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「どうしてこうなった」
これが今の俺の心境だ。馬を用意し荷馬車でのんびり港街まで行けばいいだろうと思っていたのだが、リーサの話によれば俺の居るダンジョンがある荒野辺りはディメール国内の内陸に位置する領地であるらしく、フォールが訪れている港街に行くにはディメール国内の海と面している他領に向かわなくてはならないようだ。その領地と言うのが東にあるハーバーと呼ばれている領地らしい。
そして今現在の俺はと言うと、闘牛のような大柄で獰猛な茶色い牛角を生やした赤黒い毛色をした魔物の背に立っている。見た目は獅子のような鬣が首元を覆い、筋骨隆々な牛なのだが、時折り耳を劈くような咆哮を轟かせるので魔物で間違いないだろう。
数にして三十頭ぐらいの群れが物凄い勢いで荒野を走り続けている。このまま順調に牛共が進み続けても港街に着く事がないのは明白だ。なぜなら傾き始めた太陽が俺の左頬を照らしているからだ。時期に夕日となってこの大地を赤く照らし出すだろう。
「このままじゃ北に向かってしまう。降りるか」
俺はリーサから梅干が入った壺を受け取ったあと、ダンジョンの入り口となっている穴がある開けた場所に一度出てから空に繋げた創繋門を覗き込んだ。空から見下ろしただけの場所にゲートを創り出せるのか疑心だったが、試してみると思ったとおり上手くはいかず、どこともわからない平原に出てしまった。慣れれば目視で把握した場所にも繋げられそうな気はするが、一度目で上手くはいかないと悟り方法を変えた。見知らぬ平原から一度ダンジョンの入り口へ戻り、地上を駆けながら視線の遠くに見える場所にゲートを繋げ何度も潜り抜けるといった、安直だが確実な方法を選んだ。
一度目は普段通りにゲートで荒野にある街の近くまで移動し、二度目からは見える範囲で移動を続けている。そしてこの移動方法にも慣れた頃にアクシデントは発生した。そう、ゲートの開く先に何か障害になる類の物がある場合、どうやら自動で障害物のない場所へと開くようだ。補正されたゲートは地上から少しだけ高い位置に開いたらしく、潜り抜けるとちょうど牛共の背にちょこんと乗る形となってしまった。慣れとは恐ろしい、牛共が群れで走り抜けて行く様は遠めで見えていたのだが、いけるだろう。という根拠の無い自信が俺を牛の背に追いやった。情けない。
出発前に方角の事をリーサから耳にしてしったのだが、地球同様に太陽は東から西に、この異世界も太陽の周囲を公転しているらしい。おかげで進路はわかるが現在の進行方向は北に向かっているため降りようと行動に移そうとしたところで、村か何かがある事に気がついた。牛の背に立っているので良く見える。建物が密集した開拓村のような感じではなく、見た感じだと点々と小さな木造の家のような建物が立っているのが見えた。この村には荒野の街のような防御壁や、開拓村の様な簡素な柵も無く物見の塔が建っているわけでもない。魔物が押し寄せてきても気づかずに呆気なく押し潰されるだろう。
牛共も建物がある事に気づいたのか、ブモーッと声を張り上げた。このまま突っ込まずに進路を変えてくれれば好いのだが、そこはやはり人に危害を加える害獣なのか、気合を入れ直したかのように走る速度が上がっていく。どれほど無駄に体力を溜め込んでいたのだと言いたい程に底無しのスタミナを見せつけるように走りやがる。
「そろそろ不味いか」
