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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第七章――「黄金海岸の砦、奪われるポルトガルの旗」

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第14話(前編)――「椅子と赤いワイン、3つの谷の公爵」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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登場人物

ディエゴ〈30〉(新大陸皇帝アルバロ・デ・モリーナ〈29〉の仮名)

――――――――――――――――――

 マニカ国の妻妾 ニャシャ〈24〉

 肌は深く黒く、瞳の黒が濃い。姿勢と歩みが崩れず、言葉が速く正確だ。状況を読むのが早く、地形と人の心を同時に扱う。腕力も俊敏さも備え、側女たちが束になっても及ばない。

――――――――――――――――――


 (1523年7月下旬。マニカ国)


 湿った風が谷を渡り、草の青い匂いに、焚き火の煙と焦げた火薬の匂いが重なっていた。夜明けの名残りがまだ地面に張り付き、土は踏むと柔らかく沈んだ。ディエゴは仮の会議小屋の中で、濡れた外套を肩から落とし、粗い板の机に羊皮紙を広げた。紙の端は湿気で少し波を打ち、指で押さえるとひやりとした。


 机の上には、小さな秤と分銅、革袋に入れた砂金が並んでいた。袋の口をほどくと、金砂がざらりと音を立て、掌に乗せた重みがはっきり伝わった。黄いろい粒の間に黒い砂が混じり、光は弱いのに、目だけが吸い寄せられる。外では川の音が途切れず、鳥が一声鳴いた。見張りの男が槍の石突きを地面に立てる鈍い音も聞こえた。


 ディエゴは谷を3つに分ける線を引いた。上流の谷、中ほどの谷、川が広がる谷だ。採れる量が多い順に丸を付け、丸の横に数字を書き込んだ。運び出しはソファラへ通じる道と舟になる。距離が短いほど盗まれにくく、また遅れにくい。道の途中で誰が顔を出すかも、もう分かっていた。


 呼ばれた女たちは、入り口の布をくぐるときに、煙の匂いで眉をわずかに寄せた。ルジアは濡れた髪を指で押さえ、机の上の帳面を見た瞬間に目の焦点を合わせた。カタリーナは袖口を汚さないように身を引き、紙と印章の置き方をまず確かめた。マダレーナは、秤より先に水桶と革袋の数を見て、足元の泥の深さを確かめるように靴先を動かした。


 ディエゴは3人の顔を見て、立ったまま話を始める気になれなかった。濡れた髪、泥の跳ねた裾、指の節の荒れが、ここ数日の働きをそのまま映していたからだ。ディエゴは見張りの兵に手招きし、声を抑えて命じた。「椅子を3つ、それから赤いワインを持って来い。急げ」


 ほどなくして板の椅子が運び込まれ、座面のささくれを布で拭いて並べられた。続いて小さな陶器の壺が置かれ、栓が抜かれると、赤いワインの酸味と甘い香りが煙の中に混じって広がった。ディエゴは錫の杯を3つ机に置き、自分の手で注いだ。赤い液が杯の縁で揺れ、ぽたりと落ちる音が静かに響いた。


 ディエゴは椅子を示し、はっきりと言った。「まず座れ。お前たちは俺の側で、よく働いてくれた。今日は祝いも兼ねるから、立たせたまま話す気はない。喉も乾いているだろう。少し口を湿らせてから聞け」


 ルジアは一瞬だけ目を丸くし、それから杯に視線を落として小さく笑った。カタリーナは礼儀正しく頭を下げ、椅子の脚が沈まない場所を確かめてから腰を下ろした。マダレーナは「助かるよ」と言い、杯を持つ手つきで香りを確かめると、息を吐いた。


 ディエゴは3人が落ち着いたのを見てから、羊皮紙を指で押さえ、声に力を入れて告げた。ディエゴはこう言った。「マニカで金の出がいちばんいい谷が3つある。今日から、その3つをお前たちに任せたい。実入りが多い場所ほど揉めるし、ソファラに近い場所ほど奪いに来る。だから現場を締める名と権限が要る。そこで、爵位を与えることにした」


 ディエゴは杯を軽く持ち上げた。「ルジア、カタリーナ、マダレーナ。お前たちは全員、公爵だ。俺の側で働くだけで終わらせない。谷を預かる責任者として、胸を張って名を名乗れ」


 言葉が終わる前に、外の川音が一段高く聞こえた。小屋の中の空気が少しだけ軽くなり、焚き火の煙の流れも変わった。


 ルジアは喉を鳴らし、唇を湿らせた。驚きが先に出たが、次に胸の奥が熱くなった。ルジアは慎重に言った。「私が谷を預かるのですね。ありがとうございます。けれど、現場は曖昧にするとすぐ荒れます。谷ごとの取り分は、誰の手を通して数え、どこで封をしますか。そこを最初に決めておけば、後で余計な血が流れません」


 そう言ってルジアは砂金の袋に手を伸ばさず、紐の結び目だけを見た。指が覚えている結び方と違うのを見抜いた目だった。


 ディエゴは頷き、最初から決めてあった手順を、言葉を尽くして言い直した。ディエゴはこう答えた。「受け口はお前だ。お前が数えて帳面に残し、袋の口を縛る。縛ったら、次は見張りの前で秤にかける。そこまで終えた袋だけが舟に乗る。途中で口を開けた袋が出たら、その場で止めろ。止める権限も、お前に渡す。俺の名を出して構わない」


