34話 避けてる?(蒼真)
夜、部屋でベッドに座ってスマホを開く。
漣とのメッセージ画面を眺めていた。履歴の最後は、さっき自分が送ったメッセージ。
『明日の帰り、時間あったら飯行かない?』
その時、既読がつく。なぜか心臓が跳ねた。
漣からの返信は、短かった。
『明日は無理。課題詰まってる』
「……そっか」
スマホを見下ろしたまま、小さく呟く。
別に、変じゃない。
漣はもともと絵の制作が忙しいし、四年生になった今は、卒制も控えているからなおさらだ。
分かってる。分かってるのに……胸の奥に、静かな痛みが消えない。
ベッドに寝転がって、天井を見る。
部屋は静かで、外を歩く人の笑い声や、車の走る音がやけに大きく聞こえる。
――最近、漣に断られることが増えた。
前は「明日、家行っていい?」「ちょっと話したい」そんな軽いやり取りでも、普通に会ってくれてた。
なのに今は「その日は忙しい」「今日は疲れてて」そんな返信ばかりだ。
漣の顔が浮かぶ。「しょうがないな」って、困ったように笑う表情。本気で怒ってたときの顔。オレのこと心配してくれてるときの顔。名前を呼んでくれる時の優しい笑顔。その全部が、今はすごく遠く感じる。
「……オレ、なんかした?」
口に出してみても、答えは出ない。
「……会いたいって、はっきり言えばいいのかな」
親友に『会いたい』は重いか……。また学食とかで会える、よな。
***
次の日の昼休み。
学食で食券の列に並びながら、無意識に視線で漣を探してしまう。
今日も漣の姿はなかった。
食券を買ったあと、プラスチック製のトレーを持ちながら奏汰と並んで歩いていた。
奏汰に聞いてみる。
「なあ……」
「んー?」
「最近、漣が冷たい……気がする」
奏汰は一瞬きょとんとしてから、「はぁ……?」と間の抜けた声を出す。
「今まではさ……オレが誘うと、しょうがないなーって会ってくれてたのに」
明らかに最近は違う。メッセージを送っても、返事が今まで以上に素っ気ない。
たまに会って話しかけても、よそよそしいというか必要以上に踏み込んでこない。視線も少しだけ遠くて、目を合わせてくれない……気がする。
「オレ、なんかしたかな……」
奏汰は少し考えてから、ニヤッと笑う。
「惚気すぎたんじゃね?」
「惚気ってほど話してない……はず」
言った瞬間、胸の奥に小さな違和感が生まれる。
漣は、オレが誰と付き合ってもいつも祝ってくれたし応援してくれてた。今回もそうだった。
でも今はたぶん、それがきっかけで距離を取られてる。だとしたら、どうして? 漣はそんなことでオレを避けたりしない。何か別の理由があるのかな。
「……やっぱ、変だよな」
奏汰は肩をすくめる。
「さあ? すぐ戻るんじゃね。お前ら、いつもイチャイチャしてたし」
その言葉に胸がちくりと痛む。今は漣が遠い。
「……あとで漣んとこ行ってみる」
「行け行け。悩んでる時間もったいねーし。『避けてる?』って直球で聞け」
そんなこと聞いて、返ってくる最悪の言葉を想像したら怖くなった。
避けられてる理由は分からない。でも、このままにしたら漣がもっと遠くに行ってしまう気がした。
***
――芸術棟のアトリエの前に来た。
窓から覗くと、いつもの場所でキャンバスの前に座る漣がいた。
その横には――悠月くん。
悠月くんが身を屈めて漣のキャンバスを覗き込む。漣が小さく笑って、筆先でキャンバスを指した。
漣は、前に「悠月は友達じゃない」って言ってたけど、今はやけに楽しそうに話してる。
悠月くんが漣に何か言ってる。漣は「ん?」とでも言うみたいに顔を上げて、悠月くんを見上げた。
次の瞬間、悠月くんの指が漣の頬に伸びた。何かを拭う仕草。顔が近い。拭ったあとに悠月くんが笑った。漣も困ったみたいに眉を寄せるのに、口元だけがほんの少し緩む。
オレも何度か、漣の頬を拭ったことがある。
そのたび漣は、驚いた顔で固まって「自分で取るから」みたいに言って目を逸らした。
その記憶と今が重なって、胸の奥がきゅっと縮む。
漣がオレ以外の誰かにあんな距離を許すところなんて、今まで見たことがなかった。
ずるい。そこは……漣の隣は、オレの場所だったじゃん……。
胸がちくりと痛む。
はっと気づく。
待って。オレ、何考えてんの……?
普通、親友にそういうこと思わない。漣が誰と笑っててもいいじゃん……。
むしろ、漣に友達が増えるのは嬉しいこと、のはずなのに。
漣は『オレだけの親友』だって、勝手に思い込んでたんだ。
だから、ちょっと悔しくなっただけで……。
その笑顔をオレ以外の誰かに向けないで、とか思わ……ないし。思って、ない……。
近くにいるのに、漣に声かけるのがこんなに難しくなるなんて。
どうしよう。息の仕方がわからなくなりそう。
気付くと呼吸が浅くなって、扉の横で胸を押さえていた。
***
しばらくすると、アトリエの扉が開いた。
出てきたのは漣だった。
一瞬驚いたようにこちらを見て、読めない表情に戻る。
「蒼真……どうした?」
言いたいのは「会いたかった」なのに、喉の奥が詰まる。
呼吸が浅くて、言葉がうまく形にならない。
やっとの思いで出た言葉はこれだった。
「漣……オレのこと……避けてる?」
目が合ったのは一瞬。漣は、目を逸らしたまま言った。
「……避けてない」
そんな訳ない。明らかに前とは違う。ちゃんと理由を聞かなきゃいけないのに。
何も言えずに黙っていると、漣が口を開いた。
「ごめん……今、頭回らない。今日は帰る」
漣の背中が遠くなっていく。
待って――そう言いたいのに、苦しくて声が出なかった。