土煙を上げる牛共の群れに遠目からでも気づきそうなものだが、すでに目視で互いを認識できるほどの距離まできてしまっている。なのに村は静かなものだ。誰かが鐘や鉄板などを叩いて警鐘を促す事も無く、声をかけて逃げるように先導する者もいない。
いや、むしろ廃村で人が居ないのかもしれないが・・・このまま村に突っ込んで、実は家の中に人が居ましたとなれば寝覚めが悪い。少し麻痺させて鈍らせるだけでも被害は抑えられるだろう。
スキル【雷薙ぎ】
空に跳躍して牛共の進行方向に刀を振り雷の閃光を放ち地面に直撃させると、閃光の衝突点を中心に周囲に無数の雷が地を這った。跳躍する際に俺を背に乗せていた牛が、不意に背中を踏み込まれ転げる姿が見えた。その牛は群れの中間辺りに位置していたため、後続を走る牛共を巻き込み、まるで玉突き事故のように連鎖していった。
「ドミノが崩れた後みたいだな」
少し罪悪感が芽生える光景だ。群れの半数ほど、先頭を走っていた牛共の何頭かは地面を這う雷に直撃して焦げた臭いを漂わせながら横倒れに崩れていった。死んではいないだろうが、雷の影響で麻痺が残り少しの間は動けないだろう。そんな倒れ込む牛を縫うように避け進む運の良い牛が十頭ほど、猪突猛進を決め込むように村に向かって進み続けた。さすがに今雷薙ぎを放てば雷の有効範囲内に村が少しばかり入ってしまう。雷から火事に発展でもすれば俺が村を滅ぼした元凶とも成り得る話だ。
「どうするか・・・」
考える時間はあまり無いようだ。一瞬の思考の中で直に牛共を攻撃する事も考えたが、無駄に命を奪う理由も無い。俺は再度跳躍して村と牛共の間に溝を作り、その溝の中に残りの牛共を落とす事にした。フォールが居れば土魔法で頑強な壁や盛土のような傾斜を作り進行を阻害する事もできただろう。俺にも練習すれば魔法を扱えるようになるだろうか。
「雷竜の鉤爪」
迅雷を纏わせた刀を振り抜き、雷で形成された三本の鉤爪を地に放った。雷は地面に衝突すると同時に、地面を抉り大地に大きな三つの傷を残した。大地を削り取る際の轟音が耳に残響する中、牛共は止まる素振りすら見せる事なく、猛進して一つ目の溝の中へと雪崩れ込んだ。薄暗い溝の中からブモォーと牛共の声が響いてくる。落としたはいいが、このまま放って置くのもしのびない。どうしたものか・・・俺は一応中を覗き込み現状牛共がどうなっているのかを確かめる事にした。
「あー・・・最後の雄叫びってやつだったか」
横並びになって先頭で溝の中に突っ込んでいった何頭かの牛は頭から落ちたのだろう、頭部が割れ即死だったようだ。後を追うようにしていった牛も、減速を試みたのが滑落した後が剥き出しとなった地表に残っている。崖となった地表を滑り落ちるようにして即死は免れた牛も、先に落ちた牛の角に刺さり絶命してしまったようだ。
牛肉に変わりはないだろうと思い、俺は溝の中に滑り込んでいった。
「血抜きした方いいんだろうが、とりあえず鞄の中に入れとくか」
鞄の中に吸い込んだ牛共は九頭、一匹足りない。そう思った時、薄暗い視界の先から血を駆けるような足音が溝の底に響いた。俺はすぐに抜刀して危険察知を発動させた。
「後ろか!」
振り返り様に刀を振るうと、眼前まで駆けてきていた牛を両断した。血飛沫が俺を赤く染め上げ、妙な温かさを感じた。
「ダンジョンのベアを思い出すな」