 ルジアは息を吸って肩を落とした。重い荷が少しだけ置けたような顔になった。ルジアは笑みを抑えきれずに言った。「分かりました。数字は裏切りません。私の手で必ず合うようにします。それに、公爵と呼ばれるのは、正直、夢みたいです。杯までいただけて、やっと地面から顔を上げられる気がします」


 カタリーナは杯を膝に置き、紙の端をそっと押さえた。落ち着いた声だったが、爪の先が紙に触れる小さな音が小屋の中で響いた。カタリーナはこう言った。「爵位をいただく以上、名乗りと文書の形を整えたいです。通行証や命令書は、誰の名で出しますか。印は何種類にしますか。形がそろっていれば、役人も商人も言い逃れができませんし、こちらも余計に怒鳴らずに済みます」


 ディエゴは腰の革袋から小さな印章を出し、机に置いた。蝋を火にかざすと甘い匂いが煙の中に混じった。ディエゴはこう言った。「通行証、寄付の名簿、谷ごとの命令書、ソファラへ送る送り状。そういう紙は全部、お前が整えろ。俺の名で出すものと、お前の名で出すものを分ける。ただし、どちらも印を押したら同じ重みになるようにしてくれ。公爵の名は、紙の上でも通るようにする」


 カタリーナは深く息を吸い、ゆっくり吐いた。胸の奥で何かがほどけたように、目の端が少し潤んだ。カタリーナは静かに言った。「承りました。私は長い間、ただの書類の置き場みたいに扱われてきました。でも今は、紙が人を動かすと知っています。公爵の名に恥じない形にします。あなたが私を座らせ、杯まで出してくれたことも、紙に残るように働きます」


 言い終えたあと、彼女はほんの一瞬だけ笑った。笑い方が不器用で、だからこそ本気に見えた。


 マダレーナは腕を組み、外の音を一度聞いた。遠くで荷車の軸が鳴り、誰かが咳き込む音がした。マダレーナは少し荒い声で言った。「谷を回すとなると、まず腹と喉です。掘るやつは腹が減るし、喉が渇く。水が尽きたら砂金は増えません。それに怪我人が出たら動きが止まります。塩と乾肉と真水の割り振りを、谷ごとに変えます。いいですか。私はその判断を、誰にも邪魔させたくありません」


 そう言って手の甲で汗を拭った。火薬の匂いが染みた空気の中で、生活の匂いだけを先に拾う女だった。


 ディエゴは強く頷き、任せる理由を言葉にして渡した。ディエゴはこう言った。「それでいい。お前は人を動かせる。食と水と怪我の手当、夜の火の管理、道中の休み場も含めて、全部お前が決めろ。掘る者の数も、運ぶ革袋の数も、お前の裁量にする。必要なら叱れ。必要なら休ませろ。俺は結果で見るが、その前に、お前の判断を信じる」


 マダレーナは一瞬だけ目を細めた。笑いではなく、確かめる目だった。それから口元がわずかに上がった。マダレーナは低く言った。「結果なら出します。私は船でずっと、食と水で人間を見てきました。公爵の名で命令できるなら、今までより楽に回せます。あなたがこうして杯をくれたのも、ただの飾りではないと分かります。正直、胸がすうっとします」


 外で風が強まり、布の壁がばたついた。湿気が肌に貼りつき、煙が低く流れた。ディエゴは3つの谷を指で叩いた。指先が紙を打つ音が乾いて響いた。ディエゴはこう言った。「実入りは多い。そしてマニカはソファラに近い。だからこそ、途中で奪う者も増えるだろう。だが、奪わせない。谷の口で数え、道で守り、渡しで止める。そのために公爵を立てる。お前たちは胸を張っていいし、胸を張れるだけの権限を俺が渡す」


 ルジアは帳面の余白に運搬の回数を書き始めた。炭の粉が指に付き黒く汚れたが、その汚れを気にしなかった。カタリーナは蝋が固まる前に印章の角度を確かめ、押す場所を指で示した。マダレーナは外へ顔を出し、荷役の男に低い声で水桶の数を問い、返事の遅い者を一瞥で黙らせた。3人とも賛同したのは金に目が眩んだからではなく、ここで役を持てば生き方が一つ決まると知っているからだった。


 ディエゴは最後に、爵位の呼び名をゆっくり口にした。ディエゴはこう言った。「ルジア公爵。カタリーナ公爵。マダレーナ公爵。今日から、谷はお前たちの責任だ。苦しいこともあるだろうが、俺はお前たちが胸を張れるように守る。だから、お前たちも自分の名を守れ。働きに見合うものは渡すし、二度と軽く扱わせない」


 言葉が落ちると、小屋の中に一瞬の静けさができた。川の音だけが続き、煙の匂いが薄くなって、濡れた土の匂いが戻ってきた。


 3人は同時に頭を下げなかった。だが、それぞれの形で喜びが表に出た。ルジアは帳面を抱えたままこらえきれず笑い、慌てて口元を押さえてから、きちんと礼をした。カタリーナは印章を両手で受け、指先で確かめたあと、目を伏せて深く頭を下げた。マダレーナは外で怒鳴る声を聞き、すぐに踵を返しかけたが、戻ってきて一言だけ足した。マダレーナはこう言った。「谷を回します。今日のうちに掘るやつの顔と手を見て、明日の水と乾肉の数を決めます。公爵になった初日を無駄にはしません。あなたが座らせてくれた分だけ、私も現場を落ち着かせます」


 ディエゴはそれを止めなかった。風が布を鳴らし、火の粉が舞った。金砂の袋を締める紐がきゅっと音を立てた。マニカの統治は、ここから形になっていった。

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