37
蒸し上がった玄米を四角いテーブルに置き布を広げてみせると、子供たちはモクモクと立ち昇る蒸気を目にした後、なにをすればいいの? という表情を浮かべて私の顔を覗き込んだ。
「すぐに終わるから少し待っててね」
そう言ってカザミが用意してくれていた篩を手に木灰を均一に振り掛けていく。これをする事により、木灰の混ざった玄米はアルカリ性になって雑菌などの繁殖を抑え、麹菌を上手く培養する事ができる。木灰が混ざり玄米が灰色づいてくる頃には荒熱も冷め始め、立ち昇っていた蒸気が落ち着いてきた。玄米を掌にのせて温度を確認し、人肌よりも少し温かいぐらいなのだと確認したところで、作業をする様子を見ていた子供たちに声をかけた。
「みんなの出番よ。この稲玉を崩しながら玄米に混ぜてちょうだい」
待ってましたと言わんばかりに「はーい」と良い返事をした双子と「ん」とだけ言って稲玉をバケツから掬ったフロアちゃんたちは、湿り気のある稲玉を指先で千切りながら椅子の上に立って、千切った稲玉を玄米に投下していった。トトくんとフロアちゃんが、ぷちぷちと千切っては玄米に放り込んだ稲玉を時折り「まぜまぜ。まぜまぜ」と口にしながらロロアちゃんが玄米に混ぜ込んでいく。
さて、この後は・・・あっ! ついここが不便極まりない世界だと言う事を忘れていた私は、保温機があるものと思い込みながら作業をしていた事に気がついた。これはまずいかもしれない。保温機が無ければ麹菌の活動が弱まり種麹にならないかもしれないと不安が頭をよぎり、カザミに問いかけた言葉が焦りから早口調になってしまった。
「ねぇカザミ。保温機なんてないわよね?」
「さすがに保温機はないな。無ければまずいのか?」
「湿度も重要だけど温度が下がると菌が活動しなくなるのよ」
私が困った顔をしてそう言うと、カザミも難しい顔をしながらキッチンの中を見渡した。保温機のかわりになりそうな物を目で探しているう様子だけど、見たかぎり蒸し器が代用できるかどうかと言うところではないかな。温度が下がり始めたら菌が熱で処理されないように気をつけながら少しだけ蒸すという作業を続けなければならなくなる。それでは一度の失敗で菌が全滅してしまう恐れも・・・私とカザミが難しい顔をしていると、会話を聞いていたフォールさんが「お風呂場に置いておくのはどうかな?」とひとつの案を出してくれたが、湿気が濃すぎるとただのカビが繁殖してしまう可能性があるので賛同できず首を横に振りながら「それでは湿度が高すぎるわ」と口にしながら、一度椅子に腰を下ろした。すると子供たちの作業を眺めていたマドレーさんが「温めるだけなら私の店にそれが可能な魔導具が置いてあるわよ」と言いながら豊満な胸を抱きかかえるように腕を組んだ。
拷問器具から開放されたマドレーさんが残っていてくれた事が今日一番のサプライズかもしれない。まともな神経なら開放されればすぐにでもその場をあとにするのだろうと思うところで、なぜか居座り続けているけれどこの際どうだっていいわ。
「ほんと? 譲ってくれるの?」
「銀貨七枚だったかしら。店で販売中よ」
ですよね。バルンと揺れた胸が憎らしい・・・カザミから受け取った服の代金で買えなくはないけど、洋服店を立ち上げるのに資金は残しておきたい。七万円か、今後も定期的に麹菌を作る事になると必要な機材なのよね。痛い出費だけど先行投資と思えば大きくはない額だわね。
「買うわ! 今すぐ持ってきてちょうだい」と顔を引き攣らせながら言うと「リーサおねえちゃんだいじょうぶ?」とロロアちゃんがこっちを見ていた。たぶん引き攣らせた私の顔が体調が悪そうに見えたのでしょうね。大丈夫よ。と声をかけていると、
「配達はしてないのよね。まぁ長い付き合いだし、特別に配達料は銅貨三枚でいいわよ」