両断した牛も丁寧に鞄に仕舞い、俺は創繋門を地上に繋げた。潜り抜けると麻痺が解けたのか、動物特有の黴臭さとも獣臭さとも言える臭いが消臭された、どこか食欲を唆る香ばしい匂いを放つ牛共が猛進してきた。狩りを行なう際は風上に立つと臭いで獣に気づかれると聞いた事があるが、風下に立つ側はこれほど風に臭いが運ばれてくるものなのか。焦げ臭さも落ち着き、焼けた肉のような香りに、つい「お前ら絶対上手いだろ!」と口にしながら、俺は牛共を飛び越えるようにまたも跳躍した。団体客がデパートの入り口に吸い込まれていくように、牛共は薄暗い溝の中へと次々と落ちて行く。結局玉突き事故のように総崩れとなった後列の牛共も、俺が最初に踏み込んで倒れさせてしまった牛を残し、全ての牛共が溝の中へと姿を消してしまった。俺が跳躍する際に踏み込んだ牛は後続にもみくちゃにされて虫の息だ。放っておいても時機に絶命するだろう。
一応、牛か魔物なのか気になったので鑑定を行使してみたところ、実に鑑定スキルが有能かがわかった。
<猛牛 = 荒野を駆ける魔牛とも呼ばれ村や人々に甚大な被害を与え続ける魔物 脅威度 Cランク>
視界に表示されたウィンドウが簡単にだが名前と説明、それに脅威度というものまで教えてくれた。Cランクがどれほどの脅威か比べる相手がいないのでわからないが、ライドぐらいの冒険者が単独で撃退できるレベルぐらいだろうと、勝手に納得しておいた。
「残りも鞄に入れておくか」
結局俺は手心を加えたつもりでいたものの、事が終えてみると牛共は全滅。全部で三十頭ぴったりの新鮮な牛肉が手に入ってしまった。一頭ぐらいは狩って帰る気ではいたのだが、まさか穴に突っ込む馬鹿な牛とは思いもしかなった。鞄の中なら血が固まる事もないだろうし、帰ってからみんなに血抜きを手伝ってもらうか。
「さて、村は・・・」
三本の溝の向こう側に佇む小さな村。そこはやはり廃村のようで村への入り口らしい入り口もなく、廃れた木造の建物は人が住むには少し小さく屋根が低い。小人が住んでいたような低い建物ばかりだ。村の中は崩れた建物が大半を占めており、かろうじて建物だとわかるほどに原形を留めている建物も、いつ崩れてもおかしくはないほど傷んでいるのが見てとれた。
さっきの猛牛がここを襲ったとなれば納得がいく話だ。点々とある建物だが、内側は建物の数が多く、外側に向かうほど建物が極端に少なくなっている。そして原形を留める建物があるのは左右の外側だけで、内側と俺の立つ側と向い端の外側の建物は内側同様に破壊されているのだ。どう見ても俺の立つ場所から猛牛が押し寄せ直進して村を横断したのだろう。
一回りこの廃村を見て気づいたのは建物の中に残ってあった生活に必要な物は極端に少なく、持ち出したような感じでもない。そして猛牛に踏み殺されたのか、かなり黒ずんだ古い血痕のような痕が崩れた建物にそこかしらとあったのだが、誰一人として亡骸は残っていなかった。
「幸いにも生き延びた者が埋葬したのだろう」
廃村に残る建物の跡地からして三十近くの家屋が建っていたはずだ。人が一家に三人住んでいたとして百人近くがこの村で暮らしていたのだろう。だが原形を留める建物は三つ、これでは十人ほどが生き延びたと考えるのが自然だろうな。廃村の建物の高さからしてドワーフが住んでいたか、それとも他の小人のような種族か。陽も傾き赤く大地を照らし出した。そろそろ出立しないと港街に着く頃には夜も深まってしまう。
「先を急ぐか」
夕日を背に村から出ようとしたところ、カタンッ・・・と一度だけ乾いた音が響いてきた。そのあとに「水、無い、井戸、枯れた」と、小さな声ではあるが確かに聞こえた。片言のように断片的な言葉で会話している。俺は生き残りがまだこの廃村に留まっていたのだろうと思い、様子を窺いに足を声のする方に進めた。
「井戸、枯れた。もうダメ・・・ワオー・・・」
