ずっと待ってたんだよ
王子のお土産のセーグルはもちろん、タマラお母さんとジョイスの料理は城じゃ味わえない家庭料理で、特にキャセロール料理は絶品だった。
王子も俺も、お代わりして食べたもんな。
前の日にウェインが獲ってきた鴨肉も絶品だったけどね。
残念ながら、暗くなる前に城に戻らないとならないってことで、俺たちは三時過ぎにはジムの家を出発しないといけなかった。
帰る時、すっかり王子に懐いていたビニーが泣いて王子から離れず、あれは可哀そうだったなぁ。
それで「じゃぁ泊まる」と言いだした王子に、オトナ全員が一瞬青ざめたのは見なかったことにしとこう。
あいつの意外な面を見られて、ちょっと今日は得した気分だ。
「日記かい? 続けてたんだ」
シャワーを浴びた王子が、上気した顔で戻ってきた。まだ濡れてる髪の毛をタオルで拭いている。
マジできれいな顔してるんだよなぁ。今後成長が実に楽しみだ。
将来どこまで化けるんだろう、こいつは。
「せっかく、彼も書いてたからね。続けてやらないと、悪い気がして」
へぇ~、と王子が笑い俺のデスクに腰掛けた。
そこ座るの好きだな。
「ボクたち貴族ってね、実は日記を書くのがある意味ステータスなんだよ」
は? そうなの。
「オスカーも書いてるのか」
「一応ね、王子だから書かないと不味いらしい。もう習慣化したよ」
お貴族様も、王族様も大変だな。と、のんきにディスプレイを眺めてたら。
「学校へ戻る前に、大事なことを伝えとかないといけないんだ」
は?
「これはマジで、大事な話だ。ウィルに話してもらうつもりだったんだけどね」
「な……に?」
真剣な顔して、何だよ急に。
「あ」
おいっ。
「自分でフっといて何赤くなってるんだよ」
「ごめん。その、アレだ。せ、せっ」
はぁ? 上気した顔がますます赤くなってどうした?
「その年でセックスでもするのか王族は?」
子供らしからぬジョークのせいか、王子が真っ赤になっちゃったよ。もしかして図星か?
「『ち、ちがうっちゃ。精通の話じゃ! 宇條先輩のバカタレが!』」
はぁっ? なんで日本語? しかも方言丸出しで喋ったよな、今。
じゃねぇ。
「『お前何で、日本語喋れんだよ。しかも方言丸出し』」
驚いて、王子の腕をつかんでしまった。
「『ううっ』」
今更口を抑えても遅せーわ。
「『ごめん。隠すつもりは全然無かったんちゃ。本当はボクも転生者で、宇條先輩と違うて、赤ちゃんで生まれたけぇ』」
はいぃ? この訛りで宇條先輩って呼ぶ奴は……
ちょっと待てぇいっ!
「『おいっ、もしかしてお前、一ノ瀬か』」
そう言うと王子が、ボロボロと涙を流して泣き出したよ。
「うわぁ~んっ」
としがみ付かれた。ずびずびと鼻をすすって泣いてやがる。
「『宇條せんぱーいっ。一ノ瀬ですぅ~~っ。ぐすんっ。おぼえでてくれだぁ~っ』」
と涙と鼻水を垂れ流した王子が顔を上げる。
なんだよ、この展開は。
「『泣くなって。一ノ瀬、泣くな。イケメンが台無しじゃろうが』」
あーあー、しかたねーな。王子が頭を拭いていたタオルで顔を拭ってやる。
「そうか、お前、俺より先に死んじゃってたのか。気が付いてやれなくて、お参りにも行けなくて、ごめんな」
「うわぁ~んっ」
また声に出して泣き出したよ。しがみつくなって、俺の上に乗るなよ、おまえっ重いんだって。
「同じ大学に入って、同じバスケサークルに入ってたんですよぉ」
ん? 一ノ瀬が来たらすぐ分かるはずだぞ。バスケサークルには、居なかったよな。
「一ノ瀬っていたっけ?」
肩に押し付けてた頭を上げ、半べそかいた顔で俺を睨んだ。
