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52-魔法師団第二小隊


 火の着いた油から幌馬車に引火した。

 幌から大きな火が昇り、瞬く間に周囲を明るく照らし出す。


「影狼は四匹だったようだね」


 上空からでは影も影狼と見間違えていたが、門前で威嚇する様に呻りを上げながら、門の傍を徘徊している姿に正確な数を把握できた。

 視線を影狼から門の上に移すと、防御壁に立つ冒険者たちと兵士が影狼を見下ろしている。


 冒険者は三人。一人は腰に剣を、一人は背中に矢筒と短弓を。

 それにもう一人、趣味の悪い大鎌を背負っている男。剣士の男に、弓を持つ斥候の小柄の少年。


「お前が魔物を操っているのか!」


 冒険者の隣で旗を持った兵士が僕に叫んだ。

 防御壁よりも高く造られた物見の塔に居る三人の魔法使いたちからも視線を浴びる。


「それは誤解だよ」


 ゾロゾロと駆け足で矢を持った兵士たちが防御壁に姿を現した。

 冒険者を下がらせ、前後の二列に並んだ弓兵たち。それと同じくして物見の塔に指揮官らしき体躯良い大男が姿を現す。


「なぜお前は襲われない……?」


 物見の塔に現れた指揮官は、黙って防御壁に居た兵士と僕の会話に耳を傾けている。

 門前で呻る影狼を無視して、集まった弓兵たちの注目までも集めてしまった。


 メラメラと燃える幌馬車が、嫌でも側にいる僕を目立たせる。


「さぁ……。どうしてだろうね。優先順位じゃないのかな?」


 直後、一匹の影狼が痺れを切らしたかの様、門を破壊しようと体当たりをした。

 厚い木の板を何層にも重ね、縁を鉄枠で補強している屈強な門。それから響くドスンッと体幹にまで届く重低音が、破城槌で門を叩いたかの様に連想させた。


 その音は物見の塔に居る指揮官に攻撃指揮を下させるには十分な危機感だった。


 片腕を上げると、防御壁から上半身を乗り出した弓兵が一斉に弓を構えた。

 彼ら弓兵の直下、門前に居る影狼に向かって矢が放たれる。


 無数の風切り音ヒュヒュンッとなるが、矢は影狼をすり抜け地面に刺さる。

 それには僕も少しばかり驚いた。矢を放った門の真上に居る弓兵たちが視線だけを指揮官に向けていた。

 彼らも驚きを隠せない様子で、指揮官からの合図を待つ。


「実体と影化を使い分けているんじゃないかな?」


 僕の言葉に指揮官はチラリと視線を流した。


「一斉掃射準備! 大元を叩けッ」


 指揮官の言葉に矢を構え直す前列の弓兵たち。二列目に居た弓兵たちは予備の矢筒を足元に置き、前列に参加して矢を構えた。


 鏃が向けられているのは影狼ではなく僕。

 どうやら誤解は解けておらず、明らかに僕を敵対視している。だけど物見の塔に居る魔法使いの一人が指揮官に意見を述べ始めた。


「影狼の接近からここで見ていたけど、彼は聖職者のようですよ」


 そう口にして黒いローブのフードを捲ったのは、兵士と最初から見張りに就いていた金色の髪をした男の魔法使いだった。

 僕は聖職者でもないけれど、馬に治癒魔法を施したことで勘違いされているらしい。


 だが、指揮官は問答無用と言った様子で合図を飛ばした。


「放てッ!」


 矢をすり抜ける体を持った魔物相手に、有効打が手探りの戦闘では、あらゆる可能性を試すしかない。それが非人道的、個人の道徳に反する行為であったとしても、優先されるのは住民の安全確保と町を守る事。