言葉の後に、まるで犬や狼の遠吠えのような鳴き声が響き渡り、俺の足音に気づいたのか、ピタリと遠吠えは止んだ。形の残っていた建物の陰から俺が姿を現すと、そこにはレンガが積まれて作られた、よくある井戸があり、その傍には二匹と言えばいいのだろうか、二足で立っている顔が灰色の毛に覆われた犬のような生き物が居た。体は外套で覆われているが、外套の裾から見える足元は、二足で立つ犬の足だった。
俺の腰ぐらいの身長か、それかもう少し低いぐらいか、小人のような種族が住んでいたのだろうと仮定していたが、どうやらこの二足歩行をする犬の村だったようだ。
「泣いているのか」
俺がそう声をかけると、ピクッと肩を震わせた。警戒しているようで、声をかけると一歩後ずさんでしまった。
「偶然通りかかっただけだ。お前たちに何もするつもりはない」
「ひと、怖い。仲間、ほとんど、殺された」
どう返事をすればいいのだろうか。悩み更けていると、グーと大きな腹の音を鳴らした二匹の犬は、そのまま座り込んでしまった。
「おわりだ。もう疲れた」
「僕もだ。もう、疲れたよ」
まるで死を覚悟したように、体を伏せるようにして目を閉じてしまった。全く状況が読み込めないが、人間がこいつらの仲間を殺し、その人種である俺と邂逅してしまい詰んだと思ったのだろう。こんな姿見せられたら、なんだか同情してしまうな。
「お前たちは魔物の解体はできるのか?」
俺がそう言葉を投げかけると「断った、みんな、殺された」「助けてくれる、なら、手伝う」と、聞き取り辛いが手伝ってはくれるようだ。こいつらの仲間は人間に何かの手伝いをお願いされ断ったから殺されたのだろうか。
「これを解体してくれたら一頭お前達に譲ろう」
俺が鞄から先ほどの猛牛を鞄から取り出すと「猛牛、仇、だった」と言って二匹は、大粒の涙を溢した。
「やっぱりこの村はお前たちの村だったのか」
「人間、頼み、断った」
「人間、魔物、嗾けた」
村が壊滅したのは人間の頼みを断り、断られた人間が腹いせに魔物を嗾けたのか。ただの村人や町人などではそんな芸当はできないだろう。冒険者か傭兵、あるいは騎士などの訓練を受けた人間かも知れない。どちらにしろ魔物に対抗する術を持っている者だろうな。
「仇、とってくれた」
「かんしゃ、感謝」
伏せたように涙を流す二匹に感謝の意を示されたようだが、俺はこういう状況に不慣れで、どうにも言葉を紡ぐのが難しい。
「あぁ、感謝なんてそんなの気にしなくていい。それよりも血抜きや解体を頼んでいいか? 俺はした事がなくてな」
「恩、報いる、仲間、呼ぶ」
「三人、居る、呼ぶ」
「リュリュシャ、ばらす、上手い」
「みんなで、頑張る、すぐ、終わる」
交互に話すその姿、それに毛がモフモフしていてなんだか愛おしさを感じてきた。それに匹じゃなくて人なんだな。
「なら残りの三人も呼んで手伝ってもらおう」
二匹は仲間を呼びに村から出て行ってしまった。
「しまった。呼びにいくのに時間かかりそうだな」
横たわる猛牛を眺めながら、彼らが戻るのを待った。時間にして十分ぐらいだろうか、思ったよりも早く戻ってきた二人の背後には、同じく外套を纏い、茶、白、黒の毛色をした三人が後をついてきていた。その三人も横たわる猛牛を見て「感謝、感謝」と言葉を並べていった。さすがに三十頭全てを解体してもらうのは不味いか。など思いながら、まずは横たわる一頭の解体を頼んだ。茶色が猛牛の首筋を鋭い爪で切り裂き、黒が横たわる猛牛の腹に乗り、血を押し出すようにして小さく跳ねている。
「生きたまま、血、抜く」
「一番、いい」
「死んでる、仕方ない」
灰色二匹と白が順番に言葉を口にしたあと、灰色の二匹が猛牛の腹を割いている茶色に向って毛で覆われた手を指しながら「あれ、リュリュシャ」「リュリュシャ、村長、孫」と俺に紹介してくれた。
