こりゃまた、違うタイプの王子様だ
何だよ、そのフェロモンって。
「気になるじゃん」
拗ねたように見えたのか、王子が心配してやって来た。
「簡単に言うとさ、フェロモンって香なんだよ。それもボクらアルファとギュンターたちΩにしか認知されない」
そう言って俺を椅子から立たせて抱きしめる。
「何か感じない?」
あ、そうだ。最初に会った時も思ったんだ。
「うん。良い匂いがする。これかぁ」
一緒に居て分かったんだが、コロンや香水を王子は付けてないんだよな。無論俺もだが。
「ギュンターはとても良い香なんだよ。これが強烈になるって聞いた」
強烈? ん? とりあえず自分の腕とか脇の下とか服を引っ張って嗅いでみる。
王子まで一緒に嗅いでるよ。自分の匂いって、分かんないもんだな。
「臭くなるとか? 鼻につくというか」
あー、と言って王子が天を仰ぐ。
「相性が悪い相手の匂いは、確かに臭いね。でもギュンターの香はもっと嗅いでいたくなる匂いだよ」
血縁が近いと臭いともいうが、アレとは違うのか。
「まぁ、そいつが始まるとつまり体現したって事になる」
座ってと俺を座らせ、自分はいつも通りデスクに腰掛ける。
「体現してめでたく公私ともに認められるわけだ」
発情したら、認められるって訳か。
「男のΩはすぐには分からないんだけどね」
はぁ、あんなもん付いてるのに?
「ただ、一部アルファだけは出生時にハッキリ判明するよ」
あ、母親が犠牲になるんだ。
「親がアルファなら、そのままアルファって事で体現しなくても世間じゃ見てくれる」
下らねぇその人種差別みたいなのは、かなり根深いんだな。
「体現しない奴も居るって事か」
「名まえに形質が付くのは体現後だから、付いてない場合は見なし扱いだね」
なんだ、その扱い。
「形質的にはβなんだろうが、建前上貴族の子女はアルファ扱いってことさ」
あほらし。変なところで見栄張るんだな。
「だから、王族は体現前でも形質を名乗れる」
というより、子供なのに君は既に存在感が凄いよ。
俺もここに来て、所謂Alphaのオーラというか存在の違いは分かるようになったからな。
「オスカーの場合は、体現前でも分るよ。普通に魔力を使えてるし」
「それも珍しいらしいよ。普通は体現してから、魔力を自覚するんだって」
あ、俺たちはこの世界の特異点だったんだ。
思わずため息が漏れちまったぜ。
それから数日はゆったり休日を過ごしてたんだが、翌週になるといきなり慌ただしくなる。
王子と俺の復学の準備が始まったのだ。
「まるで引っ越しだな」
メイドたちが準備に暇なく、部屋を出入りしている。
「まぁ~ね。新学期が始まるし、向こう半年は戻って来れないから、必要なものは持って行かないと」
寮生活が始まるんだった。
椅子に座ってても荷物を抱えたメイドたちが目について、落ち着かないな。
「ボクのは良いとして、ギュンターの持ち物が」
俺の?
「ほら、事件以降ローゼンベルク家が、君の持ち物を全部引き上げたんだよ」
は?
「安全が確保できるまで、戻す気は無いって」
学校で起きたわけじゃないのに。徹底してるな、ローゼンベルク家。
「ねぇ、庭でも散歩しない?」
王子もやっぱり、落ち着かないのかな。
「いいよ」
テラス窓を開け、そこから中庭に出た。
樹木の向こう側に、授業を受けていた南ウイングと呼ばれる南棟の建物が見える。
広葉樹が色づき始めてるな。風が心地いいや。
「早いなぁ。もう秋だね」
「ギュンターが来たのが夏だったからね。冬はボクらは学校で過ごすことになる」
そうだ。あのお茶会、初夏の何とかって言ってたな。
もしかして季節ごとに、どこかの貴族に呼ばれるのか。
「戻ったら、またお茶会とかにオスカーは招かれるんだろう。王子だから」
だとしたら、俺も追従する事になるんだ。
げっ!