 物見の塔で僕を庇おうとしてくれた魔法使いは、刹那の時の中、僕を哀れむ表情を浮かべていた。

 風を切って乱雑に飛んでくる矢。僕は少し呆れながら障壁を展開させる。


 すべての矢が障壁に弾かれ、周囲に散らばっていく。


 矢が効かない僕と影狼(相手)を前に、指揮官は面倒そうな表情を浮かべ、旗を手に様子を見ているだけの兵士を呼び寄せた。

 何かを告げると、兵士は敬礼をして物見の塔を下りて行った。


 また一匹の影狼は門を破ろうと体をぶつけ、ドスンッと音を響かせる。


「今ならいけそうだよ」


 門を叩くときに実体化しているだろうタイミングに合わせ、僕は声をかけた。

 指揮官は苦い表情を浮かべ、僕を睨みつける。


 僕の方もタイミングが悪かったようで門に亀裂が入り、声に合わせるかの様、他の影狼たちも体当たりを始めてしまった。


 物見の塔に指揮官を見上げながら、


「そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね」


 さすがに信用されず、


「半数は魔物を操っている男を狙え。残りは魔物に矢を放ち続けろ」


 弓兵たちは隊を二手に分け、僕と魔物の両方に同時に対応する事にした様子。もちろんは僕は敵ではないけど、味方でもない。


 僕を悩んだ。

 このまま長引けば、朝市が開かれない可能性も出てくる。

 それだけは避けたいし、僕は町の出入りを制限される事もあるかもしれない。

 だから提案するため、一度物見の塔に居る指揮官の元に行こうと決断した。


「今からそっちに行くから、話を聞いてくれないかな?」


 指揮官に話かけながらも、矢は次々に放たれ続けている。僕の周囲は散らばった矢で足の踏み場がなくなるほどに。


 転移魔法は使わずに、物見の塔まで続く道を作ることにした。

 地面が揺れ、地響きが鳴る。

 突然の出来事に影狼が僕を警戒し始めた。


 地面からは固められた一枚の土の板が現れ、そは枚数を追うごとに、物見の塔の高さまで順に上っていく。


 影狼が都合が良いと言わんばかりに、僕の造り出した階段を登ろうと駆けてきたけど、僕はそれを拒む。


「君たちに害をなすは気はないけれど、僕の邪魔をするなら話は別だよ」


 四匹の影狼は、僕の言葉を無視して階段に飛び上がってきた。僕は忠告を無視した影狼たちに向かって、杖を振るって衝撃波を飛ばした。

 いくら実体化していないただの影だろうと、世の理からは脱していない。大気が揺れれば影だろうとその影響は受ける。


 影狼は衝撃波をまともに浴びた。

 毛並みの良い犬が風にその毛を靡かせるように、影狼もまた、その影を震わせながら背後に押し返される。


 地面に上手く着地した影狼たちは警戒して身構えた。

 僕はコツコツと階段を上がり始める。手前の低い階段に足をかけ、その先へと進む。踏み終えた段は役割を果たし土へと還っていく。


 そうして半分辺りまで進んだ頃、煩かった矢は静かになった。

 影狼も跳躍では届かない高さまでは登ってこられるはずもなく、ただ唸り声を上げながら僕を見上げている。


 弓兵たちのざわめきの声の後ろから、無数の足音が耳に届く。防御壁には灰色のローブを纏った魔法使いが四人、姿を現した。

 僕は黙って物見の塔に向かって階段を上っていく。


「魔法師団第二小隊だ」


 物見の塔では三人の黒いローブの魔法使いが、声の主に一礼する姿が見えた。

 三人が左右に身を置くと、指揮官の隣に姿を現し、僕を見下ろした。


「止まれ」


 物見の塔に姿を現した灰色のローブの魔法使い。防御壁に居る四人の灰色の魔法使いは魔法詠唱を始めている。


「提案をしにきたんだよ。少し話を聞いてくれないかい?」


 立ち止まり、僕は彼を見上げている。

 彼は僕をまじまじと黙って見続け、いつしか静寂が訪れた。

 

 防御壁側の魔法使いたちの詠唱が終わり、門前には二層の障壁が展開され維持されている。残りの二人は魔法陣が発動しないよう、必要最低限の魔法陣維持のためだけの魔力が流されていた。


