53話 前夜(蒼真)
ついに明日は卒業式。
部屋の中は静まり返っているのに、胸の奥は落ち着かない。
明日、漣に好きだって伝える。
そう決めたのに、いざ明日なんだと思うと、心臓の音ばかり大きく聞こえる。
明日で、大学生としての日々が終わる。
オレは無事に就職が決まって、春からは小学校の先生になる。
一ヵ月後にはもう教壇に立っているなんて、なんだか信じられない。
漣は、教授に紹介された人に声をかけてもらって仕事が決まったらしい。
それを聞いた時は、自分のことみたいに嬉しかった。
春からは、お互い新しい生活が始まる。
今までみたいに当たり前に会えるわけじゃない。
連絡の回数だって減るのかもしれない。
芸術棟のアトリエに行って漣の様子を見る――なんてことはできなくなる。
机の上に置いた小さな鍵をぼんやりと見つめる。
この合鍵は、せっかくもらったけど返さなきゃ。
返したくない。
でも、持っていたらきっとまた甘えてしまう。
漣だって、オレのことをずっと気にかけながら生きることになる。
この鍵をもらってから、漣と過ごした時間は本当に幸せだった。
漣が帰ってきたら「おかえり」って言えて、一緒にごはんを食べて。
そんな時間がずっと続けばいいのにって何度も思った。
漣を誰にも渡したくない気持ちは変わらない。
でも――。
もしこの先、漣が誰かと一緒に生きたいって思った時、負担になりたくない。
かといって、友達に戻れるかと言えば、違う気がする。
それだけ漣への気持ちが大きくなりすぎた。
明日を逃したら、もうこの先ずっと、好きだって言えない気がする。
言ったら、漣はどんな反応をするんだろう。
漣は優しいから、きっと否定も肯定もしない。
いつもの落ち着いた顔で「そっか。言ってくれてありがとう」なんて言うのかもしれない。
それとも――伝えた瞬間、拒絶されたらどうしよう。
考えるほど、息が詰まりそうになる。
深呼吸をひとつして、スマホを手に取る。
漣とのトーク画面を開くと、指先が少しだけ震えた。
何度も打っては消して、結局短い言葉だけが残った。
『明日、卒業式のあと時間ある? 話したい』
送信。
少しして、漣から返信が来る。
『うん。式のあと、落ち着いたら連絡する』
いつも通りのシンプルな返事だった。
もう後戻りできない気がして、画面を見つめたまましばらく動けなかった。
『わかった! じゃあ、芸術棟のほう行くね』
いつも通りみたいに返したつもりだった。
でも、送信したあと、指先の震えはなかなか収まらなかった。
最後まで自分勝手だけど。
それでも、大好きな気持ちを伝えさせて。