「村長はもういないのか?」
「村長、残念」
「残念、村長」
それじゃあ残念な村長と聞き間違いそうになるが、村長が亡くなってしまって悲しいと言いたいのだろうと理解しておいた。
「そうか」
猛牛の内蔵を取り出したところで、リュリュシャと呼ばれている茶色が「新鮮、食べれる」と言って俺の方を見てきた。生レバー的な感じか。食中毒になったら嫌だし今回は遠慮しておこう。
「俺は遠慮する。早めに食べ方がいいならみんなで先に食べてくれていいぞ」
「いい・・・一頭、もらえる、それで、いい。三人、食べさしたい」
俺が好きにしてくれていいと言うと、コクリと頷いた茶色は猛牛の首元から背中の皮を尻尾まで割いて、血抜きのために首筋に入れていた切れ目を噛み咥えながら、猛牛の皮を剥いでいく。三人は空腹を我慢するように「僕ら、待つ、みんな、一緒」と言って、俺の傍で皮が剥ぎ終えるのを待っていた。猛牛の鬣があった首から先を残し全ての皮を剥ぎ終えると、関節を外した四肢をまるごと引き抜いた。ダイナミックだがベアとは違う肉肉しさを感じる。
「焼く、任される」
そう口にした灰色の一人が捥いだ四肢を受け取ると、残りの二匹は崩れた家屋から木材を集めてきて藁のような乾燥したものに、火打ち石のような物と自身の爪を叩き合わせて藁に火を燈した。木材に火が燃え移り徐々に煙の量が減ってくると、豪快にも捥いだ足を一本火に掛けた。
残りの三人は焼きの担当だったようで、焼けた足をまるごと俺に差し出してきた。
「美味しく、焼けた」
「どうぞ」
「どうぞ」
「でかいな・・・」
インパクトのある肉でかぶりつきたい衝動に駆られる。俺は両手で受け取った猛牛の足に豪快にかぶりついた。少し硬いが悪くない。脂ののった霜降り肉よりも赤身のような<ザ・肉>とばかりに歯応えを感じさせるところがむしろやみつきになりそうだ。
「上手い。ありがとな」
焼いてくれた三人は俺の言葉に緊張が解けたように「よかった、よかった」「上手に、やけた」「安心、安心」と口にした。
「聞いてもいいか?」
そう言うと、三人はボケーとした顔を浮かべ、次の言葉を待った。
「なぜ村はこんな事になったんだ?」
おおよその見当はついていたが、三人の口から直接聞いてみる事にした。
「鉱山、掘る、行商、交換」
「犬人族、発掘する、サラマンダー、怖い」
「つまりは鉱山に魔物が現れて出入りできなくなり、行商との取引ができなくなったと?」
彼等は種族は犬人族と呼ばれる種族らしい事が話からわかった。そしてコクリと頷いた灰色の二匹は言葉を続けた。
「だから、断る、行商、怒った」
「人間、いっぱい、連れて、笑ってた」
「鉱石を卸していた行商が人を連れてきた?」
「その後、猛牛、押し寄せた」
「みんな、死んだ。翌朝、行商、きた」
「行商、連れた、人間、みんな、笑ってた」
「ぼくら、見て、笑ってた」
「悔しい、悲しい」
「何も、できない。自分が、憎い・・・」
なるほど。行商人が傭兵か何かを雇い、猛牛をこの村に嗾けたのか。本当に悔しくて、辛くて、そいつらが憎いんだろうな。灰色が交互に応えてくれていたが、隣の白いのが本当に悔しそうな顔色を浮かべながら、肉球を握り締めているのがわかった。
「本当の仇はその人間共なんだな」
俺がそう言うと「猛牛、怖い、でも、戦った」「僕ら、五人、生き残った」「仲間、逃げろ、言った」白いの加わって、三人は揃って俯くと「逃げた。悔しい。くやしい」と小さく呟いた。
