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50―帰ってゆっくりしたい


「ふはははははッ」


 ディグワールは灰色が犬の様に走り出した様を見て、豪快に声を上げて笑った。


「チッ」


 まさか灰色が骨を追いかけるとは思わず、おもわず舌打ちをしてディグワールを見る。


「やはり犬ころ風情か。忌々しい存在だが、俺を愉快にもさせてくれる」

「ディグワール様」


 執事は小さな宝箱をディグワールに差し出し、そっと蓋を開いた。

 ディグワールは手にしていた灰色の眼球を二つ、その中に入れると、


「コレクションも増え機嫌が良いのだ。無礼は流してやろう」


 黒刀の柄を握った俺に、フォールは視線だけで留まるように注意を促してくる。

 確かに、片腕で殺り合えるほど、簡単な相手ではない。俺は少し冷静になり、ディグワールの動向を見続けた。


「ディグワール様の寛大なご処置に感謝しなさい。人間」


 ディグワールが馬車の中に姿を消すと、執事はそう言葉を残し、後から馬車へと乗り込んだ。

 馬の嘶きがヒヒーンッと一度だけ上がると、馭者は手慣れた様子で静かに馬を走らせ始め、そのまま空を駆けて行った。


 地面には未だ、ディグワールが残した黒い影道だけが残されている。

 振り返ると、骨の前で黙って座り込む灰色が居た。


「骨でもしゃぶっているのかと思ったぞ」


 苛立ちを灰色にぶつけてしまった。俺らしくない……それほど冷静さを欠いていたようだ。


「やめてあげなよ。極度の緊張に本能が優先されてしまったんだよ」


 フォールの言いたい事もわかる。俺も奴が姿を消した途端、身体の力が抜けたようだ。今は帰ってゆっくりしたい。


「雨……止んだな」


 空を見上げると、ディグワールが通っただろう上空の暗雲が裂け、雨があがっていた。


「彼の名前は?」

「灰色、俺はそう呼んでいる」

「そう」


 灰色は立ち上がると、くたびれた様子で俺が放り投げた骨を拾い上げた。そのまま黙ってこちらに歩いてくる。


「カザミ、ごめん」


 そう言って骨を差し出された。


「謝る事ではないだろう。それより、リュリュシャたちだ」

「村、みんな、眠る」

「そうか。手伝える事はあるか?」


 灰色は黙って頸を横に振った。


「君の眼、あれは魔眼だね」


 横からフォールが問いかけると、灰色は頸を縦に振った。


「魔眼、知らない」

「魔力を持たなければ自分の眼が魔眼だとも気づけはしないからね。君の眼は解析の魔眼だったんだよ」


 魔眼を発動するには魔力が必要だ。だが灰色は魔眼を持って生まれたが、魔力は持ちえなかった。


「天は二物を与えず――か」


 フォールが言うには、魔眼には種類があるらしく、主に三種類が魔眼認定されているという。

 その一つは灰色が持っていた解析の魔眼。


「解析の魔眼は魔法陣の解析を瞬時に行い、相対する魔法を展開する事ができる」

「つまり、相手の魔法を相殺するのに長けている魔眼か」

「そうなるね。ほかにも二種類の魔眼が存在するよ」


 二つ目は分解の魔眼。これは相手の魔法陣を分解し発動を阻害する事ができる。

 三つ目は構築の魔眼。在るとだけ信じられているが、その存在は未確定らしい。


「解析、分解、構築。まるで錬金術だな」

「魔眼は後天的に埋め込む事も可能とされているからね。魔法使いには喉から手が出るほど欲される物なのさ」

「そうか。まぁなんだっていい」


 俺はフォールの話を一度切り上げる。魔眼に興味はあるが、先にする事があるからだ。


「背負い篭は持っていないのか?」

「さすがに篭は持っていないよ。笊なら余ってるけど」


