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49-現れた者


 ぽっかりと開いた黒液の底。

 藁敷きに座る灰色の犬人族。


創繋門(ゲート)


 灰色の座る藁敷きごと、地面に開いたゲートで彼をこちらに転移させる。

 闇に呑まれる自分を客観的に観ているのだろうか。灰色は至って冷静に、声一つ発せずゲートの中に吸い込まれていった。


「生きてはいるな」


 藁敷きと共に、隣に開いたゲートから灰色が姿を現した。渦を巻く黒液から吹く風で、藁敷きはどこかへと飛ばされていく。


「カ……カザミ」

「そうだ」


 真っ黒な穴。眼球がキレイに刳り抜かれている。

 居心地の悪そうな表情に、どもった声色。

 俺の左腕を供物として、それに空けた大穴が都合良く儀式の場になったようだ。


 穴の中に納まっている黒液からみて、つくづく犬人族にとって絶好の場所となってしまったのだと思わせられる。


 黒液は俺たちの会話に関係なく、完成されていく。


「見てカザミ」


 フォールの声に黒液を見ると、渦は落ち着きを取り戻し、水面は波一つ打っていない。


「嵐の前の静けさ……か」


 風も止んだ。

 頭上から降り続ける雨だけが、時間は流れているのだと訴えかけてくるようだ。


「多重結界」


 突然、黒液が爆散した。

 フォールと灰色も結界の中に入れて、一つの結界を張り身を守る。

 飛んでくる黒液に混じって、白いのの頭部がゴトンと結界に当たり、結界の外を数度転がった。


 周囲に飛び散る黒液と犬人たちの頭部。俺たちを取り囲むように散った黒液は地面に浸みらず、雨水にも混ざらず、一時その場で静止する。


 穴の中では一塊の黒液が球状となって浮遊していた。


 結界に散り、へばりついていた黒液が膨らみ、液状から狼の様なシルエットをした個体へと姿を変えていく。


「ラックが半端に姿を変えたみたいだな」


 変化する黒液を見ながらフォールは一言、


「気をつけて」


 灰色は何が起きているのか見えていない。ただ黙ったまま、今も居心地が悪そうに静かに佇んでいる。


 散った黒液は、すでに俺の身長程度の大きな狼のシルエットまで成長していた。と同時に、穴の中で浮遊していた球状が上昇を始め、目線を少し上げたところで停止した。


「またそれか」


 黒液の球体が裂けた。

 だが、今回は明らかに先ほどと様子が違う。


「やっと姿を現した。と言ったところか」


 裂けた闇の中から黒いトレンチコートを纏った男が一人、短く逆立った白い髪を手櫛(てぐし)で掻きながら、浮遊して……いや、浮遊しながらも歩く素振りを見せながら姿を現した。