三人が言葉を口にしたあと、三人は揃って「あとは、自分たちで・・・」と小さく口にした。どれだけ陥れられようとも、彼らは決して仲間の仇を許す気は無いのだろう。ただ俺が仕留めた猛牛共は、彼等からしてみれば仇の片割れ。それでも、群れを全て仕留めたのだと報告しておいた。
三人は小さく「・・・かんしゃ」と、湧き上がる何かを抑えれるようにして口にした。
話を聞き終えた頃、どうやら解体の方も終わったらしく「リュリュシャ、おわった」と言った灰色の言葉で視線を解体していた茶色の方に向けると、剥いだ皮の上に肉の塊と、最初に取り出した内蔵類が分けて乗っており、猛牛だったそれは骨と頭部だけを残し綺麗に解体されていた。
「ありがとうな茶色いの。これが手伝ってくれた礼だ」
俺は鞄から猛牛を一頭と、鞄に入っていた最後の水石を取り出した。
「これで、しばらく、生きられる。感謝」
茶色のはそう言うと、静かに一礼してみせた。しばらく、まるで三人が言っていたように、仇を討つまではと・・・と言っているように受け取ってしまった。
「焼き担当の灰色たち。お前たちにも礼だ」
灰色二匹が伏せていた場所の傍らにあった井戸に魔力をふんだんに流し込んだ水石を投下した。コツンと乾いた音が井戸の底で反響している。音がゴボゴボと低音を響かせ始め、それは徐々に大きくなり井戸から水柱が噴き出てきた。噴出した水柱は宙で雨のように雫を降らせたが、俺は水柱の中に、水と共に噴出した小さな黒い石を見逃しはしなかった。俺はどこか見覚えのあったその石を素早く手にした。彼等犬人族は降り止まない雫を全身に浴びながら歓喜しるようで、どうやら俺が手にした黒い石には気づかなかったようだが、俺はこの石に心当たりがあった。これは当時、まだ雑貨屋がVRだった頃に店に陳列していた売れ残りだ。それもPKを目的に作成される<呪石>、効果は魔物を誘き寄せてPKするMPK仕様だったはずだ。
「感謝、感謝。大きな、感謝」
「大きな、感謝」
「あなたに、感謝を」
感謝の言葉を口にされて、こんなにも胸が痛むとは・・・フォールが店の商品は風石の暴走で飛び散ったと言っていたが、さすがに実害を前にして気にしなくていいとは言えなくなった。散らばった商品も回収する方向で考えた方がいいだろう。
「あとは何が陳列されていたっけか・・・」
犬人達は俺の言葉にボケーとした呆けた顔を浮かべたが「いや、気にしなくていい。色々とすまなかった」と口にした。
「謝罪、不必要、かんしゃ、感謝」
そう言った灰色を見ると胸が熱くなった。夜の訪れを知らせるかのように風が出てきた。風は俺の和服を靡かせると同時に、彼らの外套を揺らした。
「本当に・・・すまない」
揺れる外套から、彼らの体躯が覗き見えた。肋骨がはっきりとわかるほど、外套の中は痩せ干せ、機敏に働く茶色もまた、俺にその事を気づかせないようにと、気を配り外套をガッシリと内側から片手で握りしめていた事に今さらになって気がついた。
「リュリュシャ。これを」
俺は鞄の中のあった<初心者救済ボックス>を彼に手渡した。箱の中には下級ポーションが十個と下級魔力回復ポーションが十個。それと指定されている場所へと転移復活されるオシリスの灯が五個、内包されている。
「これ以上、恩、受け取れない」
「何も言わず受け取ってくれ。これが俺の罪への贖罪だと思ってくれていい」
「わかった。受け取る。それでも」
茶色のあと、灰色の二人が言葉を続けて紡いだ。
「カザミ、罪、無い」
「カザミ、感謝」
俺は名乗った覚えは無かった。それでも今は、全てを知りながら、全てを受け入れて尚、俺に感謝の意を表す彼らに、ただ頷く事しかできなかった。