イケメン王子が、涙と鼻水でどろどろだよ。
しょうがないから顔を拭いてやるが、言っとくが拭いてる俺もまだ子供だからな。
「親が離婚して……名前が……」
手がちっちゃいんだよ。こっちはよぉ、上手い事拭けないから、もう泣くなって。
「あ~、名前が変わってたのか。そりゃ、分からないな。こら、じっとしてろ、ほら」
何とか顔を拭いて、王子も少しは落ち着いたよな。
「先輩に伝えようと思ったその日の朝、ボク、車に跳ねられたんだ」
あ。お前も事故だったんだ。
「そうかぁ。オレは上から降ってきた何かに潰されたけど、なんだぁ、お前は交通事故だったんだ」
髪の毛を整えて、いつもの王子に戻ったか。
「うん。ありがとう先輩」
何だ、俺たち仲間だったのかよ。ったく驚かせるなぁ。
いろいろと今までの事も、腑に落ちてきたぞ。
「気が付いたらこの世界で泣いてた。赤ん坊になってた」
「赤ちゃん? そりゃ壮絶だな。で、いくつで死んだんだ?」
「十九」
「十九! 何だよ、成人前じゃないかよ。それは、なぁ……辛かったなぁ」
あぁあぁ、また涙こぼして、もうっ。
「もう先輩に会えないかと思うと悲しくて、泣いてたの覚えてる」
何だそれ。
「死ぬ瞬間に強く思った感情がそのまま残っててさ、先輩に会いたいって」
そう言ってもたれかかってきた。
「ああ、俺はやり残したことばっかり悔やんでたな。
甘えんのは良いけど、今は俺の方が小さいんだよ、分かってるかオスカー」
「あ、ごめん。重かったね」
と言うや体を入れ替え俺を膝に跨らせる。
「これでよし、と」
今度はぎゅっと抱き寄せられた。
「ずっと待ってたんだよ」
はぁ?
「先輩が亡くなったら、ボクの婚約者に転生させてくれと、カリエルにお願いしてたから」
「はぁんっ?」
「ほら、出てこなかった? 背中に羽生やした天使みたいなの」
と体を離し、顔を覗き込んできた。
ああっ、その顔は。見慣れてきたとはいえ、な、心臓に悪い。
そういえば出てきてたな。急に消えて居なくなったっけ。
「ボクの転生先がどうやら選択間違いだったらしくてさ、お詫びにリクエスト聞いてくれるって言うから頼んだんだ」
「バカか? たまたま俺が早く死んだから良かったが、爺になるまで生きてたらどうするつもりだったんだよ」
そう言うと、オスカーは片眉を上げ自信ありげにニヤッと笑う。
「不思議な事に平行世界だけど時間が縦軸に流れてるから、こっちの時間で調整ができるんだよ。面白いだろ」
何を言ってんだ、おまえ。
「よく分からんが、爺ぃになってても結局十歳のこの体に転生可能ってことか?」
「そういうこと。さすがギュンター、理解が早いね」
未だに全然理解はしてねーよ。結果がそうだったって話だろ。
「ギュンターが生死を彷徨っているタイミングで、カリエルが魂を入れ替えたんだよ」
「そんな、簡単に」
ギュンターの取った行動は、そりゃ自殺行為に近かったが。
「たぶん、直後は朦朧としててあまり覚えてないと思うけどね」
そこで、俺を床に降ろした。
「この城に着くまでは夢の中みたいだったよ。玄関ホール前に降りた時、あの似非天使が出てきたんだ。すぐ消えたけどな」
そう言ったらオスカーは、ハハっと笑った。
その翌朝の事。
目を覚ました俺は、また起き上がった時に、肩かどっかに髪の毛を引っ張られた痛みを感じる。
はぁ? これが嫌で昨日髪を切ったはずなのに。
起き上がり、頭に手を当てたら。
「嘘だろ、何だよこれ!」
それで起きたらしいオスカーが、どうしたんだと体を起こすが。
「ギュンター、それどうした?」
知らねーよ。起きたら髪の毛が元に戻ってたんだよ。




