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暗い顔を浮かべていたフォールは、俺に妙な事を聞いてきた。こっちは麹作りで大変だと言うのに、港街に海老を買いに行っていたらしい。俺の扱う鞄のような次元収納魔法を使って、収納されていた海老を笊ごと取り出すと冷蔵庫に仕舞いなおしていた。


「最近は少し遠くの海まで船を出しているらしく、それ以来ミイラのようになってしまう船乗りが続出しているんだよ。このままじゃ朝の海鮮市場が開かれなくなっちゃいそうなんだよね」


船乗りの心配か、海鮮市場(朝の日課)が無くなるからなのかハッキリしろよと言いたいところだが、フォールの事だ、両方なんだろう。海鮮市場か、フォールが毎朝出向いているという港街の市場のことか。それにしても聞く限りだと海上に居る時間が増えてからだと言う事みたいだが、明らかにその病は壊血病である可能性が高い。航海が長期化すると発生するのだとテレビか何かで耳にした記憶がある。日本でも似たような病で脚気と呼ばれているものがあるが、それは確か別物の病だったはずだ。初期症状は足がむくむ程度だが、どちらの病も重度になると死に至る恐ろしい病だ。まぁどちらの病もビタミンをしっかり摂取していれば発病しないんだがな。


「症状はどんなものなんだ?」


浅い木箱を用意して包んだ玄米をそこに入れたあと、鍛冶場に移動しながらフォールに言葉を投げかけた。冷蔵庫を閉めたフォールは「口から血が滲んでいる人も居たかな。他はなんと言うか、まるで皮膚が裂けたように出血している人が大勢いて、独り言をぶつぶつと繰り返しているみたいだったよ」と言いながら、鍛冶場に移動した俺の後を追うように、扉の前で立ち止まった。。


「おともだちがびょうきなの?」


フォールの纏う外套の裾を引っ張りながらロロアがフォールの顔を見上げていた。


「そうだね。できる事なら力になってあげたい人たちなんだよ。今日も美味しい海老を露店に卸してくれているしね」


フォールがそう口にしながらロロアの頭にそっと手を置くと、開いたままの扉の先を覗くように二人が俺を見つめてきた。


「わかった、わかった。解決策はあるが、それを作れるかはリーサ次第だ。まずは麹を完成させてしまおう。リーサ、こっちにきてくれ」


扉の先に声をかけるとリーサが顔を覗かせながら、フォール、ロロア、リーサと三人並んで俺の方に視線を向けてきた。


「なぜ入ってこないんだ?」


立ち呆ける三人に思った事を率直に聞いてみると、「ここは煤臭いかな」「おはないたくなるの」「遠慮するわ」と、思いのほか容赦の無い(ダイレクト)に言葉が飛んできた。俺はここで黒刀クロユリや色んな武具を生産していて慣れているから何とも思わないが、嗅ぎなれていない人間からすればこれが当たり前の反応なのかもしれない。


「リーサはそこから指示を出してくれ。どれぐらい稲麹を寝かせればいいか俺には判断できないからな。フォールはこっちにくるんだ。さっきの時空魔法とやらでパパッと終わらせてしまおう」


「あ、それなら大豆も買ってきて醤油も造っちゃいましょうよ!」


リーサの閃きが中に入る事を拒むフォールの背中を押したのかはわからないが、苦い顔をしたあと、諦めたように溜め息をついて中に入ってきた。


「わかったよ。大体どれくらい時間を進めればいいのかな?」


「そうね・・・十二時間進めて布を開いて。そうしたら軽く空気を含ませるように混ぜて再度十二時間。これを三回ほどやってみてちょうだい」


頷いたフォールは杖を次元の穴から取り出すと、杖頭を木箱に向け時空魔法を発動させた。現れた半透明の水色の球体がグルグルと廻り出すと、少しして木箱に近づけていた杖頭を離した。


「次はカザミの番だよ」


掻き混ぜるのは俺の役目と言う訳か。木箱の蓋を取り、布を解いてみると、暗い緑色をしていた玄米が若干白くなってきている気がした。玄米を掌で掬いながら数回空気を含ませるように混ぜて再度布で包み、フォールがまた時空魔法をかける。フォールの合図と共に俺がもう一度布を開いてみると、次は若干黄色く変色しているようにも見えるが、やはり緑色には変わりない。そして魔法をかけて、また開く。そうするとどうだろうか、次は胞子が開き菌糸がハッキリわかるほどまで麹菌が成長を遂げているではないか。ほのかに甘い香りが鼻腔を擽り、おもわず「おー・・・」と頷いていると「十分な仕上がりね。あとは出麹してそれ以上菌が繁殖しないようにしましょう」とリーサが扉から顔を出してストップをかけてきた。


