2話 いつも通りの距離
――ある日の午後、大学併設のカフェにて。
二週間後に控えた試験のため、カフェには教科書を広げる学生が多かった。
俺――篠宮 漣と、蒼真も、その中の一組だった。
カップが受け皿に触れる音と、落ち着いたBGM。
蒼真の声だけが、少し近い。
蒼真がテキストを指さして言う。
「れんー、ここ分かんない」
「……それ、教育学部の範囲だろ。俺まったく分からないけど」
「まあまあ、見てみ。漣なら分かる気がする!」
「気のせいだと思う」
「だよなぁ……」
蒼真がうなだれる。
そして、アイスカフェラテを一口飲み、すぐに教科書へ視線を落とす。
立ち直りが早い。そういうところが、蒼真のいいところだと思う。
――が、その集中は長く続かなかった。
教科書を数ページめくったところで、蒼真はぱたん、と教科書を閉じる。
「なぁ、漣。このあとの予定は?」
「画材買いに行く」
「隣駅のとこ?」
「そう」
「オレも着いてっていい?」
「……うん」
「やった!」
その一言で、さっきまでの勉強モードはどこかへ消え去った。
***
画材店に入ると、蒼真は目を輝かせて商品を見てまわる。
「筆の種類、多っ!」
「それぞれ用途が違うから……」
「じゃあ、これは何に使うのー?」
「それは……」
気づけば俺は、使い道をひとつひとつ説明していた……。
会計を済ませ、出口で待っていた蒼真と合流した。
ふたりで駅に向かって歩く。
「何に使うか分かんない道具買ってる漣、なんかかっこよかった……!」
「褒めてるのかそれ」
「もちろん!」
蒼真の適当な褒め言葉が面白くて、ついつい笑ってしまう。
「ふふっ……何言ってんの?」
「ナイフみたいなの真剣に選んでる姿、RPGの短剣使いみたいで、かっこよかったぞ」
思わず吹き出す。中二病かよ。
やっぱり蒼真と一緒にいると楽しい。
十年以上一緒にいても、こうして笑っていられる時間に心が和む。
「そんなかっこいい漣に提案なのですが」
「嫌な予感しかしない」
「今からラーメン食べに行きませんか?」
間髪入れずに続く。
「もうちょい一緒にいようぜ~?」「ラーメン食べたい! 食べたい! 食べたい!」
「……分かったから」
それ、もう“行く”選択肢しか選ばせないやつだろ。
***
いつものラーメン屋は、夕方でも賑わっていた。
俺は髪を耳にかけ、麺を啜り始める。
向かいに座っている蒼真が、箸を止めたまま俺をじーっと見ている。何なんだ。
「なぁ、漣さんよ」
「なに」
「……なんでさ、ラーメン食ってるだけでそんな様になるわけ?」
「……は? マジで何言ってんの?」
「ずるくない?! 羨ましすぎて爆発しそうなんだけど」
「意味わからん。勝手に爆発してろよ……」
しょうもない会話に自然と笑ってしまう。蒼真がおかしなことを言って、俺が冷たくあしらう。いつも通りの会話が嬉しかった。
***
店を出る頃には、外はもう薄暗くなっていた。
駅へ向かう道、今日も蒼真が俺の右隣を歩いている。
俺だけが、その距離を意識していることも知らずに……。
それを蒼真に知ってほしいわけじゃない。
蒼真との日常が当たり前にずっと続いてくれるだけで良かった。
――この日常が、いつまで続くのかなんて考えもしなかった。考えないようにしてた。