 闇夜の中、紅く光る眼が宙に浮いているみたいだ。


「あれは、どうやら始祖のようだね」


 右手で前髪を掻き、左掌の上では、何か二つの球体をコロコロと転がしている。まるで胡桃(くるみ)で遊んでいるみたいに見える。


 その掌に納まる球体も、僅かに緑色に発光している。


()け」


 フォールが始祖と呼んだ白髪(しろかみ)の男が一言指示を出すと、気づけば黒い影の様な一本道が森へ向かって伸びていた。

 周囲に散っていた黒い狼のシルエットは、山向こうにまで届きそうな遠吠えをすると、一目散にその黒い影の道上を駆けていく。


 たぶんこの道は、俺の先ほどまで居た山間に向かっている。そして、その先、犬人たちの復讐相手を目指して続いているのだろう。


 浮遊していた白髪の男は、またも歩く素振り見せながら、今度は俺たちの方へ向かって宙から降りてくる。


「貴様が我を呼び寄せた者か」


 そう言って結界の中に居る灰色を見た。


「これは礼として受け取っておこう」


 白髪の男の手の中には、緑色に光る眼球が二つ。灰色は尻尾をシュンと垂れ下げ、怯えた様子で黙り込んでいる。


「それで、あんたは何者か尋ねてもいいか?」


 結界は張ったままに尋ねると、


「これは失礼。我は最北の迷宮が主にして吸血一族の始祖、クレイム・ロンド・ディグワール。貴方らの名を伺っても?」


 トレンチコートを靡かせて、優雅に一礼をしてみせる白髪の男。迷宮の主にして、俺が吸血鬼と呼ぶ一族の始祖。つまりは吸血一族始まりの男だ。

 これは俺の居た世界知識で近い存在を例えると、アダムやイブ的な存在と言えるだろう。アダムとイブは最初の人間だが、この白髪の男は最初の吸血鬼となる。


「僕は大賢者、フォールと呼んでくれて構わない。始祖とは近しい存在になるのかな」


 フォールは自己紹介を返すが、ディグワールの様に一礼することはなく、いつもの様に佇みながら名を名乗った。


 この流れは俺も挨拶を返した方がよいのだろう。

 だが、始祖ときて大賢者。雑貨屋の店長では肩書きで負けた気になりそうだ。それに結界を張ったままでは格好がつかない。


 俺はチラリとフォールを見て、目だけで結界を解くことを知らせた。

 そして結界を解き、魔力操作と身体強化を瞬時に施す。


「俺は地下迷宮の雑貨屋店長、カザミだ」


 いつ何が起こってもいいように、魔力を練り上げ警戒態勢に入った。

 だが白髪の男、ディグワールは俺の言葉に目を丸くして、


「ほう……貴方が」


 舐る視線で俺を値踏みしているようだ。


「失礼。少し前に、我も彼の地に赴こうとしたのだが、部下に止められてしまってな」

「こなくて正解だったと思うよ」


 フォールが横から返答し、


「ふむ。魔族軍が一人の男に返り討ちにされたと報告が挙がっていたな」


 ディグワールは報告された真偽、そして報告にあった男はフォールではないかと、半信半疑といった様子で容姿を確認しているように見える。

 フォールが当時、魔族軍を壊滅、いや消滅させた事は話で聞いて知っている。


「だが――我ら吸血一族をも戦場に君臨していれば、結果はどうなっていたであろう」


 人間に対し好意的ではなさそうだ。

 フォールの顔を覗き込み、至近距離からそう尋ねた。挑発染みた行為だが、フォールは至って冷静だ。


「どうだろうね。最北の地までその存在感を示した店だから、世界中に散るあらゆる種族が注目していたのかもしれないよ」


 三百年前、当時俺はいない。そして、冒険者や騎士、魔法使いと呼ばれる人類側の強者でさえ、この会話に関わるだけの力を持ち合わせていないだろう。

 事実かどうかは知らないが、長命種族と言われる精霊族に属するエルフや、俺の知らない、この男のような長命種族が他にも居たとするなら……。


 それはフォールの言葉からも汲み取れる。世界中に居る長命の種族、もしくはそれに近しい力を保有する種族が集結し、争う事になっていたとすれば。


「世界大戦か」


 俺の口から漏れ出た言葉に、フォールとディグワールの緊張感が高まった気がした。


「それも在りえた話だと、危惧していたと伝えたかっただけの事」

「結果はどの種族も知っているよ。魔族軍が滅び、ディメール国とは不可侵条約が締結。それで他種族は静観姿勢に入っただけのことだよ」


 まるで、魔族軍をみせしめにした様な口ぶりだ。けれど、それでよかったのかもしれない。

 世界中の緊張が一気に高まった状態、静観姿勢をとらせるには、当時ではその手しかなかったのだろう。


「フォールは賭けに勝った。それだけの事だ」


 もしかすると、緊張感の高まった状態でのフォールの行動は世界大戦を勃発させていたかもしれない。が、結果は何も起きず、フォールがディメール国の王を挿げ替え不可侵条約を見事締結させた。


 成り行きはどうあれ、フォールが世界大戦を遠からず阻止した。そして各種族から一番に殲滅対象としてみられる可能性のあった人類を救った。


 人類はフォールを英雄として称えているだろうが、自分たちがどれほどの窮地に立っていたのかを知るべきだ。


 その原因は俺の店と、その商品だったんだがな。


「まあよい。こちらの用は済んだ」


 ディグワールがそう言うと、空から黒い頑強そうな馬に引かれた一台の馬車降りてきた。馭者が手綱を握り、馬車の扉が開いた。


「ディグワール様、お迎えに上がりました」


 胸に右手を当て、執事姿の老齢の男が姿を現した。覇気とも感じられる強いオーラが滲み出ている。

 人間を見下し、敵意を隠そうとはしない。


「どうにも魂だけでは疲れてしまうのではな」


 そう言ってディグワールは馬車の中へと消えていく。

 そして……俺は咄嗟に魔力操作で練り上げていた魔力を使い、魔力結界を展開させた。フォールも三枚の障壁を現出させ、等脚台形の形にして結界の前方、馬車に向けて展開させている。


 直後、魔力の暴風が一帯に吹き荒れた。


「うむ。やはり自身の肉体が一番シックリくる」


 頸を左右に振ってポキリと小気味良い音を響かせ、けれど現れた男は姿形は同じだが、内包する魔力、肌を差す存在感はまるで別人だった。


「おい、やっぱり人間が対峙していいものじゃなかったようだぞ」


 フォールの現出させた障壁には無数の罅が入り、今にも崩れ消えそうだ。

 魔力の暴風だけで障壁が崩れかかるとは、始祖とは相当に厄介な存在らしい。結界を解いて出方を見る。


 もしかすると、このまま戦闘になるのかもしれない。


「そうだった。これは返しておこう」


 ディグワールはトレンチコートの内側から白骨化した俺の左腕らしき物を取り出し、そのまま俺の足元へ投げ捨てた。


「それは我の趣味ではない。いらない物だ」


 行くぞ。と執事に一言、そして馬車の中に入ろうとするディグワール。

 黙って足元に転がった白骨を拾い、


「のわりには骨までしゃぶったみたいだな」


 白骨化した左腕を見ながらそう言うと、ディグワールは馬車に掛けていた足を下ろした。


「まるで犬がしゃぶりついた残りカスだ」


 ふっと笑い、肉が綺麗に削ぎ落とされた骨をディグワールがした様に、背後に投げ捨てると、骨目掛け灰色が走って行った。


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