 そう言ってフォールお得意の次元の穴から、伊勢海老モドキが並んでいたのと同じ笊が出された。

 笊の数だけ買い物を楽しんでいたという事だろう。


「灰色、リュリュシャたちをお前たちの廃村に連れて帰るぞ」


 体は黒液に溶けたか、儀式の最中に消滅したのかわからない。

 灰色には同じ灰色の頭部と白いのの頭部を笊に乗せて持たせ、俺は黒いのとリュリュシャの頭部を笊に乗せて運ぶ。


「フォール、お前はどうする?」

「僕は一度、この先を見に行ってみるよ」


 黒い影道を見てフォールはそう言った。


「そうか。ついでにどこかで鞄が落ちてたら拾っといてくれ」

「わかったよ」


 俺と灰色はゲートを潜り、フォールは転移して黒い影道の先に向かった。


 廃村の入り口に着き、灰色は黙ったまま廃村の中を歩き続け、俺はその後を追う。

 廃村を横断して向こう側に出ると、一つだけ、少しこんもりと盛られた土があった。その傍には儀式のときに使われていた藁敷きが四つ、地面に敷かれている。


「ここで過ごしていたのか」


 コクリと頷いた灰色。そのまま黙って頭部を盛られた土の隣、藁敷きの上に置いた。


「少し、待つ」

「あぁ」


 灰色は廃村の中に戻り、少しして戻ってきた。

 ザクリと地面に突き刺されたスコップ。


「素手じゃないのか?」


 灰色は俺の声を無視して、黙々と掘り続けた。

 たしかに少し、不謹慎だったかもしれない。


 俺も黙って穴を掘り終わるのを待った。


 なんとも言えない時間だ。

 黙々掘り続けていた灰色が口を開いた。


「塔、後ろ。塔、建ってた」


 言葉の意味がわからず、


「塔とは、高い塔のことか?」


 コクリと頷いた灰色。


「カザミ、後ろ、塔。穴の底、大きい、大きい、塔、見えた」

「魔眼で見えた情景ってやつか?」


 またコクリと頷いた灰色。

 灰色が穴の底から見上げた時に見えたと言うが、その時にはポッカリと黒い穴が残っていただけだ。何かの見間違いだろうが、


「魔力、大きい、塔」


 必死に話す灰色の言葉を否定する事もできず、ただ頷きながら話を合わせた。


「なるほど。魔力量が塔の姿で具現化されて見えていたのか」


 コクコクっと頷く灰色。

 掘り終わった穴の横に、手にしていたスコップをザクっと立てた。


「フォール、知らない。教える、喜ぶ」

「魔力量がわかるのは魔眼の副産物だったのかもしれないな。伝えておこう」

「フォール、扉。大きな、扉」


 興奮気味に話す灰色は、


「白い、綺麗。扉、二つ」


 観音開きの白い扉。フォールの背後にはそれが見えたらしい。儀式の影響か、魔眼の名残があったのか、憶測でしかないが、幻覚を見たのだろう。

 解析の魔眼は魔法陣を解析する事ができるとフォールがさっき言っていたとこだ。


「そうか。俺にも魔眼があれば見えたのかもな」


 掘り終わった穴の中に四人の頭部を並べると、灰色は疲れているだろう身体に鞭を打って穴を埋め始めた。

 掘っている最中もそうだったが、たぶん俺の手を借りたくないように見える。


「お前はどうするんだ?」

「復讐、終る」

「……そうだな」


 たぶん、あの狼の影は灰色が言っていた商人を殺しに向かったのだろう。吸血鬼と狼は仲が悪いイメージがある。ディグワール本人も<忌々しい存在>と口にしていた。

 頭の隅に残る違和感を整理できないまま、一先ず答えを出すのは置いておく。


「仲間、探す。旅、出る」

「そうか」


 盛られた土、こっちには廃村で暮らしていた犬人たちが埋まっているのだろう。

 小さな土を盛り、灰色は見えてもいない目で、器用に土を持っていく。


 俺はリュリュシャたちが眠る墓の前で、手を合わせた。


「それじゃ行くわ。子どもたちに留守番させてしまってるからな」


