↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の景色  作者: のゆ
4/62

2話 いつも通りの距離(漣)

 ――ある日の午後、大学併設のカフェにて。


 二週間後に控えた試験のため、カフェには教科書を広げる学生が多かった。

 俺――篠宮 漣(しのみや れん)と蒼真(そうま)も、その中の一組だった。


 窓際の二人席。カップが受け皿に触れる音と、落ち着いたBGMが静かに流れている。

 その中で、向かいに座る蒼真の声だけがやけに近く感じた。

 

 蒼真がテキストを指さして言う。

 「れんー、ここ分かんない」

 「……それ、教育学部の範囲だろ。俺まったく分からない」

 「まあまあ、見てみ。漣なら分かる気がする!」

 テキストを少し覗き込む。

 やっぱり見慣れない単語ばかりで、何ひとつ分からない。

 「気のせいだと思う」

 「だよなぁ……」

 

 蒼真がうなだれる。

 シャーペンをくるくる回していたかと思えば、諦めたみたいにアイスカフェラテを一口飲む。でも、すぐに教科書へ視線を落とした。

 

 こういう切り替えの早さも、蒼真のいいところだと思う。


 ――が、その集中は長く続かなかった。

 教科書を数ページめくったところで、蒼真はぱたん、とそれを閉じる。


「なぁ、漣。このあとの予定は?」

「画材買いに行く」

「隣駅のとこ?」

「そう」

「オレも着いてっていい?」

「……うん」

「やった!」


 そのやりとりで、さっきまでの勉強モードはどこかへ消え去った。


 ***


 画材店に入ると、紙やインクが混ざった独特の匂いがした。

 壁一面に並ぶ筆や絵の具、キャンバス。見慣れた道具たちに囲まれると、少しだけ気持ちが上がる。

 その隣で、蒼真は子どもみたいに目を輝かせていた。

 

 「筆の種類、多っ!」

 「それぞれ用途が違うから……」

 「これは何に使うのー?」

 「それは……」

 

 興味津々で聞いてくる蒼真に付き合っているうちに、気づけば俺は、筆の違いや使い道をひとつひとつ説明していた。

 蒼真は「へぇー」とか「すげー」とか、そのたび素直に反応する。

 そういうところが、少し楽しい。


 会計を済ませて外へ出ると、出口の近くで待っていた蒼真がこちらを向いた。

 そのまま合流して、ふたりで駅に向かって歩き出す。

 

 隣を歩く蒼真が、思いついたみたいに声を上げる。

 「何に使うか分かんない道具選んでる漣、なんかかっこよかった……!」

 「褒めてるのかそれ」

 「もちろん!」

 「ふふっ……何言ってんの?」

 「ナイフみたいなの真剣に選んでる姿、RPGの武器屋で装備見てる人みたいで、めっちゃかっこよかった」

 

 思わず吹き出す。中二病かよ。

 蒼真の適当な褒め言葉は、だいたい雑だ。

 でも、その雑さが妙におかしくて、つい笑ってしまう。

 

 やっぱり蒼真と一緒にいると楽しい。

 十年以上一緒にいても、こうして笑っていられる時間に心が和む。

 

 蒼真が、隣で急に思いついたみたいに口を開く。

 「そんなかっこいい漣に提案なのですが」

 「嫌な予感しかしない」

 「今からラーメン食べに行きませんか?」

 

 間髪入れずに続く。

 「もうちょい一緒にいようぜー? ラーメン食べたい! 食べたい! 食べたい!」

 「……分かったから」

 

 それ、もう“行く”選択肢しか選ばせないやつだろ。

 

 ***


 いつものラーメン屋は、夕方でも賑わっていた。

 店内の熱気と、スープの匂いが混ざっている。


 俺は髪を耳にかけ、麺を啜り始める。

 向かいに座る蒼真が、箸を止めたままじっとこっちを見ていた。何なんだ。

 目が合うと、蒼真が口を開いた。

 「なぁ、漣さんよ」

 「なに」

 「……なんでさ、ラーメン食ってるだけでそんな様(さま)になるわけ?」

 「……は? 何の話?」

 「ずるくない?! 羨ましすぎて爆発しそうなんだけど」

 「なにそれ、大げさすぎ」

 

 しょうもない会話に自然と笑ってしまう。蒼真がおかしなことを言って、俺が適当にあしらう。

 いつも通りのやりとりが、少しだけ嬉しかった。


 ***

 

 店を出る頃には、外はもう薄暗くなっていた。

 

 駅へ向かう道、今日も蒼真が俺の右隣を歩いている。

 その距離が、俺にとってだけ特別な意味を持っていることも知らずに。

 

 それを蒼真に知ってほしいわけじゃない。

 蒼真との日常が当たり前にずっと続いてくれるだけで良かった。


 ――この日常が、いつまで続くのかなんて考えもしなかった。考えないようにしてた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。