33話 海風と違和感(蒼真)
眞白さんと付き合って、約一ヶ月が経った。
今日はデートで、海浜公園やショッピングモールがあるエリアに来た。休日の家族連れやカップルで賑わっていて、海沿いの風が気持ちいい。
正直、まだふわふわしている。
大学の廊下で目が合うだけで胸の奥がキュッとなるし、名前を呼ばれて返事をするとき声が少し上ずる。付き合ってるっていう実感が湧くたび、嬉しくて仕方ない。
眞白さんは、今も変わらずオレのことをちゃんと見てくれている。頑張ってるところも、弱いところも、どっちも否定しないで受け止めてくれる。
***
眞白さんのリクエストで、ショッピングモールの中にある、大きい書店に入った。
休日の店内は人が多かった。眞白さんは迷いなく目当ての棚へ向かって、背表紙を指でなぞった。数冊だけ手に取って、レジに向かった。
その手つきが慣れていて、なんだか頼もしく感じた。
店を出たあと、眞白さんが立ち止まって言った。
「はい、これ私から」
渡されたのは採用試験対策の参考書だった。
「え! あ、ありがとうございます……!」
「そのシリーズ、おすすめ。私も使ってた」
ずしりとした重みが手のひらに残る。嬉しくて、胸の奥が少しだけくすぐったい。嬉しいはずなのに、少しだけ居心地が悪い。受け取ってばかりだ。
応援されてるって分かるからこそ、期待に応えたくなる。
「……大事にします。試験勉強、頑張ります!」
そういえば、眞白さんはどうして教師にならなかったんだろう。たしか、教員免許は持っていると聞いたことがある。
こんなに教えるのが上手いのに、教壇に立っていないのが不思議だった。
その話題に、気軽に踏み込んでいいのか分からなくて言葉を飲み込んだ。
***
海沿いのボードウォークで手を繋いで歩いている時、眞白さんが言った。
「そういえば最近、篠宮くんの話しないね」
「えっ?」
一瞬、びっくりした。眞白さんから漣の名前が出ると思ってなかったから。
気遣っているのか、特に他意はないのか。何を言うべきなのか分からなくて返事が遅れた。
「あ、えっと……最近会えてなくて。たぶん、漣は卒業制作もあるし……」
眞白さんは、ほんの少しだけ目を伏せた。
「そっか。忙しい時期だよね」
「そうだと……思います」
少し歩いたあと、海沿いのデッキで休憩することになった。
目の前の海には、夕日が反射してキラキラと輝いている。デッキの隙間から海の匂いが上がってきて、遠くを船がゆっくり進んでいた。
ベンチに座っている眞白さんに、買ってきた温かい飲み物を渡した。
さっき眞白さんの口から漣の名前が出たことをきっかけに、溜め込んでいた言葉が、気づけば口をついて出ていた。
「聞いてください! 漣って、絵に集中すると食事も睡眠も忘れるんですよ。それに、少し前には風邪ひいて倒れたこともあったし。ほっとけないっていうか……」
自分でも驚くくらい、止まらなかった。
眞白さんは「そうなんだ」と相槌を打ちつつ、ドリンクのカップに両手を添える。
指先が白くてきれいだな、とぼんやり思う。
眞白さんがこちらを見て言った。
「蒼真くん、心配?」
「え?」
「篠宮くんのこと」
聞かれて、オレは反射で笑った。
「心配ですよ。だって親友だし」
うん、漣は大事な親友。彼女ができても、それは変わらない。
漣だって、そう思ってくれてるはず。
そんなことを考えていたら、急に漣に会いたくなって、目を伏せて小さくため息が出た。
眞白さんは、少しだけ間を置いて微笑んだ。
「蒼真くん、優しいね」
***
帰りの電車の窓に、夜の海が流れていく。
ふとスマホを見る。
今日も漣からの通知はないか……。
別に、毎日連絡取り合うのが当たり前じゃないのに。
最近はこちらから連絡しないと来ない。少し前までは、漣からもメッセージが来てたのに。
こちらから毎日送るのも迷惑になりそうで、連絡の頻度が減っていく。
最後に会ったのはいつだったかな……。
二週間くらい前に、学食で見かけて少し話しただけだ。
胸の奥が、ちくっとする。
漣はオレと連絡取らなくても、会えなくても平気なのかな。
きっと忙しいだけだよな……。オレだって実習期間は帰ったら寝るだけで、連絡どころじゃなかったし。忙しいの落ち着いたら、また連絡来るよな。
なんだろう。眞白さんと付き合えて、幸せなはずなのに満たされない気持ちがある。欲張りすぎかな……。
違う、充分満たされてる。
そう自分に言い聞かせて、眞白さんに「今日はありがとう」ってメッセージを送った。
すぐに返信が来た。
『こちらこそ。蒼真くん、ゆっくり休んでね』
その言葉に、少し胸があたたかくなる。
大丈夫。オレは充分幸せ。
――そう思い込むみたいに、何度も心の中で繰り返した。




