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隣の景色  作者: のゆ
36/55

33話 海風と違和感(蒼真)

 眞白(ましろ)さんと付き合って、約一ヶ月が経った。

 今日はデートで、海浜公園やショッピングモールがあるエリアに来た。休日の家族連れやカップルで賑わっていて、海沿いの風が気持ちいい。

 

 正直、まだふわふわしている。

 大学の廊下で目が合うだけで胸の奥がキュッとなるし、名前を呼ばれて返事をするとき声が少し上ずる。付き合ってるっていう実感が湧くたび、嬉しくて仕方ない。

 

 眞白さんは、今も変わらずオレのことをちゃんと見てくれている。頑張ってるところも、弱いところも、どっちも否定しないで受け止めてくれる。


 ***

 

 眞白さんのリクエストで、ショッピングモールの中にある、大きい書店に入った。

 休日の店内は人が多かった。眞白さんは迷いなく目当ての棚へ向かって、背表紙を指でなぞった。数冊だけ手に取って、レジに向かった。

 その手つきが慣れていて、なんだか頼もしく感じた。

 

 店を出たあと、眞白さんが立ち止まって言った。

「はい、これ私から」

 渡されたのは採用試験対策の参考書だった。

「え! あ、ありがとうございます……!」

「そのシリーズ、おすすめ。私も使ってた」

 ずしりとした重みが手のひらに残る。嬉しくて、胸の奥が少しだけくすぐったい。嬉しいはずなのに、少しだけ居心地が悪い。受け取ってばかりだ。

 応援されてるって分かるからこそ、期待に応えたくなる。

「……大事にします。試験勉強、頑張ります!」

 

 そういえば、眞白さんはどうして教師にならなかったんだろう。たしか、教員免許は持っていると聞いたことがある。

 こんなに教えるのが上手いのに、教壇に立っていないのが不思議だった。

 その話題に、気軽に踏み込んでいいのか分からなくて言葉を飲み込んだ。

 

 ***


 海沿いのボードウォークで手を繋いで歩いている時、眞白さんが言った。

「そういえば最近、篠宮(しのみや)くんの話しないね」

「えっ?」

 一瞬、びっくりした。眞白さんから(れん)の名前が出ると思ってなかったから。

 気遣っているのか、特に他意はないのか。何を言うべきなのか分からなくて返事が遅れた。

「あ、えっと……最近会えてなくて。たぶん、漣は卒業制作もあるし……」

 眞白さんは、ほんの少しだけ目を伏せた。

「そっか。忙しい時期だよね」

「そうだと……思います」


 少し歩いたあと、海沿いのデッキで休憩することになった。

 目の前の海には、夕日が反射してキラキラと輝いている。デッキの隙間から海の匂いが上がってきて、遠くを船がゆっくり進んでいた。

 

 ベンチに座っている眞白さんに、買ってきた温かい飲み物を渡した。

 さっき眞白さんの口から漣の名前が出たことをきっかけに、溜め込んでいた言葉が、気づけば口をついて出ていた。

「聞いてください! 漣って、絵に集中すると食事も睡眠も忘れるんですよ。それに、少し前には風邪ひいて倒れたこともあったし。ほっとけないっていうか……」

 自分でも驚くくらい、止まらなかった。

 眞白さんは「そうなんだ」と相槌を打ちつつ、ドリンクのカップに両手を添える。

 指先が白くてきれいだな、とぼんやり思う。

 

 眞白さんがこちらを見て言った。

蒼真(そうま)くん、心配?」

「え?」

「篠宮くんのこと」

 聞かれて、オレは反射で笑った。

「心配ですよ。だって親友だし」

 うん、漣は大事な親友。彼女ができても、それは変わらない。

 漣だって、そう思ってくれてるはず。

 そんなことを考えていたら、急に漣に会いたくなって、目を伏せて小さくため息が出た。


 眞白さんは、少しだけ間を置いて微笑んだ。

「蒼真くん、優しいね」


 ***

 

 帰りの電車の窓に、夜の海が流れていく。

 ふとスマホを見る。

 今日も漣からの通知はないか……。

 

 別に、毎日連絡取り合うのが当たり前じゃないのに。

 最近はこちらから連絡しないと来ない。少し前までは、漣からもメッセージが来てたのに。

 こちらから毎日送るのも迷惑になりそうで、連絡の頻度が減っていく。

 

 最後に会ったのはいつだったかな……。

 二週間くらい前に、学食で見かけて少し話しただけだ。


 胸の奥が、ちくっとする。

 漣はオレと連絡取らなくても、会えなくても平気なのかな。

 きっと忙しいだけだよな……。オレだって実習期間は帰ったら寝るだけで、連絡どころじゃなかったし。忙しいの落ち着いたら、また連絡来るよな。

 

 なんだろう。眞白さんと付き合えて、幸せなはずなのに満たされない気持ちがある。欲張りすぎかな……。

 違う、充分満たされてる。

 そう自分に言い聞かせて、眞白さんに「今日はありがとう」ってメッセージを送った。


 すぐに返信が来た。

『こちらこそ。蒼真くん、ゆっくり休んでね』


 その言葉に、少し胸があたたかくなる。


 大丈夫。オレは充分幸せ。

 ――そう思い込むみたいに、何度も心の中で繰り返した。

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