「出麹?」


醗酵食品に疎い俺は、リーサの言葉に聞き返すと「ゆっくりと温度を下げながら除湿するのよ。キッチンに置いて換気扇を回しておくだけで十分なはずよ」と言いながら、覗き見える麹を見て納得の表情を浮かべていた。一度キッチンに木箱を運び直し、リーサに醤油造りに必要な物を紙書いてもらうと、ミミズが地を這ったような繋がった文字を書き出した。筆記体にも似たこの文字は、俺にはわからないこの異世界の文字だ。


「読めん」


羽ペンを握るリーサに声をかけると「あ、そうだったわね。つい・・・ね」と言って、異世界文字に線を引いて訂正し、俺のわかる日本語で書き綴ってくれた。その文字を見ていたマドレーが「珍しい文字ね。どこかの部族文字なの?」と、俺の顔を見やり、どんな文字なのかと釣られてメモを覗き込んだレレイたち元村人ガールたちは文字を見たあとに「文字なんか読めないんですけどね」と言って苦笑いを浮かべていた。


「まぁそんなところだ」


一言マドレーに言葉を返し、リーサが書き終えたメモを受け取り確認すると、大豆、麻袋一。小麦粉、麻袋一。塩、小樽一。と書かれていた。できればグラム単位で書き記してもらいたいところだが、こっちではこれが目安となるのだろう。麻袋はゴブ村で頂いてきた籾が入っていたことでも理解できるが、塩の小樽・・・俺の記憶だと露店で売られていた塵などが混ざった粗悪品の塩と綺麗な塩が小樽に入って小さなカップ単位で売られていたな。確かかなり高価だった気がするんだが、あれを小樽ひとつ丸ごと買うと言う事だろうか。小樽と言っても漫画などで見るような酒を注ぐ樽ジョッキほどの大きさだが、それでもあれを一杯丸ごととなると、かなりの高額になる。


「この小樽ってあれか? 露店で売られている塩を小樽ごと買うって事なのか?」


「えぇ。そうよ」


「待てまて。俺の懐事情は氷河期を迎えそうな勢いだ。確か小さなカップ、ボトルのキャップを親指ほどの高さまで嵩上げしたぐらいを一杯で銀貨一枚と銅貨二枚枚だったはずだ。あれを小樽だと・・・カップ四、五十杯分はあるだろ」


「金貨七枚あれば買えるわ」


「氷河期どころじゃない。破産だ」


ニコリと笑ったリーサは俺の懐事情でも知っていたのか、それとも単に苦悶の表情を浮かべていた俺を見て楽しんでいたのか・・・軽く咳払いをして口を開いた。


「港街に行くんでしょ? さっき私しだいとか聞こえてたけど、なんなの?」


「ん? あぁ、さっきの話か。梅干を作れるか?」


「病気なら薬が必要でしょ? どうして梅干なの?」


「梅干はビタミンが豊富だからな。食ってれば治るやつは治るし、船で毎食食べてれば壊血病や脚気になる事はない」


「へー。あんた物識りね」


「梅干は俺の提示できる代案なだけだ。壊血病などにかかる理由はテレビ番組で見たのをたまたま覚えていただけだしな。新鮮な野菜や果物からビタミンを摂取できれば問題無いと言う事だったが、潮風で傷むのも早く鮮度は保てないだろう。梅干なら壺のまま持ち運べて傷みづらいからな。それでどうなんだ? 作れそうか?」


「梅干も結構な量の塩が必要なのよ。でもま、無塩梅干なら家に作り置きがあるわよ」


「無塩梅干? 減塩なら知ってるが、そんなのがあるのか」


「塩なんか滅多に買えるものじゃないからよ。平民舐めるんじゃないわよ」


前にも貧乏人を舐めるな! 的なことを聞いた気がする。俺の知る漫画などの転生者ってのは、なんだかんだで成り上がってるイメージがあるが、リーサを見ていると現実と物語の差異(ギャップ)を思い知らされるな。確かに現実の転生者なら生まれで大方の人生が決まるのかもしれない。どれほど知識があろうと、リーサの様に必要な物を入手できなければ手をこまねいている事しかできないだろう。俺がリーサからしての天から贈り物(ギフト)だとすれば、俺とリーサの出会いは必然だったのかもしれないな。


「なら少し分けてくれないか、その高価な塩の元になる港街まで出掛けるんだ。醤油造りなんかで塩には不自由しないように、今後も定期的に入手できるよう交渉してくる」


「なら、私はその塩で美味しい梅干を浸けてあげようじゃないの」


雑貨屋開店時の目玉商品に追加で激安な塩を置いてやろう! 客がなだれ込んでくるぞ。はっはっはっ、と笑っていると「僕の転移魔法ではカザミの魔力が干渉して一緒には転移できないから、どうにかして港街まで移動してくれないかな。ほら、空から見える位置までゲートを使って、また空にゲートを開いてを繰り返してさ」と、俺の肩に手を置いたフォールがそんな言葉をかけてきた。なんだその奇行・・・港街どこだよ!