「そうなると、また襲われるかもしれないじゃん」
「事件は一応解決したから、大丈夫だよ。だからボクたちも復学できるんだ」
解決って、俺に焼き菓子渡した、あの犯人。
「毒菓子仕込んだ犯人が」
王子の笑顔が一瞬曇る。何だ、どうしたっていうんだ。
「ボクもだが、君の命を危うくしたのが致命傷でね」
「まさか、処刑とか」
王子が哀しげに微笑んだ。
「学校へ行けば、嫌でも耳に入るからさ。ボクから直接伝えるね」
俺は最悪の展開を予想したが、結果はそれ以上というのか以下というべきなのか。
関わった全ての人間が極刑に処されていた。
菓子を手渡したとされる人物は新興貴族の息子で、ギュンターを子供と思って利用しようとしたらしい上級生だった。
王子をびっくりさせるとか、何とか言ってギュンターを誘ったらしいが。
日和って自分で渡さず、ギュンターを使ったのが失敗の原因だろう。
自分で渡してたら、王子は食べずに対処しただろうに。
日記によれば、ギュンターはその計画を疑ってたようだしな。
今思うと、計画を利用したのかもしれない。
まさか王子より先に食べるなんて、誰も考えなかっただろうから。
ただ恐ろしいのは、その新興貴族だけでここまでの計画を実行できたかという疑問だ。
自分の子供を使って暗殺を企てるのはあり得ない訳じゃないが、毒の出所が不明なままらしい。
判明した事実を基に、結局新興貴族とはいえ、即座に一族全員処刑されてしまったそうだ。
王子を暗殺し、残されたギュンターに疑いの目を向けさせ、現ヴェリタニア帝国の国務大臣であるアルトルフ宰相に帝位をとか、何か聞くに堪えない動機が痛すぎる。
結局彼らも誰かに利用されてたんだろうに。
「叔父上も、ボクも王になんかなりたくないってのに。ボクを殺して叔父上に恩を売るつもりだったんだろうなぁ。むしろ叔父上の逆鱗に触れたんじゃないか」
んがっ。そんなやばい事さらっと言いやがって。
「おまえは、命狙われてるんだぞ」
「先輩は心配性だね。王族なんて生まれた瞬間から、サバイバルだよ」
会を主催したミルズ伯爵も、財産の半分を没収されたうえ爵位を取り上げられた。
「潔白ではなかったからね。その新興貴族と親交があったんだ」
「疑わしきは罰せよじゃないか、それじゃ」
王子はまた、力なく微笑む。
「もちろん証拠はあったさ。王家に歯向かうとは、そういうことなんだ。家族が生きてるというだけで、ミルズ伯爵家は感謝してると思うよ」
そんな。
「これで暫くは、大人しくなってくれると良いんだけど。王位を狙ってる輩も」
そこで王子のセル・フォノに着信が入る。
「あ、ディーか」
誰だ?
「分かった~。いつもありがとう」
セル・フォノを切り、俺の顔を見る。
「ディディエ、ボクの従兄だよ。宰相の息子さ。毎年、復学時の見世物役を買って出てくれるんだ」
はぁ?
「貴族の王子や王女なんて珍しいだろ。こういう時のパレードじゃないと直接会えないからね」
ああ、と俺の頭にテレビで見た、車の中から集まった国民に手を振る皇族の映像が浮かんだよ。
「やんのか、あのロイヤルウエーブ」
と手を振る真似をする。
「みんな生でギュンターを見たいだろうからなぁ。何せ、唯一のユニコーンだからね。絶対見せないけど」
は? やんないのか。
「一般学生に紛れて、ボクたちはクロイツへ戻るよ。クロイツへ戻ったところで君は注目の的だから。目立たないように寮へ入る段取りだ」
王子を隠す為じゃないのか。
「カモフラージュに、ディーがセル・ヴィークルで派手にパレードしてくれるってさ」
言いながらセル・フォノをタップし、何かを探している。
「ビックリするくらいのイケメンだからね、ディーは王族の中でも人気が凄いんだ」
と見せてくれた人物は、確かに綺麗な顔をしていた。
サラサラ金髪に透明感のある青い瞳。
こりゃまた、違うタイプの王子様だ。




