42話 計画通り(彩花)
――ゼミ終わりに、蒼真くんに呼び出された。
もう前みたいに、デートの誘い?! なんて勘違いはしない。
なぜなら、ここ最近の蒼真くん、明らかに深刻な顔してたから。
――あの、いつでも太陽みたいな蒼真くんが。
「どうしたの?」
私がそう聞くと、蒼真くんは言いにくそうに目を伏せた。
「あのさ……オレ、眞白さんと別れたんだ。彩花ちゃんには付き合ったこと報告してたし、言っておこうと思って……」
学食で一部始終を見た時から、予想はしていた。蒼真くんの視線が、眞白さんに向いていないのも分かってたし、もう長くは続かないのかもって。
最初は、眞白さんと蒼真くんが早く別れることを望んでいたはずなのに。いざ別れたって聞くと……心が苦しい。
今では、眞白さんにも幸せになってほしいって思ってたから。
「そうなんだ……何か、あったの?」
「……ほんと最低なんだけどさ……オレ、別に好きな人がいるって気づいて。眞白さんも、それに気づいたみたいで……」
その好きな人が誰か、予想はついてる。胸が痛むけど、言っておかなきゃいけない。
「……蒼真くん、最低だね」
「! だよね……。自分から告白しておいて、眞白さんを傷つけて。ほんと最低だと思ってる……」
そうだよ。しかも、その好きな子(確実に漣くん)に眞白さんを紹介したって言ってたよね? 今までの観察で、もう分かってる。漣くんも、蒼真くんが好きだ。
好きな子の心まで破壊してるじゃん……! 鈍感すぎない?!
何も言えないで俯いていると、蒼真くんは続けた。
「……それなのに眞白さん、『行っておいで』って言ってくれたんだ」
眞白さま、本物の女神かな。なんかもう、ほんと幸せになってほしい……。
「蒼真くん。眞白さんとお別れするくらい、その人のことが好きなんだよね?」
「うん……ずっと好きだったんだと、思う」
「そっか」
ずっと好きだった、その言葉を聞いて確信した。蒼真くんの好きな人は漣くんで確定だ。
……というか、そうであってほしい。ここから新キャラが出てきたら私の心が持たない。
蒼真くんは切なそうな顔で言った。
「気づくの遅すぎた」
蒼真くん、きっと覚悟を決めて選んだんだよね。
「私は応援するよ!」
「……ありがとう。いつかちゃんと気持ち、伝えようと思ってる」
ついに、私の推しカプが進展する……?! でも、いつかっていつ?
早く伝えちゃえ! と言いたい。でも、あの二人みたいな幼馴染同士って、近すぎるからこそ拗れるんだよね。もどかしい。
ハッピーエンド以外は見たくない。
何か、私にできることはないのかな……。
***
――眞白さんに会いに、院生室に来た。
眞白さんには実習や試験のことでお世話になっているし、尊敬してる。だからこそ、放っておけなかった。
眞白さんは、いつもの穏やかな笑顔で迎えてくれたけど、空っぽな感じ。別れた直後の人の顔だ。……たぶん。
ごめん、知らないけど適当言った。私、ゲーム画面の中の人としか付き合ったことないし。
眞白さんが自席の隣に椅子を用意してくれて、向かい合うように座る。
「彩花ちゃん、今日はどうしたの? 試験対策?」
「あの……蒼真くんから、聞きました。それで、眞白さんが心配で……」
「ありがとう。大丈夫だよ」
その「大丈夫」で、余計に心が痛む。
うーん……元気出してほしいなぁ。
私は慰めの言葉を探して、視線がふとデスクの上に落ちる。
置かれたバッグが目に入った。持ち手に、ワインレッドとシルバーのサテンリボン。リボンの中央に、蔓が巻き付いたアンティークシルバーの鍵チャーム。
……えっ? 待って待って。
それ、分かる人には分かる概念グッズ。
――あの、正式タイトルが無駄に長いアニメ。
『転生したら勇者の孫になって魔王様に執着されているんだが〜薔薇鍵の持ち主は私です〜』
略称『薔薇鍵』 ――のグッズですよね?!
ド長文タイトルの略称がサブタイからかよ! って当時、SNSでちょっと話題になっていたやつ。
もしかして眞白さんも擬態型オタク?
