ヴェリタニアの御三家
ティムのヨイショに担がれて、人馬ともにヘロヘロになるまで鍛えられたよ。
常歩に速足、駈足に襲歩。
障害はまだ無理だが、まぁ仮免は取れたんじゃないか?
「坊ちゃん、今日はここまでにしましょうや。初日にしては上々の上ですぜ」
「うん。ありがとう、ティム。早く、ビートを休ませてやりたい」
「へぇ、ビートも今日は頑張ったからなぁ。顔見りゃ分かりますぜ。満足そうな顔してやがる」
母馬が来たからか、また甘えた感じでティムの馬に鼻先をこすりつける。
ビートは優しくて良い馬だよなぁ。俺の為にすまなかったなぁ。
息の上がっているビートが気になって、何度も馬上から首に抱き着いては労ってたが、これってビートに伝わってるのかな。
下馬したら、ビートが頭を寄せてきたので、思わず抱きしめた。
「よしよし、今日はありがとう。よく頑張ったね」
「ビートは、すっかり君の馬だな」
なんて言いながら、王子が涼しげな顔でやって来たよ。
背丈より高い壁を飛び越えてたよな、こいつ。
「やっと終わったよ。殿下も?」
うんと頷き、王子が馬から降りる。
手綱を引いて、そのまま一緒に馬に水をやりに行く。
俺らの後ろをティムも馬を連れて、付いて来ていた。
殿下と一緒に居た人は、馬丁とは違う服装だったけど誰だったんだろう。
辺りを見回すが、既に姿がなかった。騎士と言うか兵士みたいな恰好だったよな。
「何か気になるの?」
ビートってば、凄い音を立てて水を飲んでるな。
「いや、大したことじゃねーけど、殿下と一緒に誰か居たじゃん。もうどっか行っちゃったけどさ」
ああ、と王子が合点のいった顔をする。何かあるのか?
「近衛騎士の一人だよ。ボクたちのガード」
おお、分からないように見張ってるっていう、アレか。
「その隊長のルーカス・フォン・Alpha・ローゼンベルク。君の二番目の兄さんだよ」
「げっ。何度もこっち見てたのは、それでか。オレ、顔知らねーから知らん顔しちゃったよ」
とたん、王子が破顔する。もう楽しくてしょうがないみたいに。
そこまで笑うことかよ、ったく。
「写真だけじゃ分かんねーよな。あはは。ルークも可哀そうに」
「兄さんって、やっぱり俺と仲良しだよな」
「君にはべた甘だよ。あーーっ、おかしいっ。すっかりしょげ返って行っちゃったのは、それが原因か」
さも楽し気に膝を叩いて笑ってるよ。
「でも、彼はヴェリタニア帝国一の乗り手なんだよ。つまり、世界一の騎手なんだ」
「え? そりゃ、すげーな俺の兄貴。顔知らんけど」
「ぶっ、他人事みたいに」
と、また声に出して笑う。
しょうがねーだろ。知らねーし実感もねーし。
「おまえんちの兄妹、実は皆化け物揃いなんだよ」
何だって?
「長男カールは世界各国に展開するローゼンベルク商会を取り締まる若き代表で、ノーフォーク家(ランカスター家に次ぐ大貴族の一つ)へ嫁いだカリーナに至っては、ノーフォーク家の家長を尻に敷いてほぼ女領主的な存在で、近隣の貴族たちを従えてるし」
「ああ、あの綺麗なお姉さんか」
ずっと俺に付き添ってくれてた、きりっとした美人を思い出す。
母親にしては若いと思ってたんだよな。そうか、あの人が長女なんだ。
「次女のクララはアカデミーきっての科学の才女だ。セカンダリー(ハイスクールも含む)に教室を持ってるよ。もし選択するなら、クララが教えてくれる」
え、ちょっと待って。
情報が渋滞してきた。まだ何か言いたそうな王子に手をあげて、待ったをかける。
えっと、長男が家業を継いで、次男は近衛隊長。一番上の姉ちゃんは嫁に行った先を牛耳ってるのか。次の姉ちゃんは大学生でセカンダリーで教室を持ってる?
「もう一人いたよな、確か……お姉ちゃん」
王子が待ってましたとばかり、意地悪な笑顔を浮かべる。
「ボクより三つ上にね。セカンダリーに居るよ」
う~、国史や貴族名鑑より先に俺の家族構成だろ、覚えるのは。
「戻ったら、ローゼンベルク家について話すか」
「そうしてくれると助かる」
あー、頭が煮えそうだぜ。せめて次男の兄ちゃんだけでも覚えておかなきゃ、気の毒になってきたぞ。
たっぷり水を飲んだのか、ビートが首を振りながら激しく鼻を鳴らした。
「鼻に水が入ったのか」
手を伸ばすと、すかさず頭を摺り寄せてきた。
うへぇ~、慣れたら犬みたいに可愛いなぁ馬って。
さぁて、厩舎に戻って体を洗ってやるからな。
王子に並んで厩舎へ入る。
「明日の授業でも、ウィルにローゼンベルク家についての講義を頼んどくよ」
「そんなに話すことあるのか、ローゼンベルク家」
「公家の一つだからね。ランカスター家、ノーフォーク家に次ぐ家柄だ。ヴェリタニアの御三家ってところだな」
あ……、今日やったなそう言えば。貴族名鑑。
「んじゃ殿下、またあとで」
「ああ、ギュンター」
やれやれだ。お貴族様も、やってみると楽じゃねーんだな。
ストールに付くと、ジムが待っていてくれた。
「じゃぁ、坊ちゃんお手入れしましょうか。あっしがここで見とくんで、分からないことがあったら聞いておくんなさい」
「分かった。ありがとうジム」
さぁて、お疲れさんのビートくんをしっかり手入れしてやらないとね。
腕まくりをして、さてやるか。




