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51-荷馬車と影狼


 影道を辿り、カザミの居た森の外れから山間を抜けると、ポツリと掘っ建て小屋が一つ建っていた。

 木材を組んで建てられた猟師が使う休憩小屋のようで、影狼が押し寄せ小屋は半壊している。


 中に入らなくとも崩れた壁から中が見えた。

 椅子と机、それに藁束と薪束が置いてあるだけの生活感のない質素なもの。中に居た者たちは一時的な拠点として活用していたのかもしれない。


「思っていたよりも悲惨な末路だね」


 影道の終着点となっていた小屋。

 そこに倒れている者たちは猟師には見えない。


「影狼はどこに行ったのかな」


 倒れている男たちは野盗そのもの。

 野性味のある毛皮を羽織り、腰には剣が携えられている。


 仮に猟師だったとしたなら、剣ではなくナイフ類を所持し、狩り用の弓が置いてある。

 彼らは野盗やその類で間違いはない。


「抜く暇もなかったようだね」


 争った形跡はなく、そのほとんどが頭蓋骨を砕かれて死んでいた。頭部に牙が刺さった後があり、赤く染まった頭部はあらぬ方向を向いている。


 転がる骸は三体。

 復讐相手が何人いるのか僕は聞いていない。だからこれで終わりなのか判断ができないし、倒れる三人の中には関係なく殺されたかもしれない人もいるかもしれない。


「復讐が成就すれば消滅してくれるようなものではないようだね」


 影道はこの小屋を最後に消えている。

 雨でぬかるんだ地面に残されている影狼らしき足跡。それに混ざって真新しい馬車の轍までハッキリと残っている。


「んー。影狼を追った方がいいかな?

 それとも先に穴底に残されている儀式跡を浄化しておいた方がいいのかな?」


 僕はどちらを優先しようか頭を悩ませた。

 カザミが浄化してくれているという事はあり得ない。だから両方とも僕が対処しなければいけないのだけど……


「影狼が先かな」


 儀式跡に魔物が群がってくるとしても、それは少し時間に余裕がある。

 影狼は放っておけば関係の無い人にも害を及ぼす可能性は否定できない。優先順位が復讐相手だというだけで、彼らには有り余る魔力があるのだから、遅かれ早かれ魔力が尽きるまでは魔物と同じ様な存在になる。


 水球を宙に浮かせ、鳥が見ている景色は水面に映し出せる【鷹の眼(ホーク・アイ)】で足跡の先を確認しようとしたけれど、魔法が発動しても水球には何も映らない。


「近くに鳥たちはいないようだね」


 こればっかりは仕方がない。あきらめて地道に後を追う事にした。

 足跡を追いやすいように発光魔法で足跡を光らせ、それを目印に空から辿っていく。


 空を飛びながら山の背面側に出た。ここからは僕が毎朝楽しみしている市場がある港町の領地だ。

 前には大きな海原、背には山岳が聳えているせいで領土自体は決して広くなく、田畑は少ない。かわりに海に面しているだけあって、漁の成果次第で領人たちの生活は相応に豊かなものだ。


