がっている。
「寝室の隣。ここが僕らの勉強部屋、いわば秘密基地だよ」
さっきの暗い部屋って寝室だったのかよ。
ドア開けたら、いつでも寝られるって寸法か。なるほどね~。
「ああ、いい部屋だね」
この一間だけで、俺の住んでたマンションより広いぜ。
右手は大きなガラス張りの窓。そこから外の庭が良く見える。
勉強部屋かぁ。
本棚にはぎっしりと厚い本、じゃない。なんだこれ。ファンが回る音してるし。
「これも忘れたの?」
扉付きラック状の棚に納められているのは、どう見てもサーバにしか見えないんだが。
ダイオードらしき明かりがチカチカしている。
「もしかして……」
と、部屋を見渡し向き合わせで並んでいる机を見たら。
それぞれに優に三十インチはある液晶ディスプレイが並んでいた。
しかも、ワイドスクリーン。
こいつらゲーマーかよ。
「思い出した? これでゲームしたら最高だよね」
だよね~って、ちょっと待て――――――っ。
そういえば、乗って来た乗り物って。
旧式のロールスロイスもどきだったな。ノーズの長い、でも乗り心地は抜群の車だった。
車だから、気にならなかったのか。
ならなかったが、この服装は違うだろう。
なんかもう貴族様~って服だし。
映画やドラマの知識しかないが、俺の生きてる時代の服装じゃないのだけは確かだ。
よくて、ヴィクトリア時代か? その時代にネトゲがあるかって話で。
「はい、これは君の携帯ノート型端末」
え? えーーーーーーっ!
まるでiPadじゃないかこれ。っていうか、それより軽いし薄いし。
「スイッチ入れたら、上の丸い所を見て」
おお、とiPadに似たタブレットのスイッチを入れカメラらしいレンズを覗き込む。
短いモーター音と共にタブレットが震え、ロックが解除された。
見慣れたアイコンたちにホッとするが、うすら寒さも感じつつ気になるアイコンをタップしてみた。
再び端末がモーター音と共に震え、生体認証を要求される。
「ああ、生体認証は全て網膜認証なんだよ」
あ~あ、そう言う事ね。って、すげー進化だなおい、この世界。
一体どうなってやがんだよ。
レンズを覗き解除されると端末が反応し、ファイルが開かれる。
おっと、これは。
目の前で王子が息を呑む気配がする。
「……ギュンターの日記が出て来た」
真剣な面持ちで、気配を窺う王子。
「見覚え、ない?」
モチロン、ある訳がない。
「読んだら思い出すかもしれない、ちょっと読んでみるよ」
「うん。じゃ、僕はこっちで調べものしてるね」
そう言って、王子がデカいディスプレイの設置してあるデスクに向かった。
広いデスクに合わせて置かれた椅子はどう見てもゲーミングチェアで、金と黒のド派手なツートンカラーのコックピット仕様だ。そこへ王子が優雅に腰掛ける。
俺のは濃いラベンダーカラーと薄いグレーという組み合わせだ。
バツグンのフィット感で座り心地は最高だよ。
座り心地を堪能してたら、王子がディスプレイの横から顔を覗かせた。
こいつ、ひじ掛けに頬杖ついてやがるぜ。
「新調したんだよ、その椅子もディスプレイも。気に入ってくれたかい」
と得意げにウインクをよこしやがった。
このガキぃ。ちびのくせしやがって、カッコつけが様になってしゃらくせえっ。
こっちも負けずに笑顔を返してやったら、照れたのかスッとディスプレイに隠れちまったよ。
昔の俺のキラースマイルだ、決まったか?
って、今のこの顔がどう笑ったのなんて想像もつかんが、な。
はーーっ。生まれ変わっても女顔かよ。ついてねーなぁ。
さて、問題のギュンターの日記だが。
『皇歴一八八九年 四番目の月十七の日
きょう、おうじのこんやくしゃになりました。』
あはは、そうか。感想なんて書けねーよな。
思わず笑ってしまう。
それから、王子と会った事、何を話したか、どう遊んだか。
まるで三行日記のように、短文で綴ってあった。
横スライドで日記を読み進めていく。
特に変わったことはなさそうなので、一気に最新の日記に飛んでみた。
今日は何日だ? 端末の日付は1892/07/15。
最後の日付は1892/06/21。
そこには、王子が言ったお茶会への参加予定が書かれてあった。
『明日は、ミルズ伯爵邸のお茶会に殿下と招待されている。たぶん、その日に決行する気だ。もしもに備えて、殿下にはこの日記の事を伝えておこう。それから、セル・パッドには魔法結界をかけておく。王子が開けば結界魔法は崩壊する。解除キー以外で開いたら発火し消えてしまうように。そしてこのセル・パッドがこの後三十日間開かれなかったら同じく消えてなくなるように。
どうか、僕か王子以外が読みませんように。』
ちょっと違和感を覚え、適当に昔の日付を拾い読みしてみた。
自分の屋敷内の出来事が書かれた日。
兄弟の誕生日の話。
もっと遡ると、兄弟の誕生の話が見つかった。
貴族ってそんなに愛人に子供産ませるもんなのか。
なんか納得いかねーな、この家族。
そう感じながらスライドしていくと、ページにリンクらしきものが貼ってあることに気付く。
タップしたら、とんでもない情報が出て来たよ。
ギュンターの兄弟姉妹の母親はお産で全員亡くなっていた。
恐ろしい事に、彼らの母親は全員俺と同じΩと呼ばれる人種だったのだ。
Alphaであるギュンターの父親と番になり、母親の命が危ない事が分かっていながら、半強制的に子供を産まされていた。
ギュンターには兄が二人、姉が三人いる。
男兄弟はギュンター以外は二人ともAlphaだった。
それぞれ全員母親が異なる。
姉たちは、長女がAlphaで、やはり母親は他界していた。幸か不幸か次女がΩだったからか、母親は無事出産し、翌年三女を出産。その後やはり亡くなっていた。
三女はAlphaだったんだ。
ギュンターはΩのはずだ。だったら母親は生きているはず。
ところが、ギュンターの母親は日記内には写真が無く、不思議に思いながら画像ファイルを探していくと、それらしいのが見つかった。
大切にしていたのか、ロックがかかっていた。
解除して出てきた写真は、驚くことに結婚式のそれであった。
どの写真も、二人がとても幸せそうに微笑んでいる、いかにもな結婚式の写真。
なるほど、さっき見たピンクゴールドの子供の顔。母親にそっくりだ。
記念写真風のもの。多分あの屋敷で取ったらしい、花嫁を抱きかかえ、見つめあう二人の満ち足りた笑顔。
写真に写る女性は、今まで見たどの女性よりも美しく、そして彼女が夫であるギュンターの父親にとても愛されていることが伝わる写真ばかりだった。
婚姻の日付が、……嘘だろう。
ギュンターの誕生日は、いつだっけ。
「殿下、俺の生まれた年は一八八二年ですよね」
「うん。僕が一八八〇年だから」
何だって! 殿下より年下かよ、俺。しかも二つ!
「どうかした?」
また、ディスプレイの横から顔を出し勝ち誇ったような顔でニヤリと笑う。
「い、いえ。別に確認しただけです」
ちくしょう、アイツの方が年上なのかよ。ったくやりにくいなぁ。
んな事より、問題はギュンターの母親だ。
結婚したのはギュンターが生まれる遥か前、今から三十年も前の一八六三年だったのだ。