 立ち上がり灰色にそう告げる。


「色々、謝罪」

「眼、瞑るか布を巻いた方がいいぞ。魔物と勘違いされるからな。じゃあ元気でな」

「感謝、ありがとう」


 白骨化した左腕を手に、俺は店に戻った。



◇◇◇


「「「おかえりー!」」」


 店内に開いたゲートから出ると、子供たちの声が扉の先から聞こえた。ゲートが開いた余波に気づいたらしい。


「ん?」


 子どもたちの声の中に、澄ました声が混ざっている。

 双子と共に、フロアの声が聞こえた気がしたが……?


「帰らなくていいのか? もう陽も暮れてるが」


 店からダイニングキッチン側の扉を開くと、帰ると言っていたフロアの姿もあり、子どもたちだけで夕食の準備を始めていた。


「フォールが今日も泊まっていきなさい。だって」

「そうか」


 ロロアとフロアがキッチンで忙しくしていたので、トトが代わりに応えてくれた。

 外では始祖とやらが現れた事だし、フォールなりに警戒したのだろう。それか双子とラックだけは寂しかろうとでも思ったのかもしれないな。


「今日フォールは帰るかわからないから、ご飯食べて風呂に入ったら寝ろよ」


 カタンッと骨になった腕をテーブルに置くと、


「「「えー!」」」


 一斉に子供たちからブーイングの声をあがった。けれど置かれた骨を見てすぐに静まる。


「かじゃみ、て…ないの?」

「ん。ない。痛い?」

「ぼくは昨日から気づいてたよ」


 それは昨日いたみんなが気づいていたはずだ。気をつかって聞かなっただけだろう。


「あぁ。痛くはない。傷口も塞がっている」

「「「ころっぽ!」」」

「いたのか」


 そうだった。八人に増えたんだった……

 大勢の小人たちが窓際から外を見ていた。


「あしたコロたちのいえづくりするんだー!」

「大きなおうちを作ってあげるんだ」

「ん」


 小人の話で俺の腕の話はすっかり流れたようだ。まぁ説明するのも面倒なので放っておこうと、冷蔵庫を開けて冷えた瓶ビールを取り出す。


「かばんなくしたの?」


 丸テーブルは子供たちが食事をするだろうと思い、長方形のテーブル側に腰を下ろすと、グラスを運んでくれたロロアが唐突に聞いてきた。


「ん? あぁ。まぁすぐ見つかるだろう」

「そっか。おくすりのんで、はやくなおさないとね」


 ポーションの事だろう。なんだかギルドでポーションの説明をした日が懐かしいな。

 そう思っていると、ロロアは木皿に揚げたてのポテトを入れて、ビールのあてに運んできてくれた。


「わるいな。だが、大人が居ないときは油料理は控えるように」

「えー」

「火傷したら危ないからな」


 本当は火も使ってもらいたくないが、ロロアの包丁捌きには目を見張るものがある。それにトトもナイフや鉈を持たせれば魔物解体はサクサクしてしまうのを知っている。


 相応の実力があるだけに、実に止めづらい。


「ラックもいるよ?」

「犬だろ」

「じゃあフライドトポテはかじゃみにまかせるね」

「あぁ、そうしろ。あとポテトな」


 ラックが悪態を吐きながら俺の足を踏んでテーブルの下を潜った。

 ついに踏んだかと思っていると、


「ラック、おにくやけたよ」


 ラックが肉を見た後、俺の前に置いてあるカットして揚げただけの芋を見てほくそ笑んだ気がした。

 テーブルに食事を運んでいたフロアが、栓の抜かれていないビールを見て、ナイフの柄で器用にシュポッと開けてくれる。


 丸テーブルで子供たちが食事をする姿を見ながら、俺は塩すらかかっていないポテトを口に、ビールで流し込んだ。


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