「まじか・・・行きは荷馬車でのんびり行くか」


◇◇◇


王都へ帰還の前に、あの者たちが述べていた荒野の街(ウィルダーネス)を視察していこうと立ち寄ったのだが、どうやらカザミ殿に向かう雲行きは怪しい様子のようである。


「先にお話したとおり、それなる者はこのマデュルク領の次期後継者にして我が子息、イスマ・デ・マデュルクを殺害しようと剣を振るった模様。片腕を斬り落とされ足には刺し傷、命に別状は無いものの、これは国王陛下から領地を授かった我が伯爵家に謀反を起こしたとして相違ないでしょう。つまりはその者、国王陛下に剣を衝き立てた事と変わりないかと」


まだ私が姫騎士となる前、騎士を志した幼い時を思い出す。当時城に参上した頃とは風体がすっかり変わってしまっているが、痩せた体躯に似つかわしくないギラギラとした眼をしている。これは野望を抱く瞳か、それとも純粋にその者に対しての怒りなのか、判断するには早計であろう。にしても、その頃のマデュルク殿は子爵だったはず。陛下から伯爵位を譲り受けたとは耳にしていないが・・・。

女王陛下に意見具申をするのだ、この街の状況を把握しようと立ち寄ったが、ダンジョンに居た者たち、カザミ殿やフォール殿に伺っていた街の様子とは違う。奴隷の数も他の領地より少ないぐらいであろう。


「今回伺わしてもらったのはダンジョン遠征から王都への帰路のため騎士達の骨休めにと立ち寄ったに過ぎなかったのだが、その様な事件が起きていたとは。して、その謀反人は何処に?」


手配書を見ながらなんとも滑稽な話をしている気分になる。見せられた手配書にはカザミ殿の顔が模写されており、その男も先ほど、どこかに転移していく後姿を見送ったに過ぎないのだから。まるで茶番に付き合わされている気分になる。一方では奴隷を酷使していると聞き及び、一方はその男が謀反人だと断言している始末だ。


「出来上がった手配書をこの街に配っているところです。随時手配書を作成し周辺諸侯にも配る準備を進めているため、時機に情報が寄せられる事と」


植物紙ができたからと言って、こうも大胆に紙をばら撒くとは、羊皮紙では考えられなかった事である。その紙の代金も相当な物であろうに。


「現状ではこの男の事は何も把握していないと・・・ならば私は王都へ帰還するとしよう。騎士たちに屋敷を貸し出して頂いた事感謝する。国王陛下にもマデュルク伯爵に世話になったと言明しておこう」


ふわりと沈むソファーから立ち上がりそう口にすると、マデュルク伯爵は席を立ち、両手を一度左右に広げた後、片膝を床に着けながら右手を胸元に当て「良しなに」と口にした。

マデュルク伯爵やメイドたちに見送られるように馬車に乗り込み屋敷を後にしたあと、北門に続く一本道を進みながら貴族区を馬車の中から見渡していた。マデュルク伯爵の住む屋敷は荒野の街の人々に背を向けるようにして建てられ、貴族区側に向いて大きな門が備えられていた。


「レイミア様、よろしいのですか?」


同じ馬車に同乗しているのは騎士団の副官アルフォンスに、その従者マティス。マティスはアルフォンスと違い感情を表には出さずに物静かな青年だ。アルフォンスは荒野の街の現状を調べると言っていた私が、何も調べずに帰路についた事に対しての言葉だったのだろう。


「貴族区と平民区を隔てる門は開門されていて容易に平民区を調べる事はできただろうが、マデュルク伯爵のあの様子、何も出ないであろう。私が街に入る前に奴隷商に身を隠させたに違いない。自身の悪行が知られない自信がなければ、国王陛下に剣を衝き立てる謀反人とまでは言い切れはしまい」


今の段階では何とも言えない状況であろう。マデュルク伯爵の言が真だとすれば、私は貴族に剣を抜いた男の言葉を女王陛下に伝えようとしている事になり、マデュルク伯爵の子息が療養中なのも確かな事実。あの男、カザミ殿たちの言葉が噓だとも思えんが、他種族(世界)を相手に我が国が戦争になる前に、カザミ殿と王国が戦になるやもしれぬ。それも王国側から仕掛ける形となって・・・マデュルク伯爵が居場所をみつけられずに居てくれれば良いのだが。あの二人の戦いを目の当たりにした者ならば誰もが思うだろう。あれを敵にはまわしたくないと。


「・・・いっその事、あの二人には穴の中に篭もり続けてもらいたいものだ」

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