43話 今はそれだけで(蒼真)
ここ数日、漣に送るメッセージの文面が変だった。
あの雨の夜以来、ずっと。
敬語で丁寧すぎて、見返すと笑いそうになった。
漣のことを意識した途端、どんな風に送ればいいか分からなくなって。
でも今日は、普通に送れた。
『おはよー
今日、バイト帰りに家行っていい?』
送ってから、胸の奥がすっと軽くなった。
やっと呼吸が戻ったみたいだった。
漣とまた繋がってるって思えるだけで、安心できた。
***
午後。
借りていた本を返却するため、大学内の図書館に向かった。
図書館に入ろうとしたところで、自動ドアが先に開いた。
出てきたのは漣だった。数冊の本を抱えていた。
ここで会えると思っていなかったから、一瞬、呼吸が止まる。
「……漣!」
いつもの癖で肩を叩こうとして、手が途中で止まった。
あの雨の夜から何度か会って、会話もした。連絡も普通に戻った。
それなのに、触れるのはためらってしまう。
前と同じように触れていいのか、まだ分からない。
代わりに軽く手を上げて、笑って声をかける。
「いま借りてきたの?」
漣は一瞬だけ目を見開いて、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
「……うん。蒼真は?」
「返却にきた!」
「そっか」
「うん! じゃあ、またあとでなー!」
「うん」
短い会話だった。それでも、漣の声を聞けただけでほっとする。
もう少し早く来てたら、漣が本を選ぶところ見ていられたのかも――。
そんなことを思って、自分で自分がうざくて苦笑した。
そういえば――漣と出会ったのは、小学校の図書室だったっけ。
普段は行かない、あの静かな空間。親の迎えを待つ間、なんとなく立ち寄っただけだった。
今でも鮮明に覚えてる。
オレが落とした本を、漣が拾ってくれた。
無言で差し出されて「ありがと」って言ったら、漣は小さく頷いただけだった。
たまに廊下で見かける子。静かで近寄りがたいけど、なんか気になる。そんなふうに思ってただけで、話しかけたことはなかった。
でも、本を拾ってくれて目が合ったとき――優しそうだって思った。
今なら話しかけられる、って思った。チャンスだって。
で、勢いのまま名乗ったっけ。
……あの時からずっと、オレは漣を追いかけてきたんだな。
閉まった自動ドアの向こうに、さっきの漣の背中が浮かぶ。
十年以上経った今でも一緒に居るって、なんか不思議で嬉しい。
今は、また隣に居られるだけでいい。