 防御に徹し、門を守る魔法使いと、攻撃の合図に備える魔法使い。

 彼らの魔力制御は感心するほどに熟達しているだけに、僕に対して勝機が無い事を十分に理解していると思う。


 防御壁側の魔法使いたちは、波風を立てない様、息を殺し固唾を呑む。

 弓兵たちもその異様な雰囲気に呼応し、黙って様子を窺っている。


 幌馬車が焼け崩れ、門前を照らす明かりが消えた。

 影狼は闇に紛れ気配を消す。


 時がゆっくりと流れていく中、僕は小さな光球を空に灯した。

 辺りが照らされ、影狼は闇に紛れなくなった。


「お前は魔物とは無関係なのか?」


 指揮官が口を開き、僕は応える。


「そうだね」


 灰色の魔法使いが言う。


「町より西、山向こうで絶大な魔力が感じられた。お前が何かしたのではないのか?」


 魔法使いの視線は門前に集まる影狼に向けられた。

 魔物を操る特別な魔法でも使用したのではないかと問いたい様子で、それを行ったのは僕だと、またも勘違いをされている。


「さっきも応えたけど、僕はこの件には関係ないよ。それよりも彼ら……あそこに居る三人に聞いた方が早いんじゃないかな?」


 影狼たちは門を守る障壁に体を打ち付ける。

 指揮官たちの視線は防御壁に居る冒険者たちに向けられ、


「この影狼たち。彼らに用があるみたいだよ」


 僕はそう口にして、また階段を上がっていく。


「止まれッ! お前を信用した訳ではない」


 指揮官はそう言うが、魔法使いが片手でそれを制止し、


「いいだろう。上がってこい」


 指揮官よりも階級が上なのか、魔法使いの言葉に意を唱えはしなかった。


 物見の塔の正面。腰ほどの壁一枚が僕と魔法使いとの距離を隔てる。


「僕はこの町が好きだよ。新鮮な魚介類を毎朝買いに足を運ぶほどにね」


 ミシリと音が鳴り、一枚の障壁が砕かれた。


「彼らの行いがこの件を招いたようだね。呪法を用いるほどの怨みを買ったようだね」

「大きな魔力の正体は呪法だったか」

「そうだね」

「なぜ知りながら呪法を阻止しなかった――?」


 怒りが混じった低い声。呪法と聞いて穏やかではいられないらしい。

 そんな彼に、僕は他人事の様に応えた。


「成り行きを見守る事にしたようだね。今頃は家でビール片手に色々と考えているところだと思うよ」

「何を言っているんだ?」

「もう一人、その場に居合わせていたんだけど、我関せずと言った様子だったからね。それで僕が様子を見にきたんだよ」

「様子……?」


 パリンッ音が鳴った。

 音の方を見てみると、一匹の影狼が影から三本の触手を出し操り、容易く残りの障壁を砕き割った。


影狼(彼ら)は膨大な魔力を身の内に秘めてはいるけれど、一定量の魔力を使うとその存在を維持できなくなると思うよ」


 影の触手が撓りながら閉ざされた門を襲う。


「奴ら、魔力を温存していたのか」


 魔法使いの表情が少しばかり険しい顔へと変わり、すぐにも防御壁に居た魔法使いから火矢が放たれた。炎が矢を形作り、影狼に向かって飛んでいく。

 影狼は難なくそれを避けるが、門前に着弾した火矢は炎を広げ炎の壁となった。


「門が焼けないかい?」


 炎の壁で影狼たちの視界を塞ぎ、連携して一本の黄色い雷が触手を操っていた影狼の額を捉えた。

 物見の塔に居る魔法使いは、防御壁に居る魔法使いに指示を飛ばし、再度障壁を張り直させ炎から門を守った。


「提案を聞く気はないが、魔物を始末した後、冒険者たち(あいつら)と共に呪法について話を聞かせてもらうぞ」

「影狼を倒せたら僕は勝手に帰るよ。明日から開店するんだよね」

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