 山から流れる大きな川が海へと向かっているのが見える。その川の周辺には点々と村が点在しているようで、小さな明かりがいくつか灯っていた。


 海に近い下流の村々は漁村で、山に近い上流の村々は先ほどの小屋があった事から、田畑や猟で生計をたてている猟師村があるはず。


 けれど、どこの村も襲われた様子はない。

 影狼は点在する村々には興味がないらしく、光る足跡は目的があるように右へ迂回した後は一直線に南方面へ向かっている。


「足跡はどこに向かっているのかな?」


 高度を上げて光る足跡を眼で追いかけると、影狼たちが群れて駆けている姿が見えた。


「まだ復讐は済んでいない様子だね」


 視線をもう少し先にやると、影狼に追われる馬車が二台。さらに視線を流して馬車の向かっている先を見る。


「これはまずいね」


 レンガで建てられた防御壁に囲まれている港町が遠くに見えた。馬車は全速力で港町に向かい逃げている最中だった。


 港町にある物見の塔からは魔法使いが放ったと思われる光球が影狼に向かって飛んでいく。


 飛んできた光球に照らされた馬車が二台。

 一台は二頭引きの白い幌馬車、それに並走する一頭引きの小さめの荷馬車が一瞬だけハッキリと見えたあと、通過した光球ですぐに闇に紛れた。


 そして後方から馬車を追う影狼たちが後から光球に照らされ、物見の塔に居る兵士が襲撃を知らせるための鉄板を槌で叩く、カンカンカンッと渇いた音が闇夜に響く。


 物見の塔に焚かれている松明。揺れる光の中、魔法使いが二人ほど追加で物見の塔に上がってくる。

 兵士が隅で片手を上げると、並ぶ三人は詠唱を始めたようで魔法使いの正面に魔法陣が展開されていく。


「影狼の数は五匹かな?」


 先ほどの光球で数を確認するけど、光球が照らすのは一瞬。正確な数はわからなかった。


 少し空から見ていると、防御壁の上に何人かの冒険者の姿を見えた。

 見物にしては装備は整い、準備万端と言ったところ。


 また物見の塔から光球が射出された。今度は三つ。

 先ほどよりも明るく、そして今回は影狼に向かってではなく、空に向かって放たれている。


 周囲が明るく照らされると、閉ざされていた門がゆっくりと上がり始めた。


 馬車の存在を再確認して、乗っているのが商人だと確認した様子。

 商人が大声で叫び、


「門を開けてくれッ! 早くっ」


 徐々に門が上がっていくが、近づいていく二台の馬車の方が先に港町へと到達しそうに見える。

 そして効力を失った光球は地面に落ちながら消えていき、また馬車は闇夜に紛れてしまった。


「ダメだ! 門を閉じろッ!」


 防御壁から様子を窺っていた冒険者が慌てて叫んだ。


「何を言っている!」


 兵士が物見の塔から冒険者に叫ぶと、


「門が開くまでには時間がかかり過ぎる!」


 なにより影狼は馬車のすぐ後ろまで接近している。

 このままだと影狼も町の中へ入れてしまう危険がある。


 兵士もそれをわかっているようで、


「門兵ッ!早急に門を閉じろッ!」


 物見の塔に居た兵士が苦い顔を浮かべて防御壁へと降りていく。


「俺を光球で照らしてくれ」


 防御壁の上を移動し門の真上に来た兵士は、手に持っている丸められた旗を掲げた。


「「ふざけるなぁああッ!」」


 それを見た商人風の、二つの馬車に乗っている男がそれぞれに馭者台から叫んだ。


 防御壁の上では兵士が旗を掲げ、冒険者の一人が風で靡く旗を見えやすいように端を持って広げている。

 白地に門の絵が施され、赤い横線が引かれているだけの質素な旗。けれど壁外に居る相手に開門を拒絶する意を伝えるには十分過ぎる絵だった。


 直後、門が間近に迫った幌馬車に悲劇が襲った。

 人々の往来で踏み固められた道ではあったが、整えられた道ではない。いくつも転がっている礫の中に、大きな石が紛れていた。


「なっ!」


 馭者台で手綱を握っていた商人風の男が衝撃を受けて振り返るのが先かと言う所で、幌の掛けられた荷台が宙を舞った。

 当然、男は馭者台から放り投げられ、並走していた荷馬車の男は驚愕の表情を浮かべたものの、黙って馬を走らせ続ける。


「待てェエエッ――」


 宙を舞っていた男はそのまま地面に叩きつけられゴロゴロと転がっていく。

 追いついた影狼は走る足を緩めることなく、転がっている最中の男の頭部に噛り付く。


 全身を強く打ち即死だろう男に、影狼は確実な死を与える。


「酷い……あっ、あれは」


 影狼は走り続けながら強靭な顎で男を振り上げた。

 胴体が振り上げられた後、影狼の牙によって頭部を砕かれ吐き捨てられる。無残な骸がひとつ、港町の側で風にさらされた。


 僕は石を踏み転倒した幌馬車から飛び出した見覚えのある鞄を拾いに向かう。

 幌馬車を引いていた馬二頭は大破した幌馬車に巻き込まれて虫の息となっている。


 馭者台に掛けられていたランプから油が散乱し、微かな火が上っていた。鞄を拾い、横たわる馬に治癒魔法を施してあげる。


「大丈夫。今治癒魔法をかけてあげるからね」


 荷馬車は防御壁に沿って町の周りを駆けている。

 影狼もまた、その荷馬車を追っていくのかと思われたが……。


「最後の標的は、あの防御壁の上に居る冒険者のようだね。君たちはもうお行き」


 影狼は門前に集まり、防御壁の上に居る冒険者を見て呻っている。影狼に怯えているようで、二頭の馬は僕から離れようとはしない。


「さっ、行きなさい」


 二頭の馬のお尻をペチッと叩くと、ヒヒーンッと嘶き荷馬車の逃げた方へと走って行った。


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