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隣の景色  作者: のゆ
7/12

6話 夜のアトリエ

 ――ある日の夜。

 大学、芸術棟。アトリエ内。


 ふとスマホを見ると、もう二十時を過ぎていた。

 つい絵を描くのに夢中になり、遅くなってしまった。


 もう少しだけ描いたら帰ろう。

 再びキャンバスに向かおうとしたその時、声を掛けられた。


 「まだやってるんだ。さすが篠宮(しのみや)! 命削るの好きだねぇ」


 その言葉、そっくりそのまま返したい。

 お前だって、この時間までここに居たんだろ……。

 

 同じ学年・学部の黒瀬 悠月(くろせ ゆづき)だ。

 入学した頃から、なぜか目をつけられていて、事あるごとに絡んでくる厄介な存在だ。

 

 いつもゴシックな少年のような服装をした小柄な男子で、アシンメトリーな銀髪にピンク色のメッシュが入っている。

 その意地悪な笑顔が、月に照らされて小悪魔のように見えた。

 

「まぁ、ボクも同類だから気持ちは分かるよ」


 ……悠月は何も分かっていない。

 俺は命を削りたいわけじゃない。夢中で描いていて、気づいたらこの時間になっていただけだ。

 悠月は黙っている俺に構わず続けた。


「このままふたりで夜明けまで描いてよっかぁ」

「……あと少し描いたら帰る」

「へぇ〜? 篠宮はそれでいいんだ?」

「何が言いたい」

「時間も何もかも忘れて、作品のことだけ考えて生きる。それが“芸術家としての自由”なんじゃないのー?」

「知らない」


 気が散って作業が進まない。もう今日は切り上げよう。


 悠月は俺の絵を見て楽しそうに言う。


「最近、色使いとか変わったよね。ずっと見てるから分かる」

「……そこまで変えてるつもり、ない」

 

 

「嘘だぁ。なんかイイことでもあった?」

「意図してなくても、作品には出るものだよ?」

「……まぁ、こういう篠宮の作品も嫌いじゃないかも!」

 

 悠月は、くすくすと笑いながらしつこく絡んでくる……。


 ――その時、静かに扉が開いた。

 

「あ、保護者くんだぁ」

 悠月のその声を聞いて振り向くと蒼真がいた。


「漣、やっぱりここだと思った……。昼から全然メッセージ既読つかないし」

「ごめん。スマホ見てなかった」

「また集中してたんだろー? バイト帰りに寄ってみて良かった! 差し入れいろいろ持ってきたけど、なんか食う?」

「ありがと……」


 蒼真は悠月にも声をかける。

「あ、キミも遅くまでおつかれさまー。おなかすいてない? なんか食べる?」

「あっは。お気遣いどーも。でもボク、そういう“温度”で描いてるタイプじゃないから」

「?? そ、そう……」


 悠月は俺の肩をポンと叩き、耳元で囁く。

 

「ねぇ、篠宮。

 それって、本当に“自由”なの?」


 自由……俺はずっと自由に描いてる。つもり。

 悠月が言う、“自由”ってなんだ……?


「じゃ、またねー。篠宮」

 そう言って悠月は自分の席に戻っていった。


 悠月の足音が遠ざかり、アトリエには再び静寂が戻った。

 片付けを手伝ってくれている蒼真の横顔を見て、ざわざわとした心が少し落ち着いた。

 

 俺は蒼真が居るから描き続けられてる。

 でも――もし蒼真が居ない世界だったら。

 俺は、どんな色を選んでいたんだろう。


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