6話 夜のアトリエ
――ある日の夜。
大学、芸術棟。アトリエ内。
ふとスマホを見ると、もう二十時を過ぎていた。
つい絵を描くのに夢中になり、遅くなってしまった。
もう少しだけ描いたら帰ろう。
再びキャンバスに向かおうとしたその時、声を掛けられた。
「まだやってるんだ。さすが篠宮! 命削るの好きだねぇ」
その言葉、そっくりそのまま返したい。
お前だって、この時間までここに居たんだろ……。
同じ学年・学部の黒瀬 悠月だ。
入学した頃から、なぜか目をつけられていて、事あるごとに絡んでくる厄介な存在だ。
いつもゴシックな少年のような服装をした小柄な男子で、アシンメトリーな銀髪にピンク色のメッシュが入っている。
その意地悪な笑顔が、月に照らされて小悪魔のように見えた。
「まぁ、ボクも同類だから気持ちは分かるよ」
……悠月は何も分かっていない。
俺は命を削りたいわけじゃない。夢中で描いていて、気づいたらこの時間になっていただけだ。
悠月は黙っている俺に構わず続けた。
「このままふたりで夜明けまで描いてよっかぁ」
「……あと少し描いたら帰る」
「へぇ〜? 篠宮はそれでいいんだ?」
「何が言いたい」
「時間も何もかも忘れて、作品のことだけ考えて生きる。それが“芸術家としての自由”なんじゃないのー?」
「知らない」
気が散って作業が進まない。もう今日は切り上げよう。
悠月は俺の絵を見て楽しそうに言う。
「最近、色使いとか変わったよね。ずっと見てるから分かる」
「……そこまで変えてるつもり、ない」
「嘘だぁ。なんかイイことでもあった?」
「意図してなくても、作品には出るものだよ?」
「……まぁ、こういう篠宮の作品も嫌いじゃないかも!」
悠月は、くすくすと笑いながらしつこく絡んでくる……。
――その時、静かに扉が開いた。
「あ、保護者くんだぁ」
悠月のその声を聞いて振り向くと蒼真がいた。
「漣、やっぱりここだと思った……。昼から全然メッセージ既読つかないし」
「ごめん。スマホ見てなかった」
「また集中してたんだろー? バイト帰りに寄ってみて良かった! 差し入れいろいろ持ってきたけど、なんか食う?」
「ありがと……」
蒼真は悠月にも声をかける。
「あ、キミも遅くまでおつかれさまー。おなかすいてない? なんか食べる?」
「あっは。お気遣いどーも。でもボク、そういう“温度”で描いてるタイプじゃないから」
「?? そ、そう……」
悠月は俺の肩をポンと叩き、耳元で囁く。
「ねぇ、篠宮。
それって、本当に“自由”なの?」
自由……俺はずっと自由に描いてる。つもり。
悠月が言う、“自由”ってなんだ……?
「じゃ、またねー。篠宮」
そう言って悠月は自分の席に戻っていった。
悠月の足音が遠ざかり、アトリエには再び静寂が戻った。
片付けを手伝ってくれている蒼真の横顔を見て、ざわざわとした心が少し落ち着いた。
俺は蒼真が居るから描き続けられてる。
でも――もし蒼真が居ない世界だったら。
俺は、どんな色を選んでいたんだろう。




