39話 雨音の向こう(漣)
胸の奥が、ずっと苦しくて重い。
夜、ひとりの部屋は慣れているはずなのに。今は寂しくてたまらない。
幸せそうな蒼真の邪魔になりたくなくて距離を置いたのに。
前よりもっと、ずっと好きになっていく。
蒼真に会いたい……どうしようもなく大好きなんだ……。
ソファに座り、スマホを開く。
蒼真と行った旅行の写真を見てしまって、また会いたくなる。
俺に望みなんてないのに。親友って言ってもらえるだけで良かったのに。
ただただ、苦しい。
蒼真は今頃、彼女と一緒なんだろうか。
家に居ると、嫌でも蒼真のことを思い出してしまう。
このソファの右隣は、蒼真の場所だった。
もう忘れたいのに、蒼真との思い出ばかりが溢れてくる。
どうして、こんなに好きになってしまったんだ……。
部屋にいられなくなったのは、時計が二十二時を回った頃だった。
どこへ行きたい訳でもない。ただ、ここから出たかった。
あの時の蒼真の声と表情が頭から離れない。
『漣……オレのこと避けてる?』
蒼真に、こんなこと言わせたくなかった。苦しめたかった訳じゃないのに。
咄嗟に「避けてない」って嘘をついた。
罪悪感で胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
会いに来てくれて嬉しかったのに。離れようと思って突き放したのは自分なのに。
矛盾だらけで壊れそうだった。こんなに好きになってしまって、また友達みたいに接するなんてもう無理だ。
蒼真のことを思って離れたのに、苦しくなるばかりだった。
ここにいたら、壊れる。
――玄関で靴を履く。鍵を閉めて、ゆっくり歩き出す。
夜の住宅街は静まり返っていた。
少し歩いたところで雨が降ってきた。
夜の雨は静かで、街灯に照らされて細く落ちている。
梅雨の湿気が、生ぬるく肌にまとわりつく。
濡れてもいい。どうせ、もうぐちゃぐちゃだ。
目的地なんてないのに、足はいつもの曲がり角を曲がっていた。大学へ向かう道だと、そこで気づいた。
――会いたい。
思った瞬間、強く歯を食いしばる。
違う。会っちゃだめなんだ。
そうやって何度も自分を引き戻してきたのに。
もう戻らないと。
――その時だった。
「……漣?」
聞き慣れすぎた声が、雨音の向こうから聞こえた。
心臓が跳ねた。逃げたいのに、足が動かなかった。
顔を上げると、街灯の下に蒼真が立っていた。
傘を差して、少し息を切らしている。
「……何してんの。こんな雨の中。風邪ひくぞ」
その声は、責めるというより心配が滲んでいた。
次の瞬間、頭上に傘が差し出された。
――ああ。今度は、俺が傘に入れてもらう側なんだ。
いつもは逆だったのに。
どうして蒼真がここに居るんだよ。
蒼真のことを考えすぎて、幻覚でも見てるのか……?
目の前の蒼真は、走ってきたのか肩が上下している。
息づかいが近すぎて、これは現実なんだと分かってしまった。
咄嗟に嘘をついた。
「……別に。歩いてただけ」
そう言った瞬間、自分の声がひどく震えているのが分かった。
雨に濡れた前髪から、雫が落ちる。
それが雨なのか、何なのか、自分でも分からない。