胸が高鳴って思わず聞いてしまう。
「眞白さん……そのリボンチャーム……」
「え……?」
「それ……薔薇鍵のグッズですよね?」
「何のこと?」
しらばっくれた! でも無駄です。オタクからは逃げられません。
「『なぜ……お前がそれを持っている……?』ですよね?!」
私は低クオリティな声真似をしてみせた。
「……」
沈黙が、すべてを語る。
「わかる人にはわかります」
「……彩花ちゃん、同類だったのね」
心の中で、がしっと握手をした。
声をひそめて眞白さんに聞く。
「眞白さん、魔王様推しですか?」
「……そうね」
眞白さん、こういうキャラ好きなんだ。へぇ、意外。
なるほど、なるほど。蒼真くんとは全く違うタイプですね。
薔薇鍵の魔王様は、勇者の孫である主人公が持つ薔薇鍵を奪って封印を解こうと執着する。最終的にその執着が愛となって勇者の孫と結ばれる。
魔王の名前は、ルキアード・ローゼンクレフ。
銀髪にワインレッドのメッシュ、左右に角、長身、深紅の鋭い目。いかにもイケメン魔王様な風貌のキャラクターだ。
しかもこの魔王様、勇者に魔力を封印されていて、魔力を使おうとすると少年姿になってしまうという設定。
少年姿は、ルキくん、小悪魔と呼ばれていて、魔王姿と同じくらい人気がある。
待って。小悪魔……?
その瞬間、私の脳内がフル回転した。
浮かぶのは、最近学食でよく見かける人物。
漣くんに執着している小悪魔。
――黒瀬 悠月。
異世界の少年みたいな服装、強気な猫っぽい目、銀髪にピンクメッシュ。
メッシュの色が惜しい? 魔力弱め? そんなの誤差!
この大学にいるじゃん!
ルキアード様、少年期実写版が!!
そして次の瞬間、思考がさらに高速回転した。
もし、黒瀬 悠月の存在を眞白さんに伝えたら……。
・眞白さん → 推しキャラ似の人を知れて幸せ
・黒瀬 悠月 → 女神との対決(予定)
・漣くん → 小悪魔から解放
・蒼真くん → 漣くんとの時間が増える → 進展
・私 → 推しカプが公式カプになる → 供給増
・世界 → 平和
完璧では? これ一石二鳥どころじゃない。社会貢献では??
「……眞白さん」
「なに?」
「落ち着いて聞いてください。この大学にいます……ルキアード様の少年期実写版が!」
眞白さんのまつげが、ほんのわずかに揺れる。
興味がない人の揺れ方じゃない。
「どういう……こと?」
私はスマホを出し、黒瀬悠月のSNSアカウントを検索して眞白さんに差し出した。
「これ、その人のSNSアカウントです」
プロフィール。
黒瀬悠月 油画|深淵の表現者
投稿内容は、作品写真。制作風景。自撮り。
鋭い目。生意気そうな笑み。
眞白さんの瞳孔が開く。
「……なにこの人」
そして画面をスクロールしながら、囁くように小さく言った。
「……ルキくんだ……」
スクロールと画面拡大が止まらない。
私は笑った。優しく、無邪気に。
「……ね? 似てるでしょ」
眞白さんが、ためらうように口を開く。
「フォロー、してみようかな……」
もうさっきまでの失恋モードじゃない。
私は、心の中でニヤリと笑う。
まずは第一段階、計画通り。
私の脳内には、神話の女神のような白い布を身に纏った眞白さんと、いかにも小悪魔姿の黒瀬 悠月が対峙する絵画が見えていた。
もちろん眞白さんの圧勝でしょ。知らないけど。
ふと、SNSで見た情報を思い出す。
「そういえば、隣駅で薔薇鍵のコラボカフェやってますよね! 今度、行きませんか?」
「……行きたい!」
眞白さんが、可愛らしい笑顔で頷いた。
その頷きだけで、今日ここに来てよかったと思えた。
***
私はポテトチップスの袋を抱えて、自室のベッドに寝転がった。
今日の自分、かなりいい仕事したのでは? と思うとニヤニヤが止まらない。
「絶対うまくいく」
ポテトチップスを一枚口に入れる。
パリッ。
私、推しカプ応援平和賞受賞するかも。
目を閉じると、トロフィーを抱えて笑ってる自分が見えた――。




