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隣の景色  作者: のゆ
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37話 もう戻れない(蒼真)

 ――眠れない。

 布団に入ってから、どれくらい経ったんだろう。

 スマホの画面を見るのも怖くて、時計を確認していない。


 部屋は暗い。静かすぎて、耳の奥がじんじんする。


 仰向けになって、天井を見る。

 ゆっくり息を吐く。深呼吸。もう1回。


 今日、学食で久しぶりに(れん)を見かけて、話しかけた。

 でも、返事はそっけなくて、なんかもう――遠い人みたいだった。

 

 なのに、悠月(ゆづき)くんには腕を引かれて、あっさり連れてかれてた。

 

 ……オレって、もういらないの?

 避けられてる理由は、結局分からないまま。


「……親友だろ」

 確認するみたいに、小さくつぶやいた。


 親友。

 ずっとそうだった。これからもそう……のはずだった。


 なのに胸の奥が、ぎゅっと痛くなる。


 今日のことだけじゃない。

 漣との思い出が、勝手に浮かんでくる。


 一緒にいろんな場所へ遊びに行った時のこと。

 旅行でオレの肩にもたれて寝てたとき。

 「来る?」ってだけのメッセージ。

 普段あんまり感情出さないくせに、たまに驚くほど感情爆発するところ。

 名前を呼ばれるだけで、安心する感じ。


 ……なんで今まで、気づかなかった?


 起き上がる。布団が擦れる音がやけに大きい。

 胸を押さえる。心臓が速い。


「……なんで」

 なんでこんなに苦しいんだ?


 頭の中に浮かぶのは、ひとつの想像。


 漣が、誰かの名前を呼んで笑っている。

 それだけで、息が止まる。喉が詰まる。胸が潰れそうになる。


 嫌だ。


 その言葉が、思考より先に浮かんだ。


 嫌だ。


 ――気づいてしまった。言い訳できないくらい、はっきり。

 

 これは親友を取られる不安じゃない。

 もっと、ずっと深いところが、痛い。


 漣がいなくなったら――生きていけない気がする。


 そこで、思考が止まる。


 長い静寂。

 呼吸の音だけが耳に残る。


「……え?」

 声が漏れた。

 体の奥から、ゆっくり理解が浮かび上がる。

 水の底から気泡が上がるみたいに。


 否定しようとしても、もう遅い。


 言葉にしてしまったら、終わりだって分かってるのに。

 でも、もう分かってしまった。


 漣のこと、ずっと好きだったんだ――。


 その瞬間、胸の奥が強く締め付けられた。苦しい。怖い。

 でも同時に、どうしようもなく腑に落ちた。


 ああ、だからか。

 

 だから一緒にいると落ち着く。

 だからいつも気にかけて世話したくなる。

 だから離れると不安になる。

 だから笑いかけられると、あんなに嬉しかった。


 ……全部、繋がる。


 理解してしまったら、もう元に戻れない。


「……最悪だ」

 呟く。


 好きになっちゃいけない相手だろ。

 ……こんなの、おかしいだろ。

 だってさ、親友で。男で。ずっと一緒にいて。失いたくなくて。

 

 もし漣に知られたら――もう、隣にいられなくなるかもしれない。


 怖い。

 でも……それでも。


 目を閉じると、浮かぶのは漣の顔だけだった。

 笑った顔。困った顔。真剣な顔。

 

 ……会いたい。

 今すぐ声を聞きたい。


 でも無理だ。こんな状態で会ったら、全部バレる。


 気づくと涙が頬を伝っていた。

 

「……なんで今なんだよ」


 もっと早く気づいてれば違った?

 それとも、最初からずっと?


 分からない。

 ただ一つ分かるのは……。明日から、もう同じ顔してそばにいられない。

 

 親友のフリ、できる気しない。


 それなのに、会いたい。会いたくてたまらない。

 矛盾で胸が裂けそうになる。


 結局その夜は、一睡もできなかった。

 目を閉じるたびに、漣の名前を心の中で呼んでしまうから。


 ――もう戻れないんだ。


 ***


 数日後。六月の終わり、雨の夜。

 バイト帰りに、眞白(ましろ)さんの家に行くことになっていた。

 

 玄関で迎えてくれた眞白さんが、柔らかく笑う。

蒼真(そうま)くん、おつかれさま。今日もよく頑張ったね」

 抱きしめられる。

 ……それなのに、頭の中に浮かぶのは漣のことだった。

 

 漣、今何してるんだろ。

 漣にも話したいこと、いっぱいあるのに。

 

 ***


 眞白さんの部屋。リビングのソファ。

 前ならいろんな会話が勝手に出てきたのに。今は、どうやって話してたのか分からなくなってる。


 気づくと漣のことばかり考えて、胸が苦しくて張り裂けそうになる。

 眞白さんがこちらを覗き込んで言った。

「蒼真くん、大丈夫……? 思い詰めた顔してるけど」

「あ……すみません。大丈夫……です」

「大丈夫じゃないよね。言って」

 俯く。泣きそうな顔になっているのが、自分でも分かる。

 

「……眞白さん。オレ、もうダメかもです」

 言葉を探して、喉が詰まる。

「漣が……オレのこと避けてる気がして。それが本当に、苦しくて……」

 はっきり口にした瞬間、全部が壊れそうになった。

 涙が溢れそうで、必死に堪える。

「こんなこと、彼女である眞白さんに言うのありえないと思う……ごめんなさい……」

 眞白さんの手が、頭に触れる。

 優しく撫でられて、余計に苦しくなる。

「蒼真くんの大事な人、なんだよね」

「……大事、だと思います」


 思う、なんて曖昧な言い方するのは違うのに。声が震える。

 眞白さんは少しだけ目を伏せて、それから笑った。

 苦しそうな笑顔だった。

「……ほんとはね、少し前から気付いてたんだ。でも気づかないふりしてた」

 

 否定しなきゃ、と思った。

 眞白さんは優しくて、何も悪くない。

 

「蒼真くんには笑っていてほしいな。……後悔してほしくない」

 その優しさが、胸に刺さる。

 

 眞白さんは、少しだけ間を置いて言った。

「行っておいで」

「え……」

「……ここで、区切りにしよう。もしダメだったら、帰っておいで」

 そう言った眞白さんの瞳が、ほんの少し揺れた。

 胸の奥が、ちくりと痛む。

 喉の奥が熱くなって、声がうまく出ない。

「ごめん……なさい……ありがとう……ござい……ます」

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 次の瞬間には、駆け出していた。

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