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隣の景色  作者: のゆ
12/16

11話 名前を呼ぶ声

 ――懐かしい場所。


 オレ(泉水 蒼真(いずみ そうま))は、母校である小学校の廊下に立っていた。

 チャイム直前の廊下は、子どもたちの声でざわざわしている。

 

 今日からここで、四年生のクラスの教育実習が始まる。


 自分が通っていた頃と、ほとんど変わらない景色。

 でも――立場は、もう違う。


 チャイムが鳴り、担任の先生と一緒に教室に入ると、教室の空気が少し固まった。


 生徒たちが、不思議そうな目でこちらを見る。

 

「だれ?」

「知らない人だー」

 

 小さな声が、あちこちから聞こえてくる。


 ……緊張する。

 でも、ここで引くわけにはいかない!

 笑顔を意識して、教壇に立った。


「えっと……初めまして!

  桜星(おうせい)総合大学からきました、泉水 蒼真(いずみ そうま)といいます!

 今日から四週間、学校の先生になるための勉強をしに来ました。

 僕も、この小学校に通っていました。好きな給食は、カレーとコロッケパンです!

 みなさん、よろしくお願いします!」


 ……よし。

 何度も練習した甲斐あって、ちゃんと言えた、はず。


 教室の空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。本当に少しだけ……。


 ***


 ――掃除の時間。

 

 ほうきを持ちながら、やたら大きな声でふざけている生徒が目に入った。

 周りの様子を気にしながら、場を盛り上げようとしているのが分かる。

 

 ――あぁ、昔のオレだ。

 小学四年生の頃の記憶が、ふと蘇る。

 

 小さい頃から、オレは人と話すのが好きで、なぜか自然と目立つほうだった。

 

 明るい。

 ノリがいい。

 誰とでも話せる。


 周りからは、きっとそう見えていたんだと思う。

 

 でも――

 誰もオレのことを「ちゃんと見てくれている」感じはしなかった。


 そんなある日、クラスに転校生の男の子がやって来た。

 知らない場所で、知らない人たちに囲まれる怖さは、想像に難くなかった。


 どうにかクラスに馴染ませてあげたい。

 そんな気持ちから、休み時間の遊びに誘ったり、みんなを巻き込んで積極的に話しかけたりした。


 ある日の放課後。

 担任の先生に、職員室へ呼ばれた。

 ――怒られるんだと思ってた。


 でも、先生は穏やかな声で言った。

 

「最近、教室の空気、気にしてるでしょ」


 一瞬、言葉に詰まる。


 先生は続けた。

 

「無理に明るくしなくていい。

 でも、蒼真が気づいてることは大事なことだよ。

 ただ名前を呼んで、気にかけてあげるだけでも、救われる子はいる」


 その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

 

 ――誰かが初めて、“オレの内側”を見てくれた気がした。


 先生は、オレの背中を軽く押して言った。


「蒼真、頼むよ!」

 

 笑って「はいはーい」って答えたけど、内心は戸惑ってた。

 オレでいいの?って。

 

 それから、無理に明るく振る舞うのをやめた。


 ただ、名前を呼んで挨拶をする。

 昼休みに机を合わせて給食を食べる。

 くだらない話をして、一緒に笑う。


 それだけ。


 それだけで、転校生は少しずつ、クラスの輪に入っていった。


 ――卒業式の日。

 

 その子が、オレに言った。


「最初に名前を呼んでくれたの、蒼真だった」

「え?オレ?」

「うん。蒼真のおかげで“自分は居ていいんだ”って思えた。ありがとう」


 その言葉を聞いて、オレのほうが「居ていいんだ」って言われた気がした。

 

 名前を呼ばれること。

 気にかけてもらうこと。


 それが、どれだけ人の心を救うのか。

 その感覚は、今でもオレの中に残り続けている。


『ちゃんと相手の内側を見て、気づける教師になりたい』


 派手な理想じゃない。

 でも、確かな目標。



 ***

 

 ――掃除終了のチャイムが鳴って、はっと我に返る。


「先生ー、掃除終わったよ!」


 生徒たちが声をかけてくる。

 慌てて掃除用具を片づけながら、少し笑った。


 最初から、完璧な先生にはなれないかもしれない。


 でも。

 名前を呼ぶことならできる。

 変化に気づくことなら、できる。


 誰かが「ここに居ていい」って思えるように。


 ***


 ――教育実習初日が無事に終わり、帰宅。

 

 ベッドに倒れ込んでスマホを見ると、漣からメッセージが来ていた。


 『実習どう?』


 短い一言。

 でも、漣なりにオレを気にかけてくれてるんだって分かる。それがすごく嬉しかった。


 『楽しいよ』

 

 そう返すと、すぐにスタンプが返ってきた。

 なんとも言えない表情のクマ?が、じっとこっちを見ている。

 

 ……どういう心境だよ、これ!

 思わず声出して笑った。


 名前を呼ばれること。

 気にかけてもらえること。


 オレも、ずっとそれに救われてきた。


 明日からも、頑張ろう。

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