48話 最後の学園祭(漣)
大学生活で最後になる学園祭が始まった。
展示室の中は静かだけど、廊下に出れば、窓の外から聞こえる模擬店の呼び込みや笑い声が絶えない。
そんな空間の中で、自分の作品が壁に掛けられている光景は何度経験しても少し落ち着かなかった。
今年も蒼真は、自分たちの模擬店の合間に展示を見に来てくれた。
展示室の入り口付近で合流して、少し話したその時、スマホが震える。
俺の五つ年上の兄、律からのメッセージだった。
『これから漣の作品見に行くから。もう少しで着く』
兄さんは出版社で編集の仕事をしていて、毎日忙しくしている。
それでも、最後の学園祭だからと時間を作ってくれたらしい。
そういう律儀なところは、昔から変わらない。
そばにいた蒼真に言う。
「蒼真、これから兄さんが来るって」
「え! 律くん来るの?! 会いたい!」
蒼真が兄さんに会うのは、三年前の兄さんの結婚式以来だ。
小中学生の頃は、家で三人でゲームをしたり、一緒に出かけたりしていた。
人懐っこい蒼真は、すぐに兄さんに気に入られて仲良くなっていた。兄さんも蒼真のことを、本当の弟みたいに可愛がっていた気がする。
しばらく入り口で待っていると、兄さんがこっちへ歩いてくるのが見えた。
蒼真が笑顔で迎える。
「律くん、久しぶりー!」
「おー、蒼真! 久しぶり。背、伸びたな」
「あはは、律くんの結婚式から背伸びてないよ!」
「えー? そうかぁ?」
そんなふうに自然に会話してるのを見ると、少しだけ懐かしい気持ちになる。
兄さんは、長身で、清潔感のある黒髪がよく似合う人だ。落ち着いた雰囲気と人当たりのよさがあって、俺とは違って、どこにいても自然に人の目を引く。
廊下にいた人たちが、「誰あの人?」「先生?」「OB?」「芸能人?」なんて小さくざわめいている。
学園祭にこんな目立つ人が来たら、周囲がざわつくのも無理はない。
兄さんがスマホを見ながら言う。
「漣、母さんと父さんもあとで来るってさ」
「そうなんだ」
家族に作品を見られるのは、やっぱり照れくさい。
でも、毎年こうして来てくれることは少し嬉しかった。
***
三人で展示室を見て回ったあと、ようやく自分の作品の前に立つ。
今年描いたのは、雨上がりの光をテーマにした作品だった。
蒼真が俺を見つけてくれたあの雨の日みたいに。
重たく垂れ込めていた空気がほどけて、少しずつ明るさが差し込んでくる。
そんな絵にしたかった。
しばらく黙って見ていた兄さんが静かに言う。
「……いい絵だな。明るくて、清々しい気持ちになる」
「そう……かな」
「うん。ちゃんと前に進んでる、って感じがする」
隣で蒼真が大きく頷く。
「分かる! なんか、ぱーって光が差し込んでて見てると前向きな気持ちになる。すごい好き、この絵!」
ふたりにそんなふうに言われると、さすがに落ち着かない。照れくさくて、視線を逸らす。
「……ありがとう」
兄さんが俺を覗き込んで言う。
「頑張ったんだな」
頭を撫でられて少しだけ居心地が悪い。でも、不思議と嫌ではなかった。
子どもじゃないのに、と思うのに振り払えなかった。
兄さんはまっすぐ俺を見ながら言った。
「こんなに素敵な作品を描けるなんて、やっぱり漣はすごいよ」
横では蒼真まで、嬉しそうに「うんうん」と大きく頷いている。
最後の学園祭で、兄さんと蒼真にこの絵を見てもらえた。
それだけで、今日という日が少し特別なものになった気がした。




