お前誰だよ
俺の記憶が無い事を王子に伝えたら、子供らしく声を上げて驚かれた。
「うっそ~っ」
「ボクの名前、分かる?」
知らないと首を振ったら、
「え~~っ」
「じゃ、ここも何処かも分からないんだ」
表情もコロコロ変わって、面白ぇ。綺麗な顔だけに、見飽きないなぁ。
「何も覚えてないの?」
そうだと頷いたら、今度は真剣な顔で聞かれた。
「記憶を失くしたのは、毒を食べたから?」
毒? 毒食べたのかこのガキ。っていうか、子供に毒食わせたのかよ。
知らぬ間に口を押さえてたようで、王子が心配げな顔で近づくと左右の手首を掴む。
「?」
「ボクの為に危ない目にあったのに、何も言わず戻って来てくれてありがとうギュンター」
そう言って俺を抱きしめて来た。背丈があまり変わらないから、顔が近い。それを押し付けてくる。
ほっぺが柔らかいなぁ。それに、とてもいい香りだ。
「もう絶対、君を危ない目には遭わさないから。ボクの事、許してくれるかい」
「もちろん! 記憶が無いから、気にしてないというか」
いやいや、王子は悪くないし。子供に気を使われると、何か落ち着かねぇな。
「もう元気だから、うん」
泣くんじゃねーぞ、頼むから。
取り敢えず、肩を抱いて顔を引きはがす。
「ボクの代わりに、君は毒の入った菓子を食べたんだよ。ボクにと出された菓子を君が受け取って、半分にして」
とその時の様子を、再現するように両手でそのお菓子とやらを割る仕草をして見せた。
うっ、ぼんやりとしたギュンターの記憶が重なって見える。
そう、お茶会に呼ばれて勧められた焼き菓子だ。
君の手から渡して欲しいと言われた、あの焼き菓子。
それを食わせろと、誰かに言われた、のか? 浮かぶ影。こいつ誰だ?
その時の情景が脳裏に浮かぶ。どこか別の屋敷の庭先のテラス。
「じゃぁ、殿下とボクとで半分こしましょうか」
そう言って、ギュンターが手に取った焼き菓子。
半分に割って、陛下が手に取る前に齧りついたんだ。
「毒味ですよ」
などと言って、笑いながら。
気が付くと俺の手は空を掴み、それを食べようとしていた。
ギュンターの心が蘇ってくる。
……ああ、そうか。彼は、分かって口にしたのか。
自分の記憶と言うより、誰かに見せられてるような映像に近い記憶。
「毒を食べさせようとしたのは……」
「ギュンター、もしかして、思い出したのかい」
殿下の手が、頬に触れる。
「君は、全ての元凶は自分だと、そう考えてたんだよね」
「それは良くわからない。ぼんやりとしか思い出せないから」
俺は、ギュンターじゃないからさ。
そのうえ、彼が死にたがっていたなんてどう伝えればいいんだよ。
わずか十歳かそこらの子供が、死にたいなどと考えるなんておかしいだろう。
「正直に話すと、記憶がほとんどないんだ」
聞く話だけでも、俺だけじゃなく王子の命も狙われてヤバそうなのに。
記憶がないって、大丈夫なのか俺いや、王子。
「やっぱり、毒のせいなのかい」
聞かれても返事のしようがないから、黙って首を振った。
きっと、その毒で本物のギュンターは亡くなったんだろう。
それを伝えたら、王子は悲しむだろうか。
頬に添えられた王子の手を取り、そっと握りしめる。
王子の表情がふっと柔らかくなった。
「見た目はギュンターなのに、違う人みたいだな」
は?
「さっき、入り口でボクを抱き止めてくれた。ギュンターだったら抱きついたら頭をなでてくれるけど、君のように抱きしめるなんてしないよ、多分。遠慮して」
全く遠慮なんて考えなかった自分に、驚いてしまう。
そうだ、相手は一国の王子様なんだ。
身分の差って今まで考えたことなかったが、今後は考えて行動しないと。
「それは、大変失礼しました」
ううん、と王子は首を振る。
「あんなにしっかり抱きしめられる事なんて無いから、嬉しかった」
おっと、抱きしめるのはアリなのか。
心持ち頬を赤らめる王子様って、これは初々しいというか可愛らしいというか。
「ほっぺも」
うっ、これはヤバい。王子のほっぺを勝手に触ったら、そりゃマズイよな。不敬罪とか言われたらどうすんだ。
「ごめんっ。勝手に触ったりして。じゃない、大変申し訳ございませんでしたっ」
慌てて立ち上がり、握った手を掲げ頭を下げた。
「何言ってんだよ! ボクは嬉しかったよ」
とニコニコ笑顔で立ち上がり、肩に手を添え俺を座らせる。
え、待てよ。口調が変わってないか?
「なんか変だよ、ギュンター」
そういう君も、なんか変。
口調が変わった王子は、急に真面目な顔つきになる。
「やはり、全然別人だ。君、本当にギュンターなの?」
ううっ。今度は意地悪そうな目つきで顔を覗き込んできたぞ。
中身が入れ替わりましたって言ったところで、この王子は信じてくれるのか?
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
また笑顔に戻り、上品にティーカップの載ったソーサーを持ち上げる。
一口飲み、満足げに頷く。
「今年の茶葉は最高だと叔父上が仰ってたけど、その通りだ。香りも味も最高だ、そう思わない、ね、ギュンター」
「はぁ」
相槌をうちつつ、俺も紅茶を一口。ちょっと冷めて飲みやすくなってる。
「またここで暮らすことになったんだから、そんなに緊張しないで。ね」
ここで暮らす? はい?
こんな広い部屋で、俺が王子と一緒に暮らすのか。
別の部屋じゃなくて。
「ここで、暮らすんですか俺」
そのまま聞き返したら、王子はニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「ねぇ、本当は君誰なの。見た目はギュンターそのままなのに」
あぶねぇ、紅茶を吹き出しそうになったぜ。
「でも、この世界に今、ユニコーンは一人しかいないはずなんだ」
「ユニコーン? って、額に角の生えたあの馬?」
「そうだよ。ユニコーンは滅多に見つからない、希少種の中でも特に貴重な馬だよ。Ωμ種の前髪メッシュをユニコーンの角に喩えられてそう呼ばれてるの。君が誕生以来、誰でも知ってるよ」
いやいやいや、知らねーよ。何だよその御伽噺は。
しかも、居るのかよユニコーンがここには。そっちがスゲーよ、見てみたいよむしろ。
「君の髪の毛、前髪の一部がプラチナブロンドなのも忘れたっていうのかい」
いいっ? 俺の髪の毛が何色だって。
と前髪に手をやるが、見えねーよ。引っ張ってみたら、何か白っぽいぞ。っていうか、俺の髪の毛何でこんな色なんだよ。
「いいから、こっちに来て」
半分パニくってたら、王子がまた俺の手を取り速足で歩きだす。
終いには小走りで次の間にある姿見の前に連れて行かれた。
うそ~ん。
「ほら、これがユニコーン、君だよ」
王子と並んだ自分の姿に、腰が抜けそうになる。
知らねーよ、こんなピンクゴールドの髪の毛をした子供なんて。
お前誰だよ!
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