ニコリと商売顔をしたマドレーさんは指を三本立ててニコリと笑顔を向けてきた。すると丸テーブルの椅子に座っていたカザミがマドレーさんを見ながら「配達って、ここから街に戻って往復すると早くて三日ほどだろ? それじゃあ遅いんじゃないか」と口にして私の方に視線を向け直すと「代金を渡してくれれば俺が買いに行くが?」と、どうする? と言いた気に言葉を続けてきた。。なんだろう、すごく腹立たしい。確かに私が主導で作業を進めてはいるけれど、これって元々は醤油造りのために始めた事よね? 作るかわりに少し譲ってもらう約束で作業をしているけれど、私がお金を払う義務なんかどこにもないじゃない! 静かにカザミの向い側に座るフォールさんを見やると、視線を感じたのかカップを啜りながら肩がピクリと動いたのが分かった。そのままコホンッと咳払いをしてみせるとバツの悪さを取り繕うように「流れで買ってくれるのかな? なんて期待しちゃったけど・・・ね、カザミ」と誤魔化すようにカザミに話を振った。するとカザミも、このタイミングで俺か!? と言わんばかりにむせ返したあと「すぐ戻る」と逃げるように創繋門の中に入っていった。腑に落ちないのでジロリとフォールさんを見てみると「今日の夜は茸鍋かな? 海老も入っていると美味しいそうだよね。今のうちに港街に買い出しに行っておこうかな・・・」と苦笑を浮かべながらカップをテーブルの上に置くと、前に見せた転移魔法を使って座ったまま姿を消した。
「ここの住人はすごいのかどうなのか理解に苦しむわね」
忽然と姿を消したフォールさんを見て、そう口にしたマドレーさんの隣りにゲートが開いた。そこからカザミが姿を現すと「どの魔導具かわからないんだが」と言って、マドレーさんに中に入るように促すと「ちょっとこれ、使用者以外が入っても大丈夫なの?」と心配そうに口にして入る事に抵抗している。
そんなマドレーさんに「大丈夫ですよ。私達も利用させてもらってますから」とレレイが言葉を添えた。疑心な表情を浮かべながらも、恐る恐る指先をゲートの中に入れ安全か確認したあと、ゆっくりとその中に入っていった。
「こんなんでどう?」
バケツの中に入っていた稲麹を全て混ぜ終えた子供たちが私の方を見ながら満足気な表情を浮かべていた。
「うん、バッチリよ。お疲れさま。あとは保温機に入れて様子をみましょう」
布で玄米を包みなおしてから子供たちと手を洗いに脱衣所にある洗面台で手を洗っていると、マドレーさんが戻ったようで「ルーが驚いてカウンターの陰に隠れちゃってたじゃないの」「尻尾の毛、逆立つんだな」と声が聞こえてきた。手を洗って子供たちとキッチンに戻ると「ここがお風呂ね。案外広いわね。外から見た店の外観よりも中は広く感じるんだけど?」と扉の中を覗き込みながらそう口にしたマドレーさんはカザミの方へ振り返った。カザミは空返事のように「あぁ。そうだな。亜空間だからな」と口にしたあと「なぁリーサ。これってやっぱケトルだよな?」と手にしている円盤状の黒い板のような物を見せてきた。
「そうね。鍋敷きみたいにも見えるけどポットとセットってところがケトル感出してるわよね」
「だよな! 俺も始めて見た時はケトルだと思っていた」
「使い方は聞けばいいでしょうし、とりあえず脱衣所に入っていったマドレーさん呼んできなさいよ」
扉を潜り中を見渡しているマドレーさんは、そのままガラス扉をスライドさせて浴場の中を覗き込んでいた。
「ねぇ。あのいくつも並んでいる容器がリーサの言っていたリンスなのかしら」
気配で気づいたのか、後ろに立つカザミにそう言葉を投げかけると「あぁ。ついでに渡しておくか。ロロアー、りんご詰めてる瓶が余ってただろ。持ってきてくれ」と、脱衣所の開いた扉から声が聞こえ、ロロアちゃんが「わかったー」と返事をして棚の下側にある開き戸から空き瓶をふとつ手に取り扉の先に向かっていった。待っている間、黒い板のケトルのような物の側面に空いてある穴を見つけてしまい、そこに魔石を嵌め込むのだと理解したところで溜め息を漏らした。魔導具類は貧民には馴染みのない高価な道具だけど、それが魔石と呼ばれる魔力を内包した石で起動する事ぐらいは誰だって知っている。
「電池の無い懐中電灯ほど無駄な物はないのよ・・・」
小指の爪ほどの小さな穴だけど、そこに嵌め込む魔石は貴重で取り扱っている店は貴族区にある大商会ぐらいなもの、在庫はあるのかしら。小さな商会では紛失や窃盗の被害に会うだけでその商会が傾いてしまうほどの値で取引されるため、長期間保管しておきたくないと言うのが本音だろう。買い手が決まっていない段階では仕入れる事もないので、今すぐに用意できるのか心配だわ。
「シャンプーごしごししてからつかうんだよ」
ロロアちゃんの声と共にキッチンに三人が戻ってきた。魔石が嵌まっていないから使えないわよ。と忠告してあげると、一度浴室と繋がる扉を閉めてカチャリとダイアルを廻しながら「それなら心配ない。それよりも使い方だな」扉を開くとそこは、薄暗い倉庫にかわっていた。木箱をひとつ重そうに持ち上げたカザミは、その木箱を床に下ろして釘が抜かれた蓋を外した。中には一塊の大きな岩のような魔石が赤紫色に輝いているみたいだった。
