3話 静かな祝福(漣)
――七月五日・昼。大学の学食にて。
俺(篠宮 漣)は、窓際の席でひとり食事をしていた。
昼時の学食は、いつにも増して騒がしかった。
トレーを手にした学生たちの笑い声や話し声が、混ざり合う。
その中でも、ひときわ目立つ声が聞こえてきた。
「蒼真、誕生日おめでとー!」
「蒼真くん、今日誕生日だよね? おめでとう!」
「先輩、今日で二十一歳でしたっけ? おめでとうございます!」
――そう、今日は蒼真の誕生日。
俺は少し離れた席から、その様子を見ていた。
蒼真の友人たちが声をかけたり、プレゼントを渡していく。
蒼真はその中心で、いつも通り少し大げさなくらいの笑顔を浮かべていた。
「ありがとー! 覚えててくれたの嬉しいよー!」
軽く手を振りながら、明るい声で返している。
今年も、蒼真はたくさんの人に祝われている。
――やっぱり、そうだよな。
人懐っこくて、誰とでも自然に距離を縮めてしまう。
蒼真が好かれる理由は、今さら考えるまでもない。
そんなことを思いながら眺めていると、蒼真がこちらに気づいたのか、もらったプレゼントが入った袋とトレーを持ってやって来た。
「漣! 隣いい?」
「……うん」
たくさん祝ってくれる相手がいるのに、それでも俺の隣に来る。
それだけで、胸の奥が静かに揺れた。
蒼真は俺の隣に座ると、いつもの調子で言った。
「ねえ、今日さ」
「ん?」
「学校終わったら、漣ん家行ってもいい?」
一瞬、言葉に詰まった。
「……え?」
「ダメ?」
てっきり、誰かと約束しているものだと思っていた。
誕生日だし、飲みだとか、集まりだとか。
そういう予定があるんだろうと勝手に思い込んでいたから。
「……いいけど」
「やった!」
蒼真は嬉しそうに笑う。
その無邪気さに、胸の奥がきゅっと縮んだ。
特別な日に、俺を選んでくれた。
蒼真にとっては何気ない選択かもしれない。それでも、すごく嬉しかった。
***
――夕方。
俺が一人暮らししているアパートに蒼真と一緒に向かう。
部屋に入ると、いつものように蒼真はソファに腰を下ろし、部屋を見回している。
「相変わらず静かだなー、漣の部屋」
「バースデーソングでも流す?」
「やめて」
そう言って笑う蒼真を横目に、俺は少しだけ緊張しながら小さな袋を差し出した。
「……はい」
「ん? なにこれ」
蒼真が袋を開ける。
中から出てきたのは、樹脂粘土でできたラーメンのミニチュアキーホルダー。
「え、なにこれ……すご!」
「……自作。初めてにしては、悪くないと思う。この前のラーメン、再現してみた」
本音を言えば、自信作だった。
スープの透明感も、麺の流れも、納得いくまで何度も作り直した。
誕生日に渡すものだから、適当にはしたくなくて細かいところまでこだわってしまった。
蒼真がミニチュアをいろんな角度から眺めながら言う。
「漣が作ったの?!」
「うん」
「すごくない?! てか、かわいいー!」
「……誕生日、おめでとう」
そう言うと、蒼真はぱっと顔を明るくして言った。
「ありがとう! 毎年さ……漣が言ってくれるのが一番嬉しい!」
迷いも、照れもない声で、当たり前みたいにそう言う。
そんなふうに言われるなんて思っていなかった。
喉の奥が少しだけ熱くなる。
その言葉が胸に落ちて、じんわりと広がっていく。
***
――夜。
玄関で靴を履きながら、蒼真がふと思い出したように言った。
「今日、なんかいろいろ誘われてたんだけどさ」
「……へえ」
「でも、漣ん家来られてよかった! プレゼント大事にする!」
そう言って、いつもの笑顔で手を振る。
「じゃ、また明日なー!」
ドアが閉まる音が、部屋に静かに響いた。
他の誘いより俺の家を選んでくれた理由なんて、分からない。
騒ぎたかったわけじゃなかったのかもしれないし、ただ、いつも通り過ごしたかっただけかもしれない。
それでも今日、蒼真がここに来てくれたことが嬉しかった。
胸の奥が、少しだけあたたかい。
――いや。
少しどころじゃない。
熱くて、切ない。