「スケールが違いすぎるわ」
驚きを通り越して呆れてしまうほどの魔石を見せられ、マドレーさんも言葉を失ってしまっているみたいだった。そんな私たちを気にすることもなく、またカチャリと扉に付いているダイアルをカチャリと廻し、熱気が洩れる室内から拳ほどのハンマーを手に戻ってくると「とりあえず砕くか」そう言って木箱の中に入った魔石に振り上げたハンマーを振り下ろした。
「ちょっ、ちょっと」
ハンマーに叩かれた魔石がカツンと音を鳴らし縦に大きな亀裂が入った。その光景を見ていたマドレーさんが声を上げた。膝を折ってハンマーを振り下ろしていたカザミは、ん? と言うのような表情を浮かべマドレーさんを見上げた。
「必要な分だけ削りなさいよ。欠片が散ったらもったいないじゃない」
手にはしっかりとシャンプーとリンスが並々注がれた瓶を握り締めながらそう言った。
「どうせ使うんだ」
そう言うと再び振り上げたハンマーを振り下ろし、先ほどと同じ箇所を叩くと氷山が崩れるかのように魔石の三分の一ほどが剥がれ落ちた。
「それが魔石なんですか?」
レレイたち村娘も木箱の中を覗き込もうと近くに集まってきた。初めて見ました。とざわつきながら指先で触れてみる。
「つるんと滑らかで宝石みたいですね」
「あぁ。加工すると今よりも本物の宝石みたいになる」
二リットルのペットボトルを二本並べたぐらいの大きさほどの魔石を持って開いたままだった扉の中に入ってしまった。何をするのか気になる私達は中を覗き込むと、室内は大きな炉が設置されていて、その前には鉄の熱い板が置かれた台が置いてあった。その台の上に手に持っていた魔石を置くと、またもハンマーで叩き拳ほどの大きさに砕いていく。ガンッ、ガンッと音が鳴り止むと七つに砕かれた魔石が出来上がった。それを手にこちらに戻ってくると「あとは圧縮すれば十分だろう」と口にしながら丸いテーブルに置くと、ひとつを掌の上にのせて「錬金スキル、圧縮、高圧縮」と口にして一回りほど小さくなった魔石に高圧縮をかけて一気に三センチ大ほどのビー玉のような形にしてしまった。一瞬の出来事でよくわからなかったけど、両手の掌に赤く輝きを放つ小さな六芒星の魔法陣のようなものが浮き上がっていた。その魔法陣を重ねるようにすると赤く光る光柱になり、その中にあった魔石が形を変えていくのがわかった。
「まだ大きいな。超高圧縮」
突如カザミの手から閃光のような光が発せられて目を閉じてしまった。眩んだ瞼を開くと、そこには赤いオーロラがカーテンのようにヒラヒラと揺れながら薄くなり消えていった。
「十分だろう」
カザミがそう言って、指先で摘まめるほどの大きさまで圧縮させた魔石を私達に見せてきた。圧縮前は赤紫色をした綺麗な石だったけど、今は真っ赤なルビーのように赤赤とし、淡い赤光を放っているのが見てわかる。すると魔石を見上げていたロロアちゃんが「いっしょだー」と言って、胸元に隠れていたペンダントを取り出した。
「お外では見せたらダメよ」
「どうして?」
「欲しい人がいたら盗られちゃうかもしれないからね。大事な物はあまり人前に出さない方がいいのよ」
「わかった」
胸元にペンダントを仕舞っていると、カザミは魔石を魔導具に嵌めた。
「これ、どうやって使うんだ?」
「そのまま放っておくと付与されている炎魔法の一種、熱魔法が発動して熱くなるのよ。ポットを置いとくとお湯も沸かせちゃうのよ」
マドレーさんは便利でしょ。と言いたげな表情を浮かべていた。
「なるほど・・・IHコンロだな」
「ケトルじゃなかったわね」
これ単品では使えそうになく、結局私が魔石とセットでもらえる事になった。
「ほんとにいいの? 魔石って高価なのよ」
「うちにコンロあるからな。リーサもコンロがあった方が便利でいいだろ」
「そりゃあ有り難いわよ。でもどうするの? 麹を保温しておかないと」
「鍛冶場に置いとけば大丈夫な気がするんだがどうだ?」
「あー、うん。私もそう思うわ」
結局布で包んだ玄米は木箱に入れて鍛冶場に置くことになり、ちょうど木箱に布で包んだ玄米を仕舞っていると、少し暗い顔をしたフォールさんが戻ってきた。
「ねぇカザミ。海の上でミイラのように痩せ細る病って知っているかい?」
「ん? ただのビタミン不足だろ。野菜食え